第95話 また


「ほお、こいつは初めて食べるスープですが、なかなかいけますな!」


「うわあ、この黒い海藻もおいしいね!」


「ええ、薄い魚の味がうっすらとついており、それに濃厚な味のスープがよく合っておりますね!」


「ホー! ホー!」


 ふむ、どうやらこっちの世界のみんなにも味噌汁の味は大丈夫なようだな。


 海藻もこっちの街で購入したものだし、異世界人が食べても問題ない種類だろう。


 ……それにしても、わずかな出汁の違いが分かるとはジーナもだいぶ味の違いが分かるようになっているようだ。実際に味噌汁は味噌の味が大半を占めていて、出汁は陰から味噌の味を支えているわけだからな。


「おお、こちらの魚の味付けもこの味噌汁と似た味がしますが、こちらは甘く濃厚な味ですよ!」


「お魚さんがとっても柔らかくておいしいね!」


「ええ、こちらの料理も青魚特有の臭いがまるでありませんね! この濃厚なソースとお魚がとてもよくあっていておいしいです!」


「ホー!」


「さっきのスープは味噌汁といって、こっちは味噌煮という料理だよ。どちらも味噌という豆を発酵させて作った調味料からできた調味料を使っているんだ」


 味噌汁の方は煮干しのような小魚を干したもので出汁を取って、具のワカメのような海藻を入れてみた。


 ちなみに煮干しもどきはものすごく安値で販売していたぞ。どうやら人が食べる物というよりは家畜の飼料なんかに使うのが主らしいな。


 味噌煮の方は臭み消しの野菜と一緒に少し煮たあと、アクを取ってから味噌を加えてしばらく火を止めて味噌を魚の切り身にしっかりと染みこませたあと煮立てて完成だ。


 骨からもいい味が出てくるため、切り身に付いた骨ごと煮るのと、切り身に火通りをよくするのと皮が破けるのを避けるため斜めに浅く切り込みを入れるのがポイントだな。よく店の味噌煮がバッテンになっているのはそういう理由もあるのだ。


「いやあ、初めて食べるスープと料理ですが、とてもおいしいですな! これは癖になってしまいそうな味ですよ!」


「……そういっていただけるとこちらも嬉しいですね」


 ヘーリさんもそう言ってくれて、みんなもとてもおいしそうに食べてくれている。初めて扱う食材を使った割にはうまくできたと自負しているのだが、俺にはひとつだけ不満がある。


 それは米がないということだ!


 味噌汁に魚の味噌煮、どちらもふっくらツヤツヤと炊いたあの真っ白な白米が絶対に必要なのである!


 やはり味噌汁と魚の味噌煮にパンでは駄目だ。いや、パンが絶望的に合わないというわけではないのだが、やはり日本人としてご飯が必須なのである!


「シゲトお兄ちゃん、大丈夫?」


「……うん、大丈夫だよ」


 いかんいかん、米がないのを嘆いているのをコレットちゃんに察知されてしまったようだ。


 落ち着け! まだ少しだけ米は残っているし、異世界に米がある可能性だって存在する。まだ希望を捨てるには早すぎるもんな。


 ……しばらく米を食べてないと禁断症状みたいなのが現れるのかもしれないな。たぶんこれは元の世界の日本人が持っている治ることのない病だろう。一応これまでの街でも米の情報は調べてきたけれど、より一層詳しく調べるとするか。




「それではシゲトさん、みなさん。1泊だけの間だけですが、本当にお世話になりました。昨日のご飯も今日の朝ご飯も本当においしかったです。それではみなさん、また機会がありましたら!」


「ええ、ヘーリさん。またどこかでお会いしましょう!」


「ヘーリ殿、お世話になりました」


「ヘーリおじちゃん、またね!」


「ホー! ホー!」


 俺たちが手を振り、フー太がヘーリさんの出発する馬車を翼を広げながら旋回して見送る。


 フー太のあの行動は初めて見るが、フー太なりの見送りの挨拶なのかもしれない。ウッズフクロウは森の遣いと言われているし、なんとなくだがヘーリさんが無事にマイセンの街まで辿り着けるような気がする。


 ヘーリさんの馬車が見えなくなるまでみんなで見送った。


「……たった一晩だけだけれど、なんとなく寂しい気持ちになるなあ」


「うん、とっても優しいおじちゃんだったね!」


 たった一晩、寝ている時間などを省けばたったの5時間くらいの付き合いなのだが、誰かと別れるというのは寂しいものである。


 ただ、こういう一晩だけの付き合いというのも旅の醍醐味でもあるからな。


「そういえば、村長からこういう時の挨拶はさようならと聞いていたのですが、ヘーリ殿もシゲトもその言葉は使わなかったですね」


「ああ。もしかしたらたまたまかもしれないけれど、俺の故郷でも旅人同士の別れの挨拶はまたどこかで、また会おうみたいな言葉が多かったね。さようならだと、これでもうお別れみたいな感じが出ちゃうけれど、またって言葉を使うとなんだかまた会えるような気がするからね」


 元の世界でキャンプをしたり旅をしている時に学んだのだが、そこであった人たちと別れたあとで、意外な場所で再会することもあったりする。


 再会したいという意味を込めて、さようならの代わりにまたという言葉を使うわけだ。


「そ、そうなのですね! 危うくさようならという言葉を使ってしまうところでした……」


「ぼ、僕も気を付けないと……」


「そんな決まりも別にないし、実際にまた再会できる可能性なんてほとんどないからあんまり気にしなくてもいいと思うよ」


 実際のところ、ヘーリさんやこれからの旅をしていく中で同じ人と再び出会う可能性なんてほとんどないだろう。


 ただまあ、こういうのは気持ちの問題なので、別れを意識するよりも再会を祈った方がいいという旅人らしい前向きな気持ちの表れなのである。


 さあ、俺たちも新しい食材や景色なんかに出会うために先へ進むとしよう。

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