第15話 彼女が欲しくならない理由

 俺はこの時間、別のことを考えることにした。授業内容は予習してあるから問題ない。

 昨日あの場面を見た後に考えた事を整理した。冷静になった今、また別の見方が出来るかもしれないしな。


 まず、俺が確実に思ったこと。それは親友――風雅がクソだということだ。

 あの時俺の彼女を寝取れと言った理由は分からん。だが、クソだということだけは分かった。

 そして次に俺が思ったこと。それは親友の彼女――柳原さんが可哀想だということだ。

 風雅も言っていたが、中学時代のほぼ全ての時間を費やして風雅と付き合ったのに、この有様。

 それを込みして風雅はクソだ。なぜ俺は気が付かなかったのだろうか。

 まぁ理由は簡単か。俺の前でそんなものを見せなかったから。それしかない。

 なにか知っていたら勘繰り、風雅の後をついていったのかもしれないが、なにも知らなかったのだから仕方がない。

 そしてそれを込みして風雅はクソだ。


 一気に俺はアイツのことが嫌いになった。今すぐにでもぶん殴りたいほどに。

 だがまぁ、単純にぶん殴ったら確実に俺が悪くなる。他のみんなはなにも知らないからな。

 だから小説のようなざまぁをしてやりたい。風雅が学校生活をまともにできないほどに、ざまぁをしてやりたい。

 小説の主人公のように俺の彼女が寝取られた訳では無い。だが俺を利用しようと――親友という立場を利用していた。そして柳原さんの恋を手伝った人としてもイラつく。だからざまぁがしたい。

 別の見方があるかもしれないなんて言ったが、そんなものはない。風雅がクソだという事以外に思うことはない。



 そんなイラ立ちを心に秘めながら数日後。ついに来てしまった。地獄とも天国とも言えない日曜日が。

 あれから色々MINEで話し合った――と言っても、ほぼ柳原の雑談なんだけど。

 まぁそれでも話し合った。どこで集合するのだとか、何時集合なんだとか。風雅のことについても少し話したが、それは日曜日にと言われたので深くは掘らなかった。


「9時48分……」


 スマホを開き、時間を確認してポツリと呟く。

 現在俺がいるのはショッピングモールにある駅前のソファー。

 どこかのネットで15分前に来るのが良いと見たのだが……早すぎたか?

 周りを見渡し、それらしき人影が見えないか確認するが、当然いる訳もなく。


「というか、朝10時集合はいくらなんでも早すぎないか?」


 なぜ朝10時集合なのか、勿論MINEで聞いた。

 だが、柳原は話が長くなるからの一点張りでそれ以上のことを聞くことはできなかった。

 昨日も夜遅くまでMINEでメッセージを送ってきたから、まさか寝坊……は流石にないよな。あいつから誘っといて、寝坊は失礼が過ぎる。


「あ、いたいた。案外早かったじゃん」


 と、集合時間5分前に姿を現せた柳原は全く急ぐ様子もなく、軽く手を振りながら俺の隣に腰を落とした。


「あれから直接話すことがなかったから、楽しみになっちゃったの?」


 あれからというのは、俺がざまぁをしたいと胸に秘めた日だろう。

 翌日、今日の放課後一緒に帰らないか?と言ってみたのだが、風雅から怪しまれるからダメ、と速攻で断られてしまった。

 別に一緒に帰ること自体に意味はなかったから良かったのだが、何日も言葉を考えて誘ったやつみたいになってしまった。


 お陰でMINEですっごくからかわれた。『私と帰りたいの?』だとか『そんなに一緒にいたいの?』だとか。軽い気持ちで誘ってほんと良かったよ。そうじゃなかったら俺の心は死んでいる。


「ちげーよ。てか、ちゃんと盗聴器は置いてきたんだな?」

「もちろん」

「なら良かったよ。けど、一応確認しておきたい」

「……用心深いね」

「バレたら怖いからな」


 肩に下げる白い鞄を柳原から受け取り、一応「中身見ていい?」と聞き、頷いたのを確認してから手を付けた。

 化粧用のポーチに、財布に、モバイルバッテリーに……色々あるけど、盗聴器らしきものはなし。

 他にもハンドルやサイドポケットなどをくまなく確認して、柳原に鞄を返す。


「よし」

「私のこと、信用できなかった?」

「いや?念には念を、って言葉があるだろ?」

「なるほど。ところで、柏野の鞄は?」


 俺の言葉に納得がいったようで、素直に頷いたかと思えば俺の鞄を探し出す。

 念には念を、という言葉を聞いて俺の鞄でも調べたくなったのだろう。だが、


「ないよ」


 持ってきていない。

 遊びなんて財布とスマホがあれば十分だ。


「……全部ポケットに入れてるの?」

「うん」

「盗まれるかもよ……?」

「あーたしかに」


 そのことは確かに考えてなかった。経験不足が仇となったか。

 ポケットから財布を取り出し、どうしようか悩むが、解決策は1つしかない。

 チラッと肩に下げ直した白い鞄に目を移し――


「一緒に入れれるか?」

「絶対言うと思った」

「なら話が早い。頼んだ」

「……私の意見は取り入れられないのね」


 最近、柳原は話が早い。

 前なら1つ1つのことで言い合っていたのに、今ではほぼ言い合わないほどの仲に。

 これといった理由は全く持ってない。が、多分柳原側になにかあるのだろう。

 俺の黒い財布を柳原の白い鞄に入れてもらい、立ち上がった俺は電車に乗るための切符を買いに行こうとしたのだが、


「ねぇ。私の服を見て、感想はないの?」

「……めんどくさ」


 これだから彼女が欲しくならないんだ。

 彼女の機嫌を損ねないように言葉を選び、出来るだけ嬉しがるような言い方をしなくちゃいけない。

 めんどくさい以外の言葉が思い浮かばないこのイベントに、俺は深くため息を吐いた。

 その瞬間、なにかを言おうとした柳原だが、それをグッとの見込み笑顔を向けてくる。


「どした?」

「いーや別に?感想は?」

「……思ったことを素直に言うから怒るなよ?」

「分かってる」


 なにか我慢しているのか、ずっと笑顔の柳原に気味悪げな目を向けた後、上から順番に柳原の服装を見やる。


 頭には薄墨色のベレー帽。そして白いTシャツにグレーのスウェット。動きやすさも重視し、女性らしさも取り入れたかったのか、下はブルーアッシュのデニムスカート。

 まだ夏の暑さも残っているのに、長袖か。


「うん、普通に良いと思うよ」

「普通に?」

「うん。俺からしたら普通に似合ってると思う」

「ふーん。こういうの、好きなの?」

「好きかどうかと言われたら分からんけど、柳原には似合ってる」


 好きかどうかは、結局似合っているかどうかによるからな。

 少なくとも、ピンクベージュの髪とよく似合う服だと思うぞ。

 そういう意味を込めて言ったつもりだった。のだが、どうやらなにか勘違いしたらしい。


「好きじゃないってことね……。1回家帰って着替えてくる」

「はい?」

「好みの服の方がいいでしょ?好みな服の女の子と遊びたいでしょ?」

「いや別に服の好みとかないよ。似合っていれば好きだぞ。だから着替える必要はない」

「ふーん?」


 こういうのはちゃんと言葉にするべきだったか。でも流石に気がつくと思うけどな?


 どこか嬉しげにニヤつく柳原を他所に、俺は改めて切符売り場の方へと歩みだす。


「……そんな嬉しいかよ」


 俺の後ろでずっとニヤケっ面を浮かべる柳原に、不服そうに呟く。

 元々口には出さないようにしていた言葉だったからか、こっちも少し恥ずかしい。

 付き合ってもなく、気になってもないやつに好きだぞ、という言葉を言って恥ずかしくないわけがなかろう。


「ちょっと予想外の言葉だったからね。嬉しかった」

「……そか」


 口角を上げる柳原を横目に切符売り場にお金を入れ――


「あ、財布返してくれ」

「…………嬉しい気持ちが一気に冷めたわ」

「すまん。これは俺が悪い」


 生まれて初めてちゃんとバックを持って来れば良かったと思ったよ。

 ジト目を向けてくる柳原から財布を受け取りながら謝る俺は、さっと目を逸らしてお金を入れる。


「私のも買ってくれる?」

「嫌だね。自分で買いな」

「ケチ」

「ケチですみませんね。どこかの女子と同じで」

「わた――うるさいわね」

「なにか言いかけたか」

「いや?気のせいじゃない?」

「なら気のせいか」


 絶対言い淀んだ気がしたのだが、本人が気のせいだと言うのならそうなのだろう。

 俺も前まで慣れなくて言い淀んだことが多々あったしな。


 それぞれがしっかり、自分のお金で切符を買った後、改札口を通ってホームに立つ。

 いつ風雅のことを切り出そうか伺うが、柳原がそのチャンスを崩すようにずっと話しかけてくる。

 昼飯を食べる時にでも切り出そうかな。

 そんな事を思いながら、俺は電車に乗った。

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