第12話 序盤で明るみになるラスボスはだいたいフェイク
「今回はわたしに落ち度があるので見逃しますけど、これからは変な冗談を言わないでくださいね」
屋上から教室までの天との会話である。
俺を一顧だにすることなく、天は小気味良く階段を一段一段下りていく。
「俺も悪かったと思ってるよ。おかげで彼女と険悪な間柄になっちまったからな」
つつがなく収束できたかも知れない事態に異常を来したのは俺だ。天の言葉に棘を感じるが文句は言えまい。
正面から深々とため息をつく音が聞こえたかと思うと、
「あのですね、紫音さんは無自覚かも知れませんが、あなたの冗談は冗談では済まされないんですよ」
振り返った天は、困ったように眉を八の字にしている。
「黒炎のカルマ、でしたっけ? あなたが冗談で口にしたその魔王は今、異界を統べています」
へぇ、すごい偶然もあるもんだな。
「偶然ではありません。必然です。なぜなら彼は、あなたが生み出したのですから」
「……」
「ゆかりさんの正史がどのようなものであったのかはわかりません。しかし、紫音さんが黒炎のカルマなる存在を創造したことで歪みが生じたことは間違いありません。それは彼女に限ったことではなく、全補助概念に言えたことです」
馬鹿げた話なのに、その話が嘘だとは少しも思えなかった。
ゆかりの生まれ故郷を壊滅させた魔王。
彼女の安穏の日々を奪った魔王――。
そんなやらずぶったくりが俺のつまらない冗談のせいで生まれてしまったと思うと、血が引いてしまう。
一体、そいつはどれだけの幸福を奪ったんだ?
「でもよ、それはお前がさっき言った……なんだっけ、時間軸? の話に矛盾しないか? お前の力が及ぶのは現在だけの話なんだろ?」
俺が口にした瞬間カルマが誕生したというのなら、ゆかりの故郷を壊滅させた誰か、あるいはなにかは他にいるのではないだろうか。
でないと、過去は変えられないという天の言葉に矛盾が生じてしまう。
しばしの沈黙の後に返ってきたのは、
「わかりません」
というお手上げの言葉だった。
「カルマが神の範疇を逸脱した力を持っているのか、それともカルマと置換されているだけで村を壊滅させた第三者がいるのか、わたしには皆目見当がつきません」
全知全能の神様が白旗を振ってるんだ。
一高校生である俺が、神様も知らないことを知るはずがない。
天はいっそう首を縮めた。
「すいません。わたしが進言していればこんな事態にならずに済んだのに」
「なんで天が責任を感じてるんだ。これは不慮の事故だ、仕方ない。それに、その魔王様が俺の冗談から生まれたってんなら、俺が願えばすぐに消せるんだろ?」
そうすれば歴史は元通り。すべてはリセットされて、あわよくばゆかりの抱いている悪印象が好印象に転じるかも知れない。……なんて高望みしすぎかな。
オンとオフは表裏一体。はじめることができるのなら、終わらせることもできるという一般常識に当てはめた上での名案だったのだが、天はふるふるかぶりを振る。
「無理です。容姿も定かではない一個体に、限定的な処置を施すことはできません」
また制限か。
「わたしは職に就いて日の浅い新米なので、能力が他の方より弱いのです。異界の情勢を把握することはできるのですが、特定のなにかを探すことはできません」
駄目駄目でごめんなさい、と天は頭を下げるが、見てもいない世界の風潮を把握できるってだけで十分にすごいんじゃないか?
これから出会う異世界人とカルマとの因果関係をある程度見出せるってだけでも、なにも情報がないのとはわけが違う。だからそう自分を卑下するなよ。
励ますように微笑みかけると、天は弱々しいながらも笑顔を見せた。
「ありがとうございます。しかし悪いことばかりではありませんよ」
へぇ、どんなメリットが?
「まだ推測段階ですが、人類を滅亡させる可能性のある補助概念の方々の悪意は、ゆかりさんの例を見る限り、黒炎のカルマという一個体に向いていると考えられます」
「つまり、諸悪の根源であるカルマを排斥すればすべてが丸く収まると?」
闇落ちの元凶が魔王で、魔王を倒せば誰もがハッピーな世界になる――。
王道漫画でありがちな展開である。
その通り、とばかりに天は頷く。
「はい。分散していた悪意の矛先が一点に向いたのは唯一の利点ですよ」
対して膨大なデメリットが生まれたわけだ。
悲観的になるのも仕方ないだろ? 相手は神でも歯が立たない悪の化身。太陽系第三惑星で生まれ育った俺に為す術がないのは当然のことさ。
けど、だからって諦めるわけにはいかないんだよな。
今の状況を作り出したのは、他ならぬ俺だし。
罪滅ぼしも兼ねてできる限りのことはしよう。俺は固く心に誓った。
「カルマの撃破を最終目標に、まずは補助概念の方々の破壊願望を取り除くという小さな目標に勤しんでいきましょう」
階段を下り終えて廊下に足がつく。教室までは一直線に歩くだけだ。
「小さな目標ねぇ」
つい先日までは一日一時間勉強! ってのが目標だったんだけどなあ……。
「ところでゆかりはどんな魔法を使ってたんだ?」
先刻の慌てようを見るに天は彼女の魔法の全貌を把握しているのだろうが、生憎俺は魔法は疎か、虚しく宙空に響く声を耳にしただけである。
天はリチウムの廊下を指差す。
「直下に莫大な破壊力をもった魔法を放ち、地盤沈下を加速させていたのです。あと二、三回彼女が魔法を放てば、蟻地獄にでも吸い込まれるかのように、この学校は倒壊することでしょう」
典型七公害を恣意的に引き起こすだなんて傍迷惑な話だ。
「なんであいつは真下めがけて魔法を放ってるんだ?」
「狙ってではないと思いますよ。彼女の意識は常に遠方の山々に向いていました。もしかすると魔法の制御がうまくできないのかもしれませんね」
「山でも困るんだけどな」
微笑を浮かべる天に、俺は引き攣った笑みを返すことしかできない。俺はこれから自然災害を容易く起こせるような奴等と接触を図っていかきゃならんのか?
ゆかりは温厚な奴だからいいが、もし猛々しい奴と対面することになったら、最悪よくわからん能力で一思いに命を奪われてしまうのではないだろうか。
「……ちなみになんだが、命を複製することはできるのか?」
「できますよ。わたしがいる限り、紫音さんは不死身です」
自信満々に胸を張って天は言う。
過去に干渉できないのに生命を弄ぶことは可能なのか。
神様ルールはよくわからんな。
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