13-52 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(6)

「全員、駆け抜けよ! 敵の背に食らいつく!」



 アルベールの号令の下、城門を飛び出した騎兵の軍団が帝国軍に向かって突っ込んでいった。


 だが、それより先に片付ける事があった。



突撃チャージ!」



 アルベールは馬を走らせると同時に馬上槍ランスを構えた。


 そして、その槍の先には起き上がりつつあったヨシテルがいた。


 その意を察したヒーサは一度、炎での攻撃を中断し、騎馬が駆け抜けれるようにと道を開けた。


 ヨシテルが立ち上がり、顔を上げてみると、そこには槍を構えて突っ込んでくるアルベール以下、騎兵の集団が視界一杯に埋め尽くされていた。


 アルベールが繰り出した槍による突撃はヨシテルを捉え、その肩に命中。えぐるように貫いては、腕ごともぎ落してしまった。


 そこに後続が次々と殺到し、勢いに押されて再び倒れたヨシテルを馬蹄にて踏み潰し、何十騎、何百騎という馬の突撃によってひき肉にされてしまった。


 また、マークが戦っていた牛頭人ミノタウロスにも一部が攻撃を仕掛け、こちらも槍の餌食とした。


 完全に道が開かれた騎兵軍団は更に足を速めて勢いを増し、そのまま帝国軍の背に向かって槍を繰り出し、あるいは馬上筒にて撃ち抜き、体当たりと馬蹄にて蹂躙していった。



(よし! 頼んだぞ、アルベール! できる限り時間を稼げ!)



 今は混乱し、壊走状態にあるとは言え、数としては帝国軍の方が圧倒的に多いのだ。


 ヨシテルが実は生きていて、なおも戦っていると知れれば、士気が回復して逆撃してくる可能性もあるため、まだ油断はできない状況にあった。



「ヒーサ!」



 駆け抜ける騎馬の一団からアスプリクが軽やかに飛び降り、ヒーサの側に着地した。


 同じく、マークも駆け寄り、更にアスティコス、ライタンもこれに加わった。


 そして、城砦からはサームが指揮する部隊が順次飛び出しており、今は隊列を整えている最中だ。



(騎兵は追撃と時間稼ぎ。後は全員、目の前の大マヌケに集中! 完成した!)



 ヒーサは頭の中に思い描いた絵図の通りの状況を作り出し、心の中では諸手を上げて喝采した。


 だが、問題はここからなのだ。


 すでに目の前の皇帝ヨシテルは、ほとんど回復していた。


 不意な銃撃で頭部を破壊され、その後はひたすらに炎で焙られ、ようやく立ち上がったと思ったら槍で突き崩されて腕をもがれた。


 さらに何百回と馬蹄で踏み付けられながらも、その痕跡が分からないくらいに傷が塞がっていた。



「うっは。またまた回復しちゃったよ」



「ボロを着てなければ、攻撃されたと分からないくらいだ」



 さすがにあれほどの攻撃を加えながら、着ていた鎧や服以外にはその痕跡が残っていない事に、アスプリクもマークも驚きを隠せないでいた。


 来ていた鎧兜はすでに形を成しておらず、蹄の後や焼け焦げた痕跡だらけだ。


 それでもなお平然と立っているのは、問題となっている高い再生能力のなせる業であり、それをどうにかしない事には最終的な勝ちはない。


 目の前の怪物を倒さねばならないが、その突破口を探し出さねばならなかった。


 現状、集めれるだけの最高戦力を揃え、それを単一目標に集中できる状況をも作り出した。


 これで勝てなければ、もう後がないとも言えた。


 それだけに失敗は許されないと、その場の全員が意気込んだ。


 そして、ヨシテルが手をかざすと、そこには愛刀『鬼丸国綱おにまるくにつな』がどこからともなく飛んできて、その手の中に納まった。


 必殺の得物を手にし、睨み付ける視線の先には、ここまで自分を愚弄した張本人がいた。



「まぁ~つぅ~なぁ~がぁ~ひぃ~さぁ~ひぃ~でぇぇぇ!」



 当然ながら、復活したヨシテルはこれ以上に無いくらいに激怒していた。


 一騎討ちを申し出ながら騙し討ちに等しい仕込み銃を使い、意識を失っている内に率いてきた帝国軍に攻撃を仕掛けてきた。


 これほどまでに愚弄された事などはなく、異世界に来ても“松永久秀”は変わっていないと、改めて思い知らされた。


 その怒りが刀に宿り、更なる力を呼び起こしていた。



「ご無事なようで。さあさあ、第二幕を開始いたしましょう。歓待の準備は整っておりますぞ」



 すでにヒーサの下には腕利きの術士がズラリと並び、その後ろには隊列を整えている兵士らの列がある。


 質でも、数でも、十分に揃ったと言える。


 あとは集中砲火を浴びせるだけの段となった。



「さあ、選んでいただこうか。焼殺、射殺、圧殺、毒殺、なんでも取り揃えております」



「貴様を首だけにしてやるのが先だ! 【秘剣・浮舟うきふね】!」



 目にも止まらぬ速さで横一閃に払われた刀から、凄まじい衝撃波が走った。


 だが、ヒーサは慌てることなく手に持っていた鍋を突き出すと、その衝撃波は立ちどころにそよ風へと変わり、ヒーサの髪を軽くそよがせるだけであった。



「む……」



「残念ですが、公方様の怨念に引っ張られ、『鬼丸国綱おにまるくにつな』は呪物化しています。よって、その邪気を吸った一撃は、この聖なる鍋にて浄化される。その攻撃は届きませんよ」



「ならば、直接切り刻むまでだ!」



 ヨシテルは囲まれているのもお構いなしに、真正面からヒーサに向かって突っ込んだ。



「蛮勇! それ以外に評すべき言葉なし! 全員、やれ!」



 ヒーサの号令を合図に、周囲にいた全員が動き出した。


 アスプリクが炎を浴びせ、マークが石の礫をぶつけ、ライタンが風の砲弾を放ち、アスティコスは足場を泥沼に変え、動きを封じた。



「沈むかぁ!」



 急に足場が泥になったため、多少よろけたが、ヨシテルはお構いなしに突き進んだ。


 その足運びは異常に早く、足が沈む前に次の足が出ており、まるで表面を走るかのようであった。


 だが、そこに更なる変化が生じた。沼が突然凍り付き、ヨシテルの足をカチコチに固めてしまった。



「私も忘れてもらったら困りますね!」



 横槍を入れたのはルルであった。


 山手で水柱を上げた後、作戦の成功を確認し、急いでこの場に駆け付けたのだ。



「ルルか! ええい、相変わらずやりおる!」



「お兄様と二人がかりではどうにもなりませんでしたが、“これ”ならどうです!?」



 一斉に、囲みが開けた。


 同時に、整然と並ぶ銃兵の隊列がヨシテルの前に現れた。



「サーム、やれ!」



「構えぇ! 狙えぇ! 放てぇ!」



 ヒーサの呼びかけにサームが応じ、麾下の銃兵隊に攻撃を命じた。


 ずらりと並んだ銃兵の構えた銃。一斉に引き金が打ち下ろされ、燧石ひうちいしが金皿にぶつかり火花を散らし、それが火薬に着火して爆音と共に硝煙と弾丸を銃口から飛び出させた。


 実に百挺もの中から放たれた銃弾が、足場が凍って動きを封じられたヨシテルに撃ち込まれた。


 体中に穴が開き、肉片が飛び散り、血が滴り落ちるが、地に崩れ落ちることなく踏ん張った。



「休むな! 次! 弓!」



 ヒーサは続けて弓兵に命じて、すでにズタボロのヨシテルに向かって攻撃を命じた。


 銃兵の隊列の左右に弓兵が並び、矢をつがえ、引き絞り、一斉に矢を放った。


 さすがに精兵揃いとあって、一矢違わずヨシテルに突き刺さった。


 体に、腕に、足に、あるいは頭に、まるで巨大なハリネズミか何かか見間違うほどだ。


 だが、これでも倒れない。ヨシテルは立ったままだ。



「我は……、我は滅びぬ! 何度でも甦るのだ!」



 ヨシテルの叫び声と共に、異様な光景がその場の全員の眼に飛び込んだ。


 穴の開いた体から、矢弾が次々とポロリと落ちていき、その穴もみるみるうちに塞がっていった。



「これでもダメなの!?」



 致命傷どころか、何十回と死んでもおかしくない射撃の嵐を受けながら、なおも平然と立ち上がるヨシテルに、アスティコスは恐怖した。


 前回の対決のときもそうであったが、確実にあの世送りにできるだけのダメージを与えているはずなのに、なぜか送り返されるのだ。


 そのあまりの不気味な存在に、居並ぶ兵士達も動揺していた。



「恐れるな! この世に滅せぬものなど、何一つない! なおも彷徨う大馬鹿者に、さっさと引導を渡してやれ! 休まず撃ち続けろ!」



 ヒーサの叱咤に兵士達も士気を取り戻し、再び射撃を再開した。



(だが、これでは足りん! 消耗しきるのは、もしやするとこちらかもしれんぞ!?)



 削り切る。それを狙ってヨシテルに集中攻撃できる状況を作り出したヒーサであったが、そもそもその選択は正しかったのかと疑問に思うようになった。


 ならば、頼りとなるのは、女神テアの眼だけだ。



(さっさと弱点なり、有効打の取っ掛かりを見つけろ! 矢も、弾も、魔力も、何より士気も、無限ではないのだぞ!)



 ヒーサも遠巻きに攻撃を続けたが、やはりどれも決定打に欠けているようで、傷ついては回復するの繰り返しであった。


 短期集中決戦のはずが、意外と長引きそうな事にヒーサは冷や汗をかいた。

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