13-47 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(1)

 状況は整った。密かにルルの所定の位置に移動しており、あとは合図一つで作戦決行だ。


 だが、ヒーサはどこまでも慎重だった。



(女神、聞こえるか?)



 テアとは現在、【念話テレパシー】で意思疎通を思うだけで伝えることができた。



(なに?)



(アスプリク、マーク、アスティコス、ライタン、その他術士の準備は万全か?)



(そちらの準備はできているわ。合図一つで動ける。城門前には、アルベールがすぐに突撃できるよう、騎兵の部隊と待機中。門を開けば、いつでも行けるわよ)



(重畳。皇帝の動きはこちらで封じる。封じると同時に、ぶちかませ)



 準備が整ったことに満足し、ヒーサはいよいよ次は自分の番だと滾らせつつ、表面的には平静を装った。


 事情を知らぬ者には、一騎討ち前の精神統一とでも言うべき、深呼吸でもしているようにしか見えない。


 だが、ヒーサは違う。端から一騎討ちをするつもりなどなかった。



(そう、バカ将軍よ、お前がノコノコ前に出てきてもらうための芝居だ。案の定、供廻り一人だけで前に出てくるとは、間抜けな事よ)



 圧倒的な力に驕り、何か仕掛けられても対処できるであろうという、傲慢さが透けて見えていた。


 知恵を絞って戦う者からすれば、何と浅慮な行動かと吐き捨てたくなる気分であった。



(そして、貴人特有の“お行儀の良さ”というものがある。口では過激な事を言い放てど、根の分が抜け切っておらん。お前の曾祖父の兄、足利義政あしかがよしまさがやらかした御霊合戦ごりょうかっせんの事を忘れておるな)



 歴史を紐解けば、お行儀よくやった側が狡猾な相手にハメられて失敗する。そんな例などいくらでも存在しており、その中でも御霊合戦ごりょうかっせんはその後の被害も含めて最たるものだと、ヒーサは頭の中で考えていた。


 応仁元年(一四六七年)、この当時の室町将軍・足利義政は幕府の重臣である畠山家における内紛に頭を痛めていた。


 畠山家では長らく家督相続でもめていた。畠山義就よしなり政長まさなが両名の間で争われており、一向に決着がつかなかった。


 更に山名氏、細川氏などの大大名まで首を突っ込んで収拾がつかなくなり、義政は将軍としての調停を放棄し、とんでもない提案を布告した。


 すなわち、義就・政長両名は合戦にて決着を付けよ、という一種の決闘裁判を命じた。


 勝った方が畠山家の家督を相続するという、ある意味で分かりやすい決着と言えるが、大名間の調停という将軍としての職責を投げ捨てる行為であり、無責任とのそしりを受ける事となった。


 だが、義政も一応考えてはいたようで、両名及びその後援者にきつく言い渡した事があった。



「義就・政長は必ず己の郎党・手勢のみで戦う事。他のいかなる者も手出し無用」



 畠山以外の大名が参加する事によって、方々に飛び火するのを恐れたための措置であり、最悪の犠牲は回避できる。義政はそう考えたのだ。


 だが、この決闘、御霊合戦ごりょうかっせんは義就方の勝利に終わったのだが、実はこれには裏があった。


 と言うのも、義就の後ろ盾であった山名宗全そうぜんが密かに援兵を送り、孫の政豊まさとよと越前の名将・朝倉英林あさくらえいりんまで密かに配していたのだ。


 一方、政長の後ろ盾であった細川勝元ほそかわかつもとは将軍からの指示とあって、政長に援兵を出すのを控えていた。


 それにより勝敗を決したと言える。


 しかし、それが最大の禍根を残す事となった。


 約定を違えた件に激怒し、失った武士の面目を取り戻すため、細川勝元は息のかかった諸大名を招集し、京に戦力を集中させた。


 これに対して山名宗全もまた兵を掻き集め、一触即発の状態となった。


 そして、両者は激突し、“応仁の乱”が始まった。百年続いてもなお終わりの見えぬ、この世の地獄が姿を見せたのだ。



(あのとき、義政と勝元は読み違えた。人間と言うものを。自分が礼に則り、お行儀良くすれば相手もそれに合わせると。……バカが、そんな事があるものか! そもそも、御霊合戦ごりょうかっせんを、決闘裁判を許容した時点で大間違いだ。言い分の良し悪しではなく、どんな理論理屈より力こそ優先すると、将軍自身が述べたに等しいのだ。ならば、狡い輩の裏からの一手が起こって当然! なんの保証もなしに、人間を信用しすぎだ!)



 ヒーサはそう考えると、なんとも言い表せぬ複雑な気分になった。


 目の前の皇帝ヨシテルはヒーサの提案を受け、一騎討ちに臨もうとしていた。本来ならば、数々の罵詈雑言を浴びせた相手に対して、仮にも“魔王”が礼に則って決闘に応じたのである。


 自身の実力に絶対的自負を抱いているというのもあるが、あまりに隙だらけなのだ。物理的にではなく、内面的な部分が、である。



(フンッ! よもや、御霊合戦ごりょうかっせんの真似事を、私が実践する事になるとはな。やはり、世の中、面白いし、楽しい)



 善悪の是非はともかく、この戦いに勝ち、彷徨えるバカ将軍を仕留めぬ限り、自分もその周囲にも明日はないのである。


 ギリギリの駆け引き、命がけの演技、魂がすり減るような感覚ではあるが、それでも強大な相手に戦いを挑み、己の知略でこれを制することに喜びや楽しさを覚えてもいた。


 英雄が魔王を相手に戦いに挑む。字面だけ見れば格好の良さげなものであるが、英雄の中身は戦国の梟雄・松永久秀である。


 勝つためには手段を選ばず、如何なる外道外法も許容する。


 策士としての、救い難い性質サガとも言えよう。


 だが、結局はこれに集約される。



「勝てば官軍、負ければ賊軍。正義とは、勝った側の理屈であり、言い分なのだ」



 これを理解すればこそ、勝たねばならぬとヒーサは考えていた。


 彷徨う“上様”を倒し、成仏させてやることこそ、せめてもの供養だ。


 例え“勝つ”までの道筋が外道であろうとも、だ。

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