メスガキ聖女の補給食にハムカツを与えてみた。

「……うまいな」

 

 聖女ラムがくっちゃくっちゃと咀嚼音を出して食べる中、シーアンドスカイは静かにスルメイカを食べてそう言った。一葉が出してきた物が毒かどうか、それがだけが問題だったのに、普通に上手い。そしてシーアンドスカイも同じ加護を受けた事でイーブンになった今。

 

「カミヤぁ、アンタなに魔女に餌与えるわけぇ? それぜーんぶあーしのでしょ? それなのに勝手してくれるわね」

「スルメイカ一切れくらいで小さいっすよ?」

「はぁあああ? アンタ、もしかして今あーしに意見したわけ? アルバス神教会最高聖職者、聖女のあーしに!」

 

 自分の肩書きを自ら言うとなんでこんなにしょぼく感じるんだろうと一葉は思うけど、あんまり怒らせても後々ややこしそうなので、シングルバーナーとミルクパンを取り出すと、そこに油をコポコポと注ぐ。

 

「ほら、聖女様、聖女様の為だけにオヤツ作ってあげるっすから! 早く、シーアンドスカイさんと和解してくださいっす」

 

 まぁ、そう言ってもお互い和解なんて絶対しないだろうなと思いながらそう言ってみた。魔女シーアンドスカイはアルバス神教会を心底恨んでるし、聖女ラムは誰かと手を取り合って的な器用な事は100%できない。むっちりとした太ももときゅっとしまったウェスト、ほんとどういう身体のバランスなんだと思うが、聖女ラム曰く、神々に愛されている聖女の容姿は奇跡のそれらしい。


「アルバス神教会の聖女、黙っていれば殺さずにいたのに、我はアルバスの聖女に騙され長い長い封印の中にいた。心壊れずにいたのはアルバスへの憎悪、復讐ただ一つ、古代の魔法を持ってこの世界の歴史からアルバス神教会を消してくれよう。炎よ」

 

 魔法を詠唱するわけでもないのにシーアンドスカイの手の中から炎が生まれる。そんなシーアンドスカイをいつでも斬れるように構える勇者ディタ、そして聖女ラムは「永久より今に至るまで、水無くして生きながらえた者なし」と魔法詠唱しながらシーアンドスカイとの距離を積める。

 

「死ね! アルバスの聖女! ナベリウ・ブラスト・フレアぁ!!」

 

 ポゥ、ポゥと周囲に拳大の炎が灯る。それにシーアンドスカイが炎を放つと全てが連鎖誘爆していく。

 

「あーしがそんな雑魚魔法で死ぬわけないでしょ! ばーか! ノア!」

 

 大量の水を生み出してシーアンドスカイの連鎖爆破魔法を飲み込む。一葉からすれば魔法という物はいまだに未知の力だが、魔女ラーダより、魔女ニティアフィより、明らかにこのシーアンドスカイという魔女は聖女ラムに匹敵していた。

 

「今まで自分より強い者を見た事がなかったんだろう。愚かな娘だ」

「!!」

 

 聖女ラムの肩、太腿から出血。シーアンドスカイは魔法を放つと共に剣撃をも重ねてきた。自分が怪我している事に驚きを隠せない聖女ラムに、言い放った言葉。

 

「私が封印される前にいた聖女レモンハート。あれに比べれば、お前は雛鳥もいいところだなぁ? 私に先ほど雑魚魔法と吠えたよな? どちらが雑魚だった? 雑魚聖女」

 

 これは流石に聖女ラムはカンカンになって怒るんじゃないかとチラリと見ると、聖女ラムは自分の法衣を持ってふるふると震えている。普通の人がすれば恐怖して震えているんだろうと思う者もいるかもしれない。

 が、一葉は違った。

 

「ガチギレしてるじゃねーっすか」

 

 そう、聖女ラムは煽るのは大好きだが、煽られる耐性が一切ない。結果としてギンと魔女シーアンドスカイを睨みつけ、

 

「だぁれぇが、誰が雑魚って? あーしに、あーしの事を雑魚って言ったぁああ!」

 

 地団駄を踏む聖女ラム、なんて心が狭くて小さいんだろうと一葉は思う。がしかし、聖女ラムのこの自己中心的な性質は本物だ。何者にも囚われず、己こそが至宝だと信じて疑わない。

 

「アンタぁ、あーしに絶対言っちゃいけない事を言ってくれたわね。アルバスの教会に引き渡すのやめたわ。アンタはここで死刑よ。神よ。東方に悪魔がいる。西方に暗澹がある。我らが神よ。太陽を愛し、月を憐れむ我らが偉大なる神よ。数多の信仰の礎より、こぞりて我が身に宿れ。その息吹は比類なき邪悪を撃つ折れぬ事なき槍となせ」

「神槍ブリュナークか、レモンハートの得意魔法だったな」

「何、昔の雑魚聖女の事語ってんのヨォ! 神槍。ブリュナーク!」

 

 一葉はおいおいおいと上空を見上げて今の状況を考える。この砦を越える大きな強大な光の槍が落ちてきている。ブチギレて周りが見えなくなったんだなと、自分も巻き込まれている事、冷静に自分の最後を覚悟していると、

 

「レモンハートが言っていた。この魔法は中心部の破壊力に対して、周囲はそれほどでもない。ならば最大出力の私の闇魔法で相殺する事は他愛もない」

 

 シーアンドスカイの手が化け物の手のように変わる。そして聖女ラムが怒り狂って放った魔法を上空に掲げて止める。それは聖女ラムにとっては衝撃その物だったんだろう。開いた口が塞がらない。

 

「凄まじい魔力量だ。レモンハートより、私より上だろう。だが、あまりにも幼い。魔法の使い方、感情の起伏が激しく、魔法の選択も下手。今まで苦労せずに相手を屠れたのだろうが、同等以上の者を前にして始めて貴様は苦悩し、そして死んでいけ」

 

 その光景を見て一葉は敵の魔女ながら感謝した。聖女ラムの魔法を散らしたのだ。確実に全滅するであろう広範囲魔法は綺麗に消えてなくなった。そんな光景を見て、聖女ラムは一葉をキッと睨む。

 

「カミヤぁ! お腹すいたんだけどぉ? さっさと何か出しなさいよ!」

「聖女サマ、俺とディタさん巻き込むのやめてもらえるっすか?」

「はぁあああ? カミヤの分際で」

「クソうまいハムカツ作ろうと思ってるんですけど、作らねーっすよ?」

「……あぁあああ! 分かったわよ! クソ魔女ぶち殺すのに単独徒手で仕留めてあげる」

 

 自分の身の安全を確保した事で一葉は薄いハムを取り出すとそれを3枚重ねてバッター液につける。シングルバーナーとフライ用の小さい鍋でハムを揚げる。すぐに火が通るので、2分揚げると裏返してもう2分。ソースを軽く塗ってやれば完成。本来、味付けはお好みなんだが、どうせ戦闘中の捕食に食べるわけなので元から味をつけておいた方が聖女ラムも食べやすいだろうと、

 

「聖女サマ、揚がりましたよ。どんどん揚げていくのでタイミングで取りに来てくださいね」

 

 と一葉が狐色に揚がったハムカツを見せると、聖女ラムの表情は緩み、「させるものかー!」とシーアンドスカイが一葉に向けて魔法を放つ。

 そんなシーアンドスカイの魔法を剣で受け止め、

 

「怪我はないか? 従者殿!」

 

 と勇者ディタが一葉を守ってくれるので、「助かったっすよ! ディタさんも一枚どうっすか? 熱いので気をつけてくださいっす」と最初の一枚を勇者ディタのに渡すので、聖女ラムは「あー! それ、あーしのぉ!」とキレ散らかす。

 

 サク、じゅわっ! そして薄いハム3枚かせねの為、食べ応えもいい。そして薄く塗られている濃厚ソースがいいアクセントになっている。

 

「従者殿、これはすごく。美味しいです! なんだろう? パンとかに挟んで食べたら間違いなさそうですよ! そして、信じられないくらい力が湧きます」

「そりゃ良かったっすよ」

 

 聖女ラムがシーアンドスカイに殴りかかり、それを回避。しかし、聖女ラムの目的はシーアンドスカイへの攻撃ではなく、

 

「カミヤ、アンタぁ! 何先に勇者にそれ与えるわけ? あーしのでしょ! さっさとよこしなさいよ。食べてあげるんだから!」

「……どうぞっす」

「何これ? うっす! こんなの……」

 

 頬を染めてむぐむぐと両手で持って食べているので、よほど美味しいんだろうなと一葉は理解する。とんかつより子供はハムカツの方が好きだったりするしなと考えていると、食べ終えた聖女ラムが手を出す。

 

「ん! 次」

「あー、どうぞっす」

「ふふーん。これこれ、あとでラーダに自慢してやろー」

 

 めっちゃ気に入ってるなと一葉はある程度揚げ終えるとレモン酎ハイをプシュっと開けて口をつける。おつまみに一枚食べようとしたが、全て聖女ラムがハグハグと食べ終えてしまったので、まぁいいかと酎ハイ片手にこの戦いの結末を見守る事にした。

 

「いいじゃないこれ、中々いいわ。雑魚魔女シーアンドスカイ。アンタにもう終わりよ」

「それは自分の事だろう? 幼い聖女よ。ダークウォール!」

 

 漆黒の壁が現れ、聖女ラムに襲いかかるが、聖女ラムはそんな漆黒の壁に触れると、無理矢理破壊した。

 

「何今の? もしかして魔法? 雑魚すぎてわかんなかったんだけどぉ? じゃああーしの番」

 

 聖女ラムの姿が消える。高速移動で魔女シーアンドスカイとの距離を取ると、シーアンドスカイの腹部をグーパンで思いっきり撃ち抜いた。


「神の裁きよ! この折檻の前に祈りって死になさい!」

 

 厚底ブーツに取り付けられた錫の音だけがカランカランと響き渡るが、あまりの高速移動の為、シーアンドスカイに攻撃を与えるインパクトの瞬間にしか聖女ラムが出現しない。

 もはや一方的だった。シーアンドスカイは何らかの防御魔法を発動しているようだが、それを貫通している聖女ラムの攻撃。

 次に聖女ラムが目で捉えられる時、シーアンドスカイは血を吐きながら、

 

「認めない、認めんぞぉおおお! 我はアルバスを滅ぼす者! 魔女、シーアンドスカイ!」

「なんなのアンタぁ、ほんときもーい! 昔の聖女レモンハートの親友って聞いてたからどんな魔女が気になってたけど、ただの陰湿で、しつこいストーカーかなんかぁ?」

 

 聖女ラムの煽りに、魔女シーアンドスカイは、

 

「なんだと! 今なんと言った!」

「陰湿で、しつこいストーカー?」

「その前だ!」

「レモンハートの親友ってやつ?」

「何故だ? 何故貴様がそんな事を……」

 

 明らかに動揺しているシーアンドスカイを見て、ゾクゾクとした聖女ラム。これは面倒臭い煽りモードに突入するなと一葉は思っていたが、聖女ラムが煽るつもりでいった言葉、

 

「アンタ、当時の魔女狩りの対象にされたからぁ! お友達のレモンハートがアンタを封印して世間から隠したのよ。アンタ当事者なのにそんな事も知らないわけぇ? バカなの? きもーい!」

「そんな……レモンハートは私を守る為に?」

 

 その時、シーアンドスカイの目から一筋の涙が溢れた。それを見て、煽ったつもりがこの戦いを終わらせたかもしれないと一葉は一人、感心してレモン酎ハイをごくりと飲んだ。

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