第11話 オタク=引きこもりというイメージはそろそろ崩れてもいい頃合いだと思う
泣きっ面が俺を見上げる。
おいおいほんとに高校生か?
高校一年生の俺にはこの子が小学生の嬢ちゃんに思えてならんぞ。
しかし制服を着ている以上は、高校生と認めざるを得ない。
俺は朗らかに続けた。
「聞いたぞ。毎日ここで魔道の熟達に精を出してるんだってな」
魔道の熟達。
まさか現実でこのワードを真顔で紡ぎ出す日が来ようとは。
「大したもんだよ。俺は継続できるだけで十分誇れるものだと思うんだがどうだ?」
勝手なことをしているのに、天は冷や水を浴びせるようなことを言ってこない。
ただ、じっと無表情に俺を見つめている。見定めるように。
泣きっ面を浮かべた魔法少女は俯いたまま首を振る。
「過程に価値なんてありません。大事なのは結果です」
「結果論に躍起になるのは切羽詰まってるからだ。それくらい、お前は頑張ったんだよ」
なんとしても自信を持たせたいと思ってしまうのはなんでだろうな。たぶん、姉貴のお人好しな性格が伝播したんだろう。姉弟ってのは知れず触発し合うもんらしい。
尚も魔法少女は晴れやかな顔を見せない。
「ですが……わたしが不甲斐ないばかりにアルザスの村は滅びてしまったんです」
アルザスねぇ。
世界史で聞いたことがあるようなないような……。
ま、俺が想像するアルザスと彼女の脳裏に浮かんでいるアルザスは別物なんだろうけどさ。
「わたしがもっと立派な魔法使いなら……」
そこまで言うと、彼女はと胸を突かれたように肩を跳ね上げて、
「って、なんで元凶のあなたが励ましてくるんですか! 天誅!」
あろうことか、ローファーの底で俺の顔面をぶん殴ってきやがった。
そんな不意打ちを驚異的な身体能力で回避できるはずもなく。
結果――クリティカルヒット。
「ってぇな! なんてことしやがる!」
鼻がひしゃげたかと思ったぞ。
「故郷を壊滅に追い込んだ宿敵が眼前にいるんです! 打つに決まってます!」
なんの話だ。
「人違いだ! 俺は川野紫音。お前の故郷どころかお前のことも知らねぇよ!」
半ばやけっぱちで叫ぶと小柄な魔法少女はぱちぱちと瞬きした。
「……でも魔法を使いました。わたしの前に瞬間移動してきました」
「それはわたしの魔法ですよ」
そう横槍を入れるのは頼もしい妹である。
「わたしも魔法が使えるんです。兄さんは少ししか魔法を使えませんが」
そこまで言うと、天が意味ありげに目配せしてきた。
話を合わせろ、ということだろう。
本当かと問うてくる魔法少女の訝しげな視線に俺は頷き返した。
「え、でもこの方は自分が黒炎のカルマだと名乗って……」
魔法少女が俺を指差して俺の顔と天の顔を見比べる。
天は俺を振り返ると、それはそれは面倒くせぇと言わんばかりの失意に満ちた顔を浮かべ、しかし首を90度回した後にはいつもの笑みに戻っていた。
お前、こけしかなんかなの?
「すいません。兄は時偶、痛ましい発言をするものでして……。黒炎のカルマ、という名前は偶然にも兄が同一視している架空の存在と同じものなのです」
「あ、なるほど」
と、やたら納得の早い魔法少女である。
あれか、この子も天と同じで現界と同時に地球のデータがインストールされたって類なのか。
「ですよね兄さん?」
「……」
中二病キャラは二人で十分事足りているから俺はオーディション不合格ということで降板させていただきたいのだが、天が話を合わせろと目で威圧してくるので渾身の演技をさせていただくこととしよう。
けふけふ咳払いして、俺は野太い声を発する。
「悪いな小娘。小生に下界は少々退屈すぎるものでな。どうやら悟りの果てに、小生の思考は異世界とのリンクに成功したようだ。ふわっはっはっは! これぞ選ばれし者の宿命なりぃ!」
傲慢なのか物腰低いのかはっきりしない、謎の中二病青年がそこにはいた。
アニメの影響かポージングまで抜かりない。
……ホームルーム前だけど帰っていいか? 穴があったら入りたい。
「うわっ、気味悪いです」
俺のマッドでサディストな笑声を耳にするなり、魔法少女はドン引きして天の背に身を隠した。
盾とされた天も痴漢犯を見下すような、にべもない眼差しを向けている。
いや、お前のノリに乗っかった結果がこの惨状なんだが?
「つまりはそういうことなんです。理解していただけましたか?」
待て待て。
このまま俺をイタい系キャラとして定着させる気か?
「はい。関わってはいけない人種ですね」
屋上での魔術トレーニングがルーチンの奴に言われたくないんだが?
脳内での鋭いツッコミも虚しく、実際に漏らすのは青息吐息のみである。
まぁ今は中二病キャラを甘んじて受け入れよう。
どうせすぐに関わりもなくなるだろうし。
「では……えっとお名前を伺ってもよろしいですか?」
首を傾げながら天は言う。
お待ちかね、魔法少女の自己紹介タイムだ。
とんでもないのを頼むぞ。
でないと、俺が一番ヤバい奴認定されたこの空気が拭えないからな。
気取った様子もなく、仄かな笑みを浮かべて少女は淡々と告げた。
「
ペコッと会釈。
参ったな。
魔法名家というワードに目を瞑れば、良識を備えた礼儀正しい少女じゃないか。
姉貴や百合が飛び抜けた変人であるおかげで、彼女がマトモな人間に思えてしまう。
「わたしは川野天です。こちらは兄の紫音、これでもわたしたち双子なんですよ」
「えぇっ⁉」
頓狂な声を上げて、大袈裟なほどに仰け反るゆかり。
「社交的な天とこの出不精がですか?」
誰が出不精だ。
「あぁ、すいません。先ほどの発言が『あれ』でしたので、『そういう』方なのかと」
明言しないあたりは彼女の優しさの表れなのだろう。
しかし如何せん、第一印象がひどいものだったからか彼女は目に見えて俺を警戒している。警戒というより、もはや威嚇の域だ。
まあ悪いのは九分九厘俺だから、文句は言えないけどさ。
いたたまれなくなって遠方の山を見やると、チャイムの音が耳を劈いた。予鈴の鐘だ。
フェードアウトを待たずして天が口を開いた。
「ゆかりさん、放課後まで魔法の使用は控えていただけませんか?」
「わかりました。天の頼みなら受け入れますよ」
くすりと笑みを漏らす。
常識を弁えていて、加えて物分かりもいいときたか。
事が円滑に進みすぎて、肩透かしを食らった気分だ。
なんて思ったのも束の間。ゆかりは俺を見据えた途端、快晴から豪雨に転じたかのように表情を180度変化させた。
「出不精の懇願なら話は別でしたが」
「……」
さて、俺の願いはなんでも叶うんだったな。
天、時間を巻き戻してくれ。
「無理です。わたしが変革を起こせるのはこの時間軸においてのことに限りますから」
観音スマイル。
笑顔の仮面で隠しても無駄だぞ。
ぷーくすくすと胸中で俺を嘲笑っていることはお見通しなんだからな。
しかし過去はやり直せないのか。
なんでも叶うけど、なんでも叶うってわけではないんだな(語義矛盾)。
かくして、俺は魔法少女――花田ゆかりとの出会いを果たしたのだった。
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