第2話 ターゲットの女

 特殊性癖を伝えられたあの日から3日の月日が経ち、午後の授業のこと。

 この休みの2日間色々考えた俺だったが、寝取るってどうやるんだ?という結論に至ってしまった。

 一応風雅には相談してみたのだが、よく分からず終い。


 けど、1つだけ風雅が苦しいにも関わらず、助けの手を述べてくれた。それは『この1週間、3人で一緒に帰ろう』というものだった。

 日にちにして約1ヶ月もの間話したこともなく、顔を合わせようとしなかったあの女と、どう話そうかと悩んでいた俺には最高の案だった。


 だから俺は速攻で頷き……と言っても、MINEだから即答で返信して、風雅は苦しいだろうけど、少し我慢してもらうことにした。


 そんなことを考えながら俺は、本当に対角線上にいる、周りと同じ白い半袖を着る女――俺が一番左後ろの席で、あいつが1番右前の席――に目を向ける。

 酷なことに、あの女――柳原は俺と同じクラスなのだ。さらに酷なことに、こいつはクラスでずば抜けての美人。ピンクベージュの髪が憎むほど似合う女子なのだ。


 中学の頃から付き合っていた風雅と柳原が高校1、2年ともに別のクラスで、俺がこの2年間共に同じクラスなのは絶対に仕組まれている。

 今の状況となれば、このクラス分けでも良かったな、と今だから思うが、今じゃなかったらイライラしていた。というか、昨日までは普通にイライラしていた。


「えーっと、今日は9月10日だから、出席番号10番の柏野」

「はい」


 頬杖をついていつの間にか睨みに変わっていた目を先生に向け直し、国語の教科書を持って、座ったまま音読をし始める。


 俺が当たった拍子に一瞬柳原と目が合い、睨まれた気がする。

 あの野郎久しぶりに目が合ったかと思えばすぐ睨みかよ。シワ増えるぞ。


 感情は押さえ、表には出ないように棒読みで音読をする俺は夏目漱石の『こころ』を読む。

 この小説はもう何周したか覚えていないほど好きだ。BSSかと思えば違うくて、読む人によってはただただ胸糞が悪い作品だけど、超絶面白いさくひ――


「よしそこまででいいぞ」


 先生のその言葉で俺の作品への思いはシャットダウンされ、教科書を置いてもう一度頬杖をつく。


 あと15分も経てば放課後。親友を助ける為にはあの嫌な女に良い顔を向けなければならない。

 ということは、だ。大人の俺があの啀み合おうとする女のカバーをしなければならない。

 ということは、だ。今回は俺が風雅と柳原の間に入らなければならない。

 ……我慢だ。頑張れ俺。我慢だ……。


 今のうちにイラつきを晴らすため、この15分間は柳原にガンを飛ばし続ける。

 気のせいか、柳原のペンを動かすスピードが落ちた気がするが、多分眠いだけだろう。


 そんなことを考えているといつの間にか帰りのホームルームが終わっており、あれよあれよと鞄を持った風雅と正門前で集合する。

 あ、てか今日広報委員の仕事があったけど……まぁ親友優先か。また今度みんなに説明しよう。


「風雅。最後にもう一度聞くけど、後悔はない?」

「ないよ。蒼生のやりたいようにやって」


 どこかめんどくさそうに言う風雅は、苦しくはないのか俺よりも前に立って柳原を待つ。

 あの女は友達が多いせいか、時間を全く守らないクソ野郎だ。風雅を除き、俺と柳原は部活に入っていないのでこの後の時間はほぼ無限と言っていい。


 どうせそんな心の余裕があるのだろう。それか、俺が来ると聞いて気が重いのだろう。それは俺も同じなのだから我慢してほしいところだ。


「分かった」

「頼むよ?親友」


 俺の肩に手を組んできた風雅は笑顔を向けてくる。が、肩を組んできていない逆の手で、この前と同じように、手をパーにして親指を折りたたみ、それを包むように握る。

 前々から確定していたが、これでもう迷う必要はない。


「おーけー。相手が相手だけど――」


 と、言い切る前に、茶髪の女友達に笑顔で手を振った柳原は、スマホで風雅から送られた待ち合わせ場所の確認しているのか、歩きスマホをしながらこちらに向かってくる。


「やっと来たな?澄玲」

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