第18話 どんなRPGゲームにも仲間が芋づる式に増えるイベントが存在する

 それから一週間後。


 異世界人捕縛部屋は生徒会の厳格な審査の後、正式な『部室』として認められて『部』へと昇格を果たしたわけだが、姉貴の根回しがあったということはわざわざ言うことでもないだろう。


 その姉貴なんだが、


「おまたせ~わたしの可愛い妹たち~」


 部室に週5で通うようになっていた。


 本当に生徒会長としての責務を果たしているのだろうかと疑問に思い、一度生徒会室に押しかけたことがある。


「会長は完璧すぎて怖いくらいですよ。博識で、運動神経抜群で、か、可憐で…………え、弟? い、今のは聞かなかったことにしてくれないかな?」

「咲月先輩はわたしの憧れですよ。来年、会長の後を継ぐに相応しい存在だって思ってもらうためにも今から頑張らなきゃ!」

「……優しい人です。……校舎裏のヘチマみたいに存在感の薄い僕にも気づいてくれます」


 醜聞はどころか、愚痴のひとつもありゃしなかったね。

 つまるところ、姉貴は評判に違わない理想の生徒会長だった。


「俺は妹じゃない」

「あぁ拗ねるしーくんも可愛い! 尊死しそう」


 そう言ってはふはふ腰を揺らす姉貴を見たら、全校生徒はどう思うだろう。

 ……恐らく人気に拍車がかかるんだろうな。


 というのも、高嶺の花すぎて近寄りがたいという生徒が結構な数存在するからだ。そいつらの票も根こそぎ攫い、姉貴はついに完全体へと進化を遂げるってわけだ。


 おめでとう姉貴。自治国家でも作ったらどうだ?


「そんな怪死存在しねぇよ……」


 もっとも俺に入国申請の予定はないけどな。


 俺の嘆息に触発されたように、ゆかりが勢いよく立ち上がって姉貴にコントローラーを突きつけた。


「咲月! 今日こそあなたを倒します!」


 はや一週間。ゆかりはすっかりゲーム沼にハマっていた。


 元々賢いのか、飲み込みが早く、毎日部室にきてはカチャカチャコントローラーを弄って画面と睨めっこする日々が続いていたのだが、そんな日常を壊すオタク(悪魔)がある日到来した。


 悪魔は手加減もなしに初心者をなぶり殺し、為す術なく果てていくアバターを見据えた初心者が抱く感情と言えば闘争心である。


 そんなこんなで、二人の間に因縁が生まれたわけである。


「ふふっ、望むところよ。今日は気分的に左手かしら」


 しかし言わずもがな、実力には天地の差があって、俺の見てきた限りだとゆかりのアバターの攻撃が姉貴のアバターに入ったことは一度だってない。


 対して姉貴は即死コンボで鏖殺。少しは手加減しようとか思わんのかね。


 ちなみに完全に外野の俺ともう一人がなにをしているのかというと、


「猪鹿蝶です」

「うわ、マジかよ。もちろん、こいこいするよな?」

「あがりです♪」

「ちぇ、ツレない奴」


 花札をしていた。

 昨日はオセロで一昨日はポーカー。もはやボードゲーム部である。


 三連勝でジュース三本が確約されていたのだが、天があがりを宣言した今、その報酬は破棄されて逆にジュース一本の負債を被ってしまった。


 約束は約束だ。

 腰を持ちあげてドアに手を掛けると、引いてもいないのにドアが開いた。


「うわぁ! し、紫音? なんでここに?」

「部室だからだ」


 厄介人その二。

 剣道部部長をジトっと半眼で睨みつけると、たははと誤魔化すように笑いながら、


「そういえばここって部室だったっけ?」

「お前はこの部屋をなんだと思ってるんだ」

「うーん、校内でのゲームが公式に許された聖地ってとこかな。違う?」


 大方間違っちゃいないがアンサーにするには抵抗があるね。


「ゆりりん、今日はコントローラー持ってきた?」


 と姉貴が言う。


 百合は鞄を漁り、


「もっちろん! ちゃ~んと『ヘレネスⅢ』を持参したわよっ!」

「なにがもちろんだ」


 俺は百合の脳天に手刀をお見舞いした。


「お前には委員長としての誇りがないのか? 姉貴もだ。少し羽目を外しすぎなんじゃないか?」


 リーダーたるもの由緒正しい生活態度を示さねばならない。私的環境で堕落した生活を送るのは一向に構わないが、仮にもここは学校という公的な場だ。


 生徒会長と部長兼委員長、どちらも先導者としての責任があると思い注意喚起を促したのだが、


「いっつ~、女の子に暴力を振るう倫理観の欠落した男に言われたくないわよ。それに、今年に入ってから剣道では無敗で、タスクは委員長内最速で終わらせてますけど?」

「お姉ちゃん、仕事は全部昼休みに片付けてるんだ。その息抜きでゲームしにきてるんだけど駄目かな?」


 ……この素行不良優等生たちめ。


 姉貴はともかく、舐め腐った顔で煽ってくる百合がムカついて仕方ないが、ゆかりの円らな瞳を目にした瞬間、苛立ちが引っ込んだ。


 姉貴とゆかりがいてよかったよ。天と百合との三人の部だったら、創立三日目あたりで十中八九瓦解していたと思う。主に俺の心の不調が原因で。


「兄さん……」


 と聞こえて、またどうせろくでもないフォローをするんだろうなと思いつつも、無視できずに視線を妹に向ける。


「ハブられて寂しかったんですね」


 ほらやっぱりな。

 神の憐れみをいただいたが、これ~っぽちも感謝の気持ちが湧きやしない。


「別に寂しくないけど?」


 むしろ戦場に呼ばれなくて幸運と言える。姉貴と百合のいる戦場なんて地獄だからな。負けに負けを重ねて溜まるのはストレスだけだ。

 ゲームのストレス解消作用はどこにいったのかと疑いたくなる。


「しーくんとあーちゃんも一緒にやろうよ。プレイ人数は多い方が楽しいよ~」


 ぽわぽわ微笑みながら姉貴が誘ってくる。


 コントローラーが不足してるんじゃなかったのか?


「不足どころか予備は5台以上あるよ。ゆりりんは自前のコントローラーじゃないとうまく操作できないみたいでさ」

「道具のせいにするなんて、百合は魔術師失格です」


 ゆかりはゲームの世界において最強の二人を、実は魔法が使えるのに隠してるだけと思い込んでいるフシがある。


 姉貴と百合もさ、真面目に質問されたら真面目に答えてやれよな。

 その子、純真無垢だから暗黒語も信じちゃうんだよ。


「へぇ、言うじゃんゆかり。ちょっとはうまくなったのかしら?」

「研鑽を怠ったことなど一度だってありません。わたしの広域魔法は最強です」

「広域魔法は予備動作が多い分、隙が生まれやすいんだけどねぇ」


 こんな感じで、ゆかりは俺たちの輪にさらっと溶け込んだ。

 まぁ物腰の柔らかい奴ばかりだからな。姉貴は常にほわほわしてるし、百合も実は優しい性格してるし。 


 俺を除く4人がディスプレイの前に集まって、わいわいきゃっきゃっ言い始める。


 青春の一場面としてネットに投稿しようものなら、4人の驚異的な顔面偏差値の高さが芸能Pの目に留まって面倒なことになりそうだから、眼福として俺の脳内フォルダーに収めておくことにする。


 ところで俺は疎外感に苛まれているのだが、果たしてここでの俺の役割はなんだろうな。無職なら自宅に直帰して溜まったアニメを消化したいのだが。


 ……てか天さんよ、他の異世界人はいいのか? と目で問いかけると、


「あ、カフェオレでお願いします」


 視線も意識も画面に向けられたままだ。


 せめてこっち見て言えよ……。


「わたしはカシスチアシードでお願いします」

「んーわたしはエナジードリンクで。300ミリのやつ!」

「お姉ちゃんはしーくんの御手が運んだものなら泥水だって飲むよ。甘露甘露~」

「お前らな……」


 自販機にカシスチアシードはないし、300ミリのエナジードリンクは懐が痛いし、姉貴はもっと品性をもってほしいし、てか、そもそも四人分奢るなんて言ってないんだが?


 まったく、どうやら俺の役割はツッコミらしいな。

 ボケ4に対してツッコミ1ってのはアンバランスだから、次の異世界人はツッコミのできる奴であってほしいもんだね。……フラグじゃないからな?


 こうして騒がしくも平和な日々が訪れ、


「(言い忘れてましたけど、咲月さんと百合さんの入部届、受理しておきました)」

「(どうりで出席率がいいわけだよ)」


 なんやかんやで部員が二人増え、5人の部へと成長を遂げたのだった。


 部名は絶賛募集中である。


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