大好きだよ
「なんでいるのさ?」
昨日は迷子になったから夜に公園にいたのも仕方がないとは言え、今日はもう夜の九時だ。
もし見つかったら補導されるかもしれないじゃないか――それは僕もだけど。
僕の場合はスリルを楽しんでるんだよ。悪くない悪くない。
けど彼女――道野は違うだろうに。昨日だけのはずだったじゃないか。
「――柊斗に会いたかったから……それに。また、って言ったし」
「……へ??」
「じゃ、だめ?」
上目遣いでみてくる彼女。
悲しそうな目で見てくる彼女。
まるで犬みたいに懐いている彼女。
そう、例えば好意を抱いている人に対するような目を向けて――いや、それはない。
けど。こんなふうに言われたんじゃあ仕方がない。断れないのは昨日の時点で立証済み。
「別に、だめなんて言ってないだろ」
ならば受け入れよう、僕一人の時間に、たった1人の女の子が増えるだけ。
それによって僕に不都合が起きないのは――昨日の時点でわかってる。
「ありがと! 大好きだよ!」
「……えっ!?」
「あぁ、友達として、ね?」
「うん」
びっくりした。突然好きだよなんて言われるとは。小学生だから恋愛経験なんてないんだよこちとらさ。
「で、会いに来てくれたとこ悪いけど。僕もう歩くよ?」
そう。道野が僕についてくる。そんなイレギュラーなことが起こったって、自分のやることは変わらない。
だって僕が一番楽しみにしてることは、スリルを味わうこと、だから。
「へ?」
「あー。昨日は道野を送り届けたけど。いつもは暗い道を歩くの、ハマってるんだよ。だから――怖い怖い体験、してみるよな?」
______
さて。いつもの僕は普通にウォーキングをしているだけなのだが。道野を怖がらせるようなことを言ってしまった以上、こわーくしてあげないとね。
ということで今歩いているのは夜の裏路地。まぁ、人はいない。いるはずがない。こんな場所に。
一回来たときもいなかったから、ダイジョブだろ。
「……ねぇ柊斗。この裏路地怖すぎて怖すぎるんだけど」
「語彙力どこいった!? ……まぁ僕は警告したしね」
そう言って語彙力がなくなってしまっている道野は、震えている。
昨日みたいに小刻みに。泣いてはいないみたいだけど。
「そうだけどさ……! ……怖いんだけど」
そうして手を差し出してくる道野。怖いのに手差し出してどうするんだよ……。まさか繋げとか言われないし、言われな――
「――手、繋いでよ。私を逃さないで?」
まただ。またあの上目遣い。
これをすれば、僕は逃げられないって学習したんじゃないのか?
いや、たしかにそうなんだけど。これで逃げるのって難しくない? カワイイ女子に上目遣いされてるんだぞ? 無理だろ。
だから僕は道野の手を取って。
「いいよ、逃さないでおいてやる」
「ありがと柊斗、大好きだよ」
これも対価だ。
彼女がくれた、上目遣いの対価。
彼女がくれた、春休みの彩りに対する対価。
彼女がくれた――僕の心の不思議な気持ちに対する対価。
まだ、わからない。この気持ちがなになのかなんて。出会って2日だから。
けど今までに友達が0に等しいと言える僕でも、これだけはわかる。
道野に対して抱いている感情は、特別なものだ。
それがわかっているからこそ。僕はこの気持ちを口に出すことは出来ない。
この関係を壊すことなんて、今の僕に到底できるはずもないから。
_______
結局、一緒に手を繋いで裏路地を歩いて。その後はまた昨日みたいに家に送り届けて。
今丁度、道野の家についたところ。これから別れよう、というとき。もちろん、手を離さなければならない。
名残惜しいとは思うんだけどな。ふたりともしばらく手を離そうとしなかったし。
「ねぇねぇ柊斗」
「なに?」
「私のことも、名前で呼んで?」
バレちゃいましたか、照れ隠し。正直恥ずかしかった。怖かった。キモって思われるのが。
小学生が何を言っているのかって? いや違う。そういう経験があるから言っている。
けど、こうやって名前で呼んでとお願いされたんだ。だったら、もちろん僕のやることは決まっている。
「わかったよ――早紀」
僕が名前を呼ぶと早紀の顔はパァッと光り輝いたようにみえて。
「ありがとう! 大好きだよ、柊斗」
ここ2日でいつもの、と言えるかもしれないくらいになってしまったお決まりの言葉が。
あぁ。こうやって僕の方に向かって笑顔を絶やさないでいてくれることも、僕の心をざわつかせる原因なんだ。
「じゃあな、早紀」
「うん、またね?」
さぁて。明日は学校の入学式だな。
まぁいつも通りに1人を決め込むとしますか、という決意も虚しく。
「おはよう! 柊斗!」
翌日。同じ中学校の同じクラスに、道野早紀襲来。
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