13-67 氷上決戦! 皇帝よ、ここがお前の墓場となる!(7)

 ヨシテルは完全に読み違えた。


 ヒーサの用意した罠の深さと、少年の姿をした“刺客”の実力を、だ。



(尋常なやり口では、これはかわせん!)



 すでに必殺の間合いは詰められていた。


 しかも、足元の氷を突き破って飛び出した槍に、右足が貫かれて動きが封じられており、一切の回避行動が制限されていた。


 マークが飛び出したのは背後であり、足が縫い付けられているため、回避も防御もできない。


 ヨシテルの持つ“再生能力のからくり”を解析して、導き出した罠の設置と発動が、今ここに来て完全に機能していた。


 凍った湖と言う足場の悪さを以てヨシテルの積極性を奪い、まずは“見”や“防御”を選択させる。


 その上で足場が崩されて湖に落とされるという状況を頭に想像させた上で、炎による攻撃と爆弾の投擲で誘引し、“設置した地雷”の真上まで踏み込ませる。


 炸裂した石槍じらいで動きを封じ、隠れ潜んでいた刺客マークからの一刺しで投了。



(何もかもが用意周到! 刺客の一刺しを入れるために用意された一連の流れ! これみよがしな挑発も、露骨に見える仕掛けも、その陰に潜ませた刺客も、貴様の差配かぁ!)



 ヨシテルの視線の先にいるヒーサは、すでに勝利を確信しているのか、不敵な笑みを浮かべていた。


 このままでは確かにその通りだろう。“無限の再生能力”を飛び越える“刺客の一刺し”が入り、命が散華してしまうのは目に見えていた。


 ゆえに、この“詰将棋”の盤面を破壊するために、ヨシテルもまた常軌を逸した行動に出た。


 縫い付けられて動かぬ足を、自分で意思でもいだ。貫手ぬきてで右膝を貫き、そこで切り離したのだ。



(どうせ足くらい、あとでいくらでも再生する!)



 そう思えばこその大胆な動きであった。


 縫い付けられた右足が失われた事により、ヨシテルは動きに制限がなくなった。


 突き出されたマークからの一刺しを、倒れ込むようにかわし、二度、三度と氷の上を転がり、その勢いのまま左手で鞘を掴んで杖代わりにして起き上がった。



(左足と左手で持つ鞘で立っているのだ。少し不格好で体勢が悪いが、右足が再生するまでの辛抱だ)



 そう考えている内に、すでに右足がニョキニョキ生え始めており、それほど時間はかからないはずだ。


 だが、マークは“かわされる事”さえも予測していた。よく見ると、マークの履いている靴の底に、びっしりと石が張り付いており、それがスパイク状になって、氷の上でもほぼ滑らずに方向転換して、着地と同時に切り返して再び攻撃してきた。



(このわっぱ、やりおる! どこまでも用意周到! これすら計算の内か!)



 もはや驚愕の色を隠さないヨシテルであったが、それでも目の前の少年をいなすのは難しくなかった。


 右足を失ったとは言え、今は正面から相対している。


 左手で鞘を持ち、杖代わりにして立っているため、右手一本で刀を振るわねばならないが、それでも少年一人斬り伏せるには十分な威力を出せた。


 だが、ここでまたしても予想外の横槍が入った。


 ヒーサがヨシテルに向かって、再び炎を浴びせたのだ。


 『松明丸ティソーナ』の切っ先をヨシテルに向けてを炎を撃ち出し、マークともども炎に包まれた。



(味方もお構いなしに巻き込むだと!?)



 普通ならば味方が近接戦を仕掛けている時に、横から攻撃を撃ち込むなど有り得ない。弓矢で狙いをすましてと言うのならば分からなくもないが、炎と言う効果範囲の広い攻撃での横槍は、誤射の恐れがあるためまずやらない。


 だが、ヒーサはやった。



(そうか! あの鍋、カシンの言っていた神の加護が備わった鍋か!)



 その事に思い至り、ヨシテルはやはり周到な計算の上での行動だと戦慄した。


 神造法具である神の鍋『不捨礼子すてんれいす』にはいくつもの特殊効果が備わっており、使用者にそれを付与する力がある。


 今回は【焦げ付き防止】のスキルが役に立っていた。名前はふざけているが、火属性に対する完全耐性を使用者に付与するので、ヒーサの炎攻撃をマークは無視することができた。


 二人は炎に包まれたが、片方は再生能力で耐え、もう片方は鍋の力で無効化した。


 視界が炎に包まれ、相手の姿を捉える事が出来ないが、熱を感じないマークはそんな中にあっても、冷静に相手の気配を探り、位置を掴むことができた。



(だが、それはこちらとて同じ事だ!)



 炎で視界が遮られようとも、問題はなかった。


 強いて言えば、再生中の右足の再生速度が鈍った程度だが、マークの攻撃さえ凌げば、余裕で逆転できる。そう考えたらこそ、ヨシテルもまた、炎で遮られた視界不良の状態からの一撃を繰り出した。


 刀を振るい、炎の向こう側から迫ってくるマークに振り下ろした。


 ガキィィィン!


 金属同士がぶつかり合うが、予想外な事に、刀の方が鍋に勢いを押され、弾かれた。


 ヨシテルの放った斬撃は、確かにマークを捉えが、鍋をいつの間にか頭に被っており、脳天に振り下ろされた刀を弾き返したのだ。

 


(弾かれただと!? この『鬼丸国綱おにまるくにつな』が!?)



 斬り割けると思ってたものが防がれ、ヨシテルに動揺が走った。


 『不捨礼子すてんれいす』にはスキル【闇属性吸収】が備わっており、呪物化して闇の力が備わった『鬼丸国綱おにまるくにつな』を弾いたのだ。


 もし、右足が再生していて、両手で渾身の一撃を叩き込めれさえいれば、あるいは本来の斬撃の威力で鍋を斬れたかもしれないが、今は左手は鞘を掴んで杖代わりにし、右足もない状態だ。


 本来の威力が発揮されず、闇の力は打ち消され、腰の入らぬ斬撃は鍋の前に負けた。


 聖なる鍋を使った一種の盾突撃シールドバッシュであり、これはマークの方が一枚上手の戦い方をしていた。


 そして、狼狽するヨシテル目がけて、マークは鋭い突きを放った。


 特に何の変哲のない小剣ショートソードであり、何か特殊な魔力が備わっているとかではない。


 だが、このごく普通の剣を“刺し入れる”だけで勝負は決するのだ。


 それだけに、マークは渾身の一撃を入れるため、ヨシテルに剣を繰り出した。


 ピタッ!


 音もなく、その刃は止められた。


 突き入れたと思った刃は、なんとヨシテルに指で摘ままれて、白羽取りされていた。



「な……!?」



「惜しい。今のは流石にひやりとしたぞ」



 炎に包まれているが、すでに互いの顔を視認できるくらいには近付いていた。


 ヨシテルは足が炎で焙られたために再生速度が鈍くなっており、まだ完治しきっておらず、回避は不可能と判断した。


 しかも、刀は弾かれたため、再び振り下ろすとマークの攻撃に対処するには間に合わない可能性が高い。


 そこで出した結論は、鞘を持っていた左手を放し、それで刃を止める事を選択した。


 結果はギリギリ首に突き刺さる寸前で、マークの一撃は防がれた。



(危うかった。だが、これでわっぱは、こちらへの攻撃手段を失った。あとは右足さえ完治すれば、そのまま反撃をして……)



 そう考えていると、突如として左足に激痛が走った。



 “グチャリッ!”



 左の膝関節に衝撃が走り、絶対に折れてはいけない方向に歪曲した。


 ヨシテルは何が起こったのか分からなかった。


 マークの動きは封じ、ヒーサは炎で嫌がらせしてくる程度。他に誰がいるというのか?


 そう、いたのだ。梟雄の伴侶ティースと言う、意識の外に置いていた女が。


 ティースの足がヨシテルの膝に命中しており、それが膝関節が折れた原因であった。



(だが、どうやって一瞬で距離を詰めた!?)



 ティースはヒーサの横に立っていた。それはすでに視認しており、間違いなかった。


 だが、現実はどうか。ティースの足がヨシテルの膝を破壊し、完全なる奇襲に成功していた。


 何がどうなっているのか、分からなかったが、ただこれだけは言えた。



王手チェックメイト!」



 ティースの口より飛び出したこの言葉こそ、状況を端的に表していた。


 右手は鍋の力で弾かれ、左手はマークの攻撃を止めていた。


 右足はまだ再生中であり、左足はティースによって潰された。


 そこから導き出される結論はただ一つ。


 “崩落”であった。


 足も手も封じられ、あるいは潰され、ヨシテルは前のめりに倒れた。


 その先にはティースが持つ剣が、刃を煌めかせて待ち構えていた。


 そして、ヨシテルはその首筋に、ティースの突き出した刃によって傷が生じた。


 赤い筋が走る。ほんの些細な、これまで受けてきた数々の猛攻撃の傷に比べれば、かすり傷としか思えぬほどの裂傷だ。


 だが、その小さな傷こそ、この戦における勝利の証となった。



(負けた)



 ヨシテルはついに己の負けを受け入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る