NTRT(寝取られたい)という親友のために、こいつの彼女を救いま――え?彼氏?
せにな
第1話 NTRT
「なぁ
「ん?」
学校からの帰り道。俺の隣を歩く――片耳にイヤホンを付け、ワックスで赤髪をセットしているイケメンの親友――
親友と呼ぶだけあって、中学から高校の今まで、ほぼ毎日一緒に帰るほどの仲だ。たまに風雅が――
「彼女ほしいか?」
「え、なにいきなり」
風雅の言葉に思わず思考を停止してしまった俺は、目を細めながら言葉を返す。
「ほしいかどうかを聞いてるんだー」
そんな俺の細い目に見向きもしない風雅は、急かすように口を開いてくる。
風雅が俺に急かすことは稀にある。といっても、俺がゲームのキャラを選ぶときや注文の品を考えるときに、少し時間をかけてしまった時ぐらいだ。
けど、今日はどこか様子が違う気がする。それに、前から彼女はいらないって風雅に言っていたはずなのに。
「前にも言ったけど、彼女はいらないよ」
「なんで?」
「なんでって……それも前に言ったろ……?」
「気が変わってるんじゃないかと思って」
「変わんねーよ」
彼女を作らない理由――女子がめんどくさいから。
これだけ?と言われるかもしれないが、これが俺にとって最大の理由だ。
先程言いかけたが、風雅はたまに彼女と一緒に帰る。その彼女のことを見ていたら、いつの間にか女ってめんどくさいなという思考になっていた。
これもそれも全てあの女のせいなのだが、別に恨んではない。だが、風雅には申し訳ないがあの女が1番めんどくさいと思っている。
ふーん、と鼻で言う風雅は俺と目を合わせることなく、スクールバックを持ったまま頭の後ろに手を回す。
「もしかして、
「……そうだね」
言うつもりはなかったが、当てられてしまえば言わざるを得ないので渋々頷く俺は、バツが悪くなり目を逸らしてしまう。
澄玲――
そんな事をしていたら、いつの間にか俺と澄玲は風雅によって離されてしまった。理由は明白だ。彼氏の前で他の男と彼女が話していたら嫉妬をしてしまう。
たったそれだけだが、カップルというものはそういうものだ。
それを見たのもあって、付き合う気がなくなった。
「そんな気まずそうにするなよー」
「いやだって……」
「だってもなんも、俺は全然気にしてないぞー」
逸した目を元に戻すと、風雅の顔には嘘偽りのない――俺を安心させるような笑みがある。
「ならそうだ。あの女のせいで俺は彼女を作る気がなくなった」
「大分開き直ったな」
親友というものはこういうものだろう。相手が了承するのなら存分に開き直るのが――心から信頼している相手に示すものだろう。
ふんっ、と鼻を鳴らす俺は腕を組み、まだジンジンと肌に太陽の暑さが染みる道を風雅よりも半歩前に出て歩く。
「なぁ蒼生」
「ん?」
腕は組んだまま、何の変哲もない顔で振り、俺は首を傾げる。
「親友からの願いは聞いてくれるか?」
「そりゃね。何でも聞くよ」
「大分変なことでも聞いてくれるか?」
「あたりめーよ」
「ならよかった」
なぜか一息ついた風雅は胸を撫で下ろし、手を頭の後ろに回したまま――
「俺、ちょっとした特殊性癖があるんだよね」
「……はい?」
何でも聞くよとは言ったが、予想外の入りに思わず呆けた声が漏れてしまう。
だが、そんな目を丸くした俺を一瞬で強張らせてしまう言葉を風雅は口にする。
「それで頼みがあるんだけど、俺の彼女――澄玲を寝取ってくれないか?俺、寝取られるのちょっと性癖なんだよね」
「は?」
相も変わらず、なに食わぬ顔で頭の後ろに手を回す風雅が爆弾発言をしだす。
一瞬冗談かと思ったが、風雅の口からそんな言葉が出てくることはなかった。
それどころか、思考が追いついていない俺に追い打ちをかけるように風雅は話を続けてくる。
「澄玲にはこの内容のこと言ってないから、好きなだけやってくれていいぞ。なんなら本当に寝取ってもいいぞ?」
「え?は?ね、寝取ってもいい?な、なに言ってんだ?」
「ん?だから俺は寝取られたい。だから、親友の――何でも聞いてくれると言った蒼生にお願いしているんだ」
「お、おま……え?す、好きじゃないのか?て、てか、相手の許可もなくそんなこと……」
そんな混乱している所を狙ったのだろう。風雅は爽やかそのものの笑顔で「いいよな?」と言ってくる。
混乱しているからか、正常な判断ができなかった俺はいつものように、
「うん……うん?うんうん。ん?今俺、頷いた?」
すぐに頷いてしまい、自分がした行動を把握する頃にはもうすでに、風雅は「ならよかったよ」と言い、
「じゃ、明日は試合だから早めに帰るよ」
と、言葉を紡いでくる。
そう言った風雅は逃げるように走って姿を消してしまった。
一瞬の出来事でなにが起こったのか分からなかった俺は、またいつものように軽く右手を上げて――
「いや待て!風雅!!」
さよならで上げたつもりの右手を前に伸ばし、今言った言葉を取り消そうと大声で叫び止めようとするが、止まろうとしない風雅はそのまま角を曲がってしまった。
なにをどう考えたら親友に彼女を寝取って貰おうという発想になるのだとか、寝取るってどうすればいいんだとか、そういう呑気な思考は当たり前のように俺の頭には浮かばず、ただ1つだけ、軽いパニックを起こす俺の脳に浮かび上がってくる言葉があった。
「本気なのか?」
極自然的に思い浮かぶ言葉だと思うが、風雅に対しては疑うということをしてこなかった俺に、自然的には頭に思い浮かばなかった言葉。
風雅は今まで、俺に対して嘘をついたことが1つもない。故に、風雅がこんな嘘をつくとも想像がつかなかった。
結果、言われるがまま話が進み、あれよあれよと風雅の彼女の柳原を寝取ることに……。
「いや、流石に冗談だよな?」
風雅の言葉が信じきれなかった俺はもう一度そんな言葉を口にするが、ポケットからバイブ音が鳴り、宙を彷徨う右手でポケットにあるスマホを取り出す。
パスワードを打ち、MINEを開くと風雅からの連絡。
冗談だというメッセージでも来ているのかと思った俺は、風雅とのトーク画面を開く。
『これ、澄玲の連絡先な』
短い文字の下には風雅と柳原のツーショット写真のアカウントが貼り付けられ、本当に短い言葉で、ただのメッセージだったが、風雅の本気度が感じられた。
そしてこの短いメッセージのせいで、冗談じゃないことが確定してしまった。
ただ呆然とする俺は指を動かすこともできず、ただスマホの画面を見るだけ。
色々聞きたいことはあった。けど、あんな楽しそうに話していた2人が――それも告白した張本人である風雅が、こんな事を言うなんて信じられなかった。本当に信じられなかった。
けど、少し冷静になって考えてみれば、すぐに風雅の意図に気がつくことが出来た。
親友だから分かる。きっとこれは、ヘルプサインなのだろう。
彼女になにか脅されているだとか、金をせびられているだとか、そういうのがあったのだ。
だから風雅は盗聴器か何かで聞かれている彼女にバレないように変な性癖のことをバラして分からずらくした、というわけだ。
それに、風雅が角を曲がる時のあの一瞬を、俺は見逃さなかった。右手をパーにして、親指を内側に折りたたみ、そして握る。あれはまごうことなきヘルプサイン。
これは俺じゃなかったら気づけなかったな。風雅、少し待ってろよ。親友の俺が今すぐにあのクソ女を寝取って風雅を開放してやるからな!
これまでの柳原への恨みだとか、これまでの風雅への信頼度が嫌な方で噛み合ったのだろう。
深く考えることをしなかった俺は、風雅に送られた柳原のアイコンをタップし、まだ心の準備は出来ていないので友だち追加だけをするのだった。
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