第27話 兄さんとかお師匠様とかマスターとか主人公の呼称は複雑に変化しがち

「――改めて、バトラー・ミライトと申します。3000年前に地上を守護していた騎士ですが、色々と事情があって再度命を賜ったようです。気軽にバトラーとお呼びください」


「――由利百合様ですか。容姿に見合った素敵なお名前ですね。先ほどはご迷惑をおかけしました。それにしても、人の身でありながらあそこまで腕が立つなんて大したものだ。……剣道? 今の時代にはそのような遊戯が存在しているのですね」


「――咲月様、あなたはルクシア皇女の血を受け継いでいます。生徒会会長? という人を導く立場はあなたにぴったりです。なにしろ一大陸を統べた皇女のカリスマ性が宿っているのですから。しかしこれは……色々と面倒ごとに巻き込まれる可能性がありますね」


「――花田……なるほど、サンパグエット一族の呼称はそのように変化したのですか。それにしても魔眼持ちとは珍しい。開眼するのは一族の中でもとりわけ優秀な方だけだと聞いていましたが……ああ、やはり。どうりで多大な魔力を感じるわけですよ」


 立て板に水な奴である。


 自己紹介をはじめたかと思えば、一人一人に寄り添っての二者面談スタイルで不信感を払っていき、その際に質問にも律儀に答えることで好感度も上げていくという、驚異的なフットワークの軽さ。姉貴も百合もゆかりも、今となっては誰一人としてバトラーに嫌悪感を抱いていない。


 天は変わらずにこにこしているだけだが、敵対心を抱いているわけではなさそうだ。そろそろあいつの笑顔の裏の心情が読めるようになってきたぞ。


「マスターにはまずどうしてマスターなのか、というところからですね」


 順繰りに行われた二者面談もいよいよ俺の番である。


 なんだか緊張してきた。この雰囲気は、中学の頃に体験した面接模擬練習に似通った圧を感じる。


 あれ、公立高校の入学が確定した奴にまで強制参加させるの意味わからないよな、などとそんな不平をかこつ余裕があるほどに、実はまったく緊張してない俺である。


 ……なんて、現実逃避のひとつに過ぎないんだけど。


「簡潔に言ってしまえば、僕の暴走を止めてくれたのがあなただったからです。百合様が止めていれば百合さんがマスターで、天様が止めていれば天様がマスターでした。その時マスターは、マスターではなく紫音様でした」


 マスターマスターうるさいが、要するに偶然の産物ってことだろう。


「恐らく僕は、マスターの願いを叶える前提の存在として召されたのだと思います。世界を滅亡の危機から救うヒーローになる。その願望の前者の存在として」


 3000年前に地上を救った奴が地上を滅ぼすなんて、そりゃまた随分と皮肉な後日譚だな。


「ですが、興味を掻き立てられるものです。希望の光が一転して絶望の象徴に。現実で起きたら目も当てられませんが、傍観者として見守る分にはこの上なく愉悦を覚える展開でしょう」

「まあそうだな」


 逆も然りだ。悪が味方に寝返る展開も燃える。


 共感が得られて嬉しいのか、バトラーは鷹揚に頷く。


「カルマも同じことを思って、僕を操ったのでしょう」


 またカルマさんか。

 まさか伝説の騎士様まで手駒に取っちまうなんて。


「僕を現界させたのは彼と見て間違いないでしょう。胸に埋め込まれていた寄生虫は、かつてヴィルバルド王国を壊滅に追い込んだ魔獣です。微生物から巨人まで自由自在に姿を変えることができますので、その特性が働いたが故に、僕は不覚を取ってしまったのでしょう」

「はぁ……」


 話の規模が大きすぎてついていけんな。


 カルマさんは寄生虫も操るのか? 

 俺はそこまで厳密なキャラ設定をした覚えはないぞ。


「ですが、カルマの思惑はマスターによって断たれました。これはきっとカルマにとって予想外の出来事で、大きなアドバンテージであるはずです」

「そうかも知れないな」


 曖昧模糊な返事になってしまった。

 仕方ないだろ、実際よくわかってないんだからさ。


 直接言葉にはしていないものの、バトラーの意識はカルマ討伐に向いている。

 そりゃそうだ、カルマが諸悪の根源なんだから。


 けど実はそいつ、俺が創造したんだ、なんて口が裂けても言えず、というのもゆかりはカルマと俺が無関係だと思っているからで、だから俺は懸河の弁を甘んじて聞き入れる他に選択肢がない。

 正史と稗史には、どれくらいの歪みが生じてるんだろうな。


 その後もバトラーは長広舌を振るい続け……。


「こちらを常時お付けください」


 締め括りと同時に渡されたのは、布製のリストバンドである。


「世に二つとない特注品です。そちらに強く念を向けていただければ、四六時中どこにいようと僕はマスターの元に参ります」

「お前、テレポーテーションもできんの?」

「ご名答」


 バトラーは上機嫌に答えた。


「魔法も剣術もお手の物です。天様が可能なことは僕もできると思っていただければいいかと。……それと僕の持つ歴史は改変のない正史そのものですよ」

「え?」

「ここまで複雑に入り込んでいては対処の術が浮かびませんね」


 お手上げだとばかりに、バトラーは眉をひそめてため息をついた。


 万能な奴の悲嘆を聞くのもこれで二度目。俺の憂鬱パラメーターはみるみる上昇していき、やがて数分前に降りた肩の重荷がカムバックしてきた。この倦怠感とは、長い付き合いになりそうだ。


 そんな俺の閉塞感など蚊帳の外、とでも言うかのようにかしましい声が聞こえてくる。


「せっかくだし歓迎会をしましょうよ。わたしと咲月姉とゆかりとバトラーの入部を兼ねて」

「お師匠様と天以外の全員じゃないですか……」

「効率的でいいんじゃない? ささ、ゆかりん、心尽くしのお菓子をお願い」

「わたしも主賓の一人なのですが……」

「なら僕が特上の一品を用意しますよ。……いかがでしょう?」

「おぉ! すごい! すごいですバトラー! お師匠様! きらびやかなお菓子が呼んでますよ!」

「あ、ああ……」


 暢気に歓迎会なんてしていていいのだろうか。こうしている間も、誰かが被害に遭っているのではないだろうか。そう思うと気持ちが落ち着かない。


「大丈夫ですよ」


 肩を叩かれて振り返ると、天が柔和に微笑んでいた。


「ゆかりさんともバトラーさんとも、引かれ合うように出会ったんです。喧伝がないのなら、気に病む必要はありません」

「そうなのか?」

「はい。そうです」


 神様が満面の笑みを浮かべて断言しているのだから大丈夫だろう。


 ならお言葉に甘えて、三度目の茶会といきますかね。


「なにがどうなってるんだか……」


 そのバトラーの呟きの意味を俺が知ることになるのは、そう遠くない話である。


 なにはともあれ、こうしてバトラーが六人目の部員となったのだった。


 しかし、二週間で二人か。


 このペースで行くと年間で48人の新入部員を歓迎することになるのだが、まさかそんなことにはならないだろう。せめてあと一人で妥協してもらいたいものだ。


 ……なんて俺の世迷い言も願いとして叶えられればいいんだけど。

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