第42話 あまりに実力差のありすぎる相手との格ゲーは片方にとっては快楽で片方にとってはストレス
昨日に続き、今日も何事もなく授業終了。
割り当てられた教室掃除にせっせと勤しみ、キンコン15分間の軽労働を労う鐘の音が響いたところで、部室へと足を向ける。
掃除終了後即帰宅のルーチンが崩れてはや二週間になるが、それほど悪い気はしていない。そもそも部活を忌み嫌って入部しなかったわけではないのだ。ただ悠々自適に過ごしたかったから帰宅部を選んだだけであって、そこに深い理由はない。
気楽に過ごす、という面では帰宅後と大した差がないから、部活に抵抗を覚えないのかも知れない。
部室に行ったところで今日も天とボードゲームをすることになるんだろうが、外野が騒がしいから退屈しない。
笑い声は聞いていて気持ちいいからな。
こればかりは一人の空間では堪能できない。
内部を確認できない暗幕のかかった教室の前で足を止める。
ガラガラとドアがスライドする音が響くと、それきり音が生成されることはなく、どうやら今日は俺が一番乗りのようだった。
しんと静まり返った部屋にうら寂しさを覚えながら後ろ手でドアを閉めて、部屋の照明をつける。
四方に立て掛けられたタペストリーの中の少女たちは、今日も変わらず輝かしい笑顔を振り撒いている。
「……もう少し家具を増やしてもいいかな」
見渡して目に入るのは、うずたかく積まれた机と椅子・姉貴のオタグッズが収納された段ボール箱・美少女タペストリー・長テーブル・高性能パソコン・コンピュータ室から掠めた椅子・冷蔵庫・マグカップや丸皿が収納された食器棚・洗面台……。
暮らせそうだな、この場所で。オーブンなり、炊飯器なり、カーペットなり、細かいものをちょちょいと足せば1LKの個室の完成だ。ダイニングと浴槽は諦めるしかないかな。
というわけで、前述したものを創造してセッティングしてみる。あ、コネクターが足りない。これも祈れば増え……おぉ! できた! しかもアース線の端子付き! これなら万一水漏れして漏電しても安心だ。
などと、ひとり欣喜雀躍とインテリアカスタマイズに興じていると、ガラガラとドアの開く音がした。
「おや、工事中かな?」
そう爽やかスマイルを向けてくるのはバトラーだ。
「ああ、絶賛改造中だ」
「どういう風の吹き回しだい? 自発的に能力を行使するなんて紫音らしくない」
たとえばこの瞬間、天が呪いをかければ俺の命を断ててしまうのだろう。
天は俺が利他的にしか力を使わないと言っていたが、それは偶然でしかない。
俺だって人間だ。自分のためになにかをすることだって当然ある。
「別に。退屈してたからさ」
ま、今回の改築工事も、見方によっては部員が部室で過ごす時間を彩るためと解釈できてしまうのかもしれないが。
「退屈凌ぎで改築だなんて、大工も浮かばれないね」
バトラーもだいぶ地上に馴染んできたようだ。
「美的センスに自信がないから手伝ってくれないか」
「もちろん構わないよ。……その金属の塊、もう3ミリ左にずらした方がいんじゃないかな」
「やっぱいいや。家庭科の教科書でも読んでなよ」
大工は知ってて、冷蔵庫は知らないのかよ。
それから十分後。部室はいつもの様相を呈していた。
「……ゆかり今よ!」
「はい! ライトニングシャー……ッ⁉ いない⁉」
「え~い」
「なっ⁉ いつの間に搦め手に⁉」
「ゆかりの死、無駄にはしないわ! ここよ! 必殺……」
「え~い」
「きょ、強制キャンセル⁉ ちょ、咲月姉、今隠しコマンドの……あぁぁあ!」
「鮮やかです。咲月様」
二対一のチーム戦は、多勢に無勢側の圧勝という目を疑う結果に終わった。
ちなみに開始時点では三チーム存在していたのだが、幻の二人一組のチームは一分もしない内に二チームの袋叩きにあって退場していた。
「全然、楽しくねぇ……」
まぁ俺と天のチームなんだが。
「紫音、なんであんたそんな弱いの? ネット対戦サボってるの?」
『へカートⅣ』を片手に、栄養ドリンクを飲みながら百合は言う。
バトラーの一件以降、剣道部は活動停止のままだ。
どうやら畳の修繕作業に手間取っているらしく、なのに自主練習に励むこともなく娯楽に浸るこいつが校内最強ってのはどういう理屈だろうな。
「全国でも上位千レートだ。百合と姉貴が強すぎんだよ」
やはり、全国一桁台は格が違う。スティックの操作が迅速かつ緻密すぎて、なにがなんだかさっぱりだ。
しかも、ソロで勝利を飾った姉貴のアバターは、ネットで最弱と揶揄されるものである。やっぱPS(プレイヤースキル)がすべてなんだね。
「……兄さん、バックギャモンしませんか?」
開始十秒で蚊帳の外の存在となった天は、既に意気消沈している。彼我の差を感じて絶望した……というよりはこのゲームそのものがトラウマ化していそうだ。
「バックギャモンってどんなルールだっけ?」
一時ネットで嗜んだが、なんせレトロかつマイナーだから日常生活でその名を耳にすることはない。耳にすることもなければ、当然ルールも忘れてしまう。
「わたしも知りません」
まさかの予備知識ゼロでありますか。
「でも、このゲームよりは楽しいはずです。ルールを覚える時間もいい塩梅です」
そう言う瞳は虚ろである。
「あ、ああそうだな。バトラー、あとは任せた」
「まかせて。二人の敵を討つよ」
現実世界においては最強の騎士様も、バーチャル世界においてはふわふわ朗らかな姉貴に為す術なく蹂躙されてしまうに違いない。
なんせ姉貴は、このゲームで全国レート一位の座を誰にも譲ったことがないのだから。
結局、俺と天はボードゲーム、他四人はテレビゲームと、いつもと変わらない構図のまま部活は終わりの時間を迎える。
……ふと思ったのだが、『遊戯部』という部名はどうだろうか。
媒体や遊び方は違えど、俺たちの活動主軸がゲームであることには変わりない。
しかし、ややパンチが弱いので、今は候補に留めておくこととしよう。
なにも焦ることはない。
こんななんでもない日常は、この先ものんべんだらりと続いていくだろうから。
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