13-50 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(4)

 城壁の上からそれを見下ろしていたのだが、テアもティースも「あ~あ、やっちゃった」と、揃って頭を抱えた。


 なにしろ、自分の夫ないし相方が、これ以上に無い卑劣な行動に打って出たからだ。


 帝国の皇帝に対して一騎討ちを申し込み、いざ総大将同士の決戦と相成った。


 ところが、ヒーサはあの手この手で皇帝ヨシテルを怒らせた挙げ句、一騎討ちの最中に水攻めを仕掛けると見せかけ、注意が逸れた途端に銃撃を加えるという、卑怯すぎる手で相手の顔面を撃ち抜いてしまった。


 いくら桁外れの再生能力を持つ化物とは言え、これにはさすがの二人もヨシテルに対して同情的になってしまった。



「事前に聞いていたけど、やっぱりクズだわ、あの男。あれを相方に選んだかつての自分を殴りたい。ティースもそうは思わない?」



「同感。あれと結婚してしまったのは、痛恨の一事だわ。すぐにでも離婚したいんだけど、この城砦に役所の窓口ってあったっけ?」



「ないない。それ以前に、あなただけ『いぃ~ち抜ぅけた~♪』は許されないわよ。色んな意味で」



「分かっているわよ。まったく、すでに進むべき道は示されていて、わだちを外れることは許されないからね」



 ティースにとってヒーサは夫であるが、同時に憎むべき相手でもあった。


 カウラ伯爵家がメチャクチャになったのもヒーサの策謀であったし、その後の数々の不利益を被った出来事も、全部ヒーサの差し金であった。


 全幅の信頼を置くナルを失ったのも、腹を痛めて産んだ我が子を失ったのも、全部ヒーサの仕組んだ謀略の犠牲となった。


 だが、今更泣き言を言っても何もならないのだ。


 今の自分は伯爵家の再興以外、何も考えておらず、そのために我が子すら生贄に捧げたのだ。


 クズな男の伴侶もまた、その色に染まってクズな女となった。ならざるを得なかった。そうまでに変わってしまったと自覚をしていた。



(そう、グダグダ言うのはもう止めにしないと。あっちがこちらを利用する以上、こっちもヒーサを利用するだけ。割り切れない事も、無理やり割り切るのよ!)



 そう自分を言い聞かせ、ティースは更に一歩、外道を進む事を決意した。


 そんな妻の決意を歓迎、激励してか、ヒーサは手に持つ炎の剣『松明丸ティソーナ』から炎を飛ばし、顔面を吹っ飛ばされて倒れているヨシテルの体に火を着けた。



「おおう、流れるような無駄のない動き。仕込み銃で一発かました後、間髪入れずに荼毘だびに付すとは!」



 やっている事は卑怯であるが、本当にこういう場面では頼りになる男だと、テアはヒーサを見つめながら思った。


 再生能力がある以上、必ず復活するが、ああして継続的にダメージを与えておけば、再生速度は当然遅くなる。


 その間に、用意している城砦戦力で、後ろに控えている帝国軍を屠れということだ。



「ほんと、何もかも計算されているわね。銃撃も大概だけど、追撃の炎も」



「う~ん、ヒーサならこう言うんじゃない? 『決闘で飛び道具を使ってはならない、という取り決めはなされていない』って」



「あぁ~、言いそう。つ~か、絶対そう思っているわ。理屈は通っているもの」



 かなり強引に推し進める事もあるヒーサであるが、理屈は通してくるのであった。


 なお、それを納得するかどうかは別問題であったが。



「でも、これは好機だわ。ヒーサが皇帝の動きを封じた。顔面を吹っ飛ばされた上に、全身丸焦げを継続的にやっているから、再生までに時間は多少稼げる! みんな、準備は!?」



 ティースが後ろを振り向くと、全員すでに魔力を貯め、詠唱に取り掛かり、術式が完成しつつあった。


 これも事前の取り決めであり、抜かりはなかった。



「……よし、ざっとこんなもんか。マーク、いいね?」



「では、行きましょうか」



 アスプリクとマークは二人で一緒に神造法具である鍋『不捨礼子すてんれいす』を持っていた。


 その中身は二人で注ぎ込んだ魔力が充満しており、赤と黄色の入り混じる怪しげな汁物スープのようになっていた。


 『不捨礼子すてんれいす』には合計で五つのスキルが付与されており、どれもこれも例外もなく強力無比であった。



            ***



 【焦げ付き防止】


 名前はふざけているが、そもそも鍋が本来の用途だ。どんな料理下手であろうとも、焦げ付かないのは極めて有用である。なお、これは所持者にも影響があるため、この鍋を身に着けておけば火属性に対する完全耐性を得ることができる。



 【形状記憶】


 鍋が傷んでも、程なく元通りになる。所持者にも影響はあり、多少の傷口ならば、すんなり塞いでしまう。ただし、流れ出た血や体力は元には戻らないため、あくまで応急処置的な使い方となる。



 【聖属性付与】


 鍋には聖なる力が込められており、邪を払う力を得られる。幽体化していた黒犬つくもんに鍋の一撃を叩き込めれたのも、このスキルのおかげであった。



 【闇属性吸収】


 闇の魔力に反応し、鍋がその力を浄化、吸収する。浄化した魔力を打ち返すことも可能。



 【合成術の祭具スクラム・マジック


 二種類以上の術式、魔力を注ぎ込むと、煮炊きする要領で合成させることができる。



            ***



 そして今、五つ目のスキルが火を噴いた。



「火の神オーティアよ! 輝き燃える赤き炎よ!」



「土の神ホウアよ! すべてを受け止める大地の力よ!」



 アスプリクが火の魔力を、マークが土の魔力を、これでもかと言うほどに注ぎ込み、それは完成した。


 本来、合成術は極めて高度な技術であり、異なる魔力を暴走させることなく融合させるのは、互いの術士が力量、術同士の相性などに左右される。


 しかし、『不捨礼子すてんれいす』はその難易度を一気に押し下げる。魔力を注ぎ込みさえすれば、後は勝手に鍋の中で混ざり合うのだ。


 術士としての力量はアスプリクに軍配が上がるが、マークもかなり熟達した腕前である。少なくとも、どうにか合成術と呼べるほどには互いの魔力が注ぎ込まれ、混ざり合うに至っていた。



「「いざ、天をも焦がす裁きの一撃を呼び起こせ! 【隕石落としフォール・オブ・メテオ】」」



 溜めに溜めた魔力が解放されると、上空から轟音と熱量と共に燃え盛る岩が現れ、何発も帝国軍の頭上に降り注いだ。


 着弾と同時に大爆発を起こし、一発落ちるごとに数百名の帝国兵が吹き飛んでいった。



「うは~、こりゃすごいや」



 自分で用意しておいて、ドッカンドッカン吹っ飛ぶ帝国陣営の狼狽ぶりに、アスプリクは思わずニヤリと笑った。


 だが、それだけでは終わらなかった。


 敵が大混乱しているのをいい事に、アスティコスとライタンは【飛行フライ】で空を飛んで近付き、さらに【竜巻トルネード】の術式を叩き込んだ。


 突如として現れた竜巻は帝国軍を更なる混乱に陥れ、次々と風の渦に飲み込まれていった。


 更に、隕石の爆炎をも吸い込み、赤く染まった炎の渦がさらに被害を拡大させていった。


 なお、ヒーサはまだヨシテルの抑え込みのため、炎を浴びせてはいるが、その炎の中ではヨシテルがゆっくりと起き上がろうとしているのが見えた。



「ゲッ! やっぱあれでもダメか!」



 本当に規格外の再生能力だと、アスプリクは絶句した。顔面を大口径の銃でグチャグチャにされ、さらに全身を丸焦げにされても、なお効果がなかった。


 本当に倒し切れるのか、さすがに心配になってきたのだ。


 だが、そんなアスプリクの焦りをよそに、冷静に自分の仕事をこなしている者がいた。


 ティースとマークだ。



「皇帝陛下、討死! 皇帝陛下、討死!」



 ティースはテアが用意した拡声の術式を使い、ヨシテルがすでに死んだと嘘の情報を拡散させた。


 帝国軍の位置からでは、ヨシテルは炎に包まれているようにしか見えない上に、上空からは隕石が、あるいは地上を走る竜巻が、帝国軍を襲っている状態だ。


 冷静に状況分析をできる者など、ただの一人もいなかった。


 そこに皇帝討死の報を飛ばせば、混乱が更に積み増しされるのは明らかであった。


 一方のマークは、魔力を放出し、空になった『不捨礼子すてんれいす』を抱えて城壁を飛び降り、ヒーサの下へと走っていた。


 なにしろ、これからヨシテルと本当の意味でも決戦が始まるのである。


 最強の武装である鍋を、さっさと届けなくては、ヒーサの身が危ういのだ。


 そんな冷静に動く二人を見て、アスプリクもまた冷静さを取り戻し、自分のやるべき事を思い出した。


 階段を駆け下り、城門前で待機しているアルベールに合流した。



「アルベール、じきに動くよ! 城門が開くと同時に突撃。帝国軍を押し込む!」



「承知しました!」



 アスプリクも馬に跨り、その時を持った。


 ここからは本当に休みがない。一手一手を手早く展開し、ヒーサの思い描いた状況を作り出さない事には、あの化物ヨシテルを倒すことなど叶わないのだ。


 さあ気張っていくぞと、アスプリクは精神を集中させて、先程の大規模術式で消耗した体力、魔力の回復に努め、その時を待った。

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