13-48 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(2)

「さて、では始めよう」



 ヒーサは腰に帯びていた二本の剣の内、普段使いしている愛剣『松明丸ティソーナ』を抜いた。


 魔力を込めると闇を照らす松明のごとく炎が宿り、相手を焼き尽くす力を持つ剣だ。


 現したその姿には、常人であれば腰を抜かす事だろう。ほとばしる炎の輝きとその熱量は、それを十分になし得るほどに強烈な印象を対峙する者に与えるのだ。


 だが今、これと対峙するのは常人ではない。力こそ正義のジルゴ帝国皇帝にして、魔王を名乗る最強の戦士、ヨシテルであった。


 その炎こそ開戦の狼煙とでも言わんばかりに、手に持っていた刀を改めて握り直した。



「それが話に聞く炎の剣か。随分と面妖な武器であるな」



「公方様の刀こそ、そうでありましょうな。天下五剣の内、随一の名刀の中の名刀『鬼丸国綱おにまるくにつな』が哀れでなりませんな。かかる妖気をまとい、落ちるところまで落ちた主に帯同せねばならんとは」



「いちいち癪に障る奴よ。汝の血肉を以てその呪いを振り払い、もって数多の英霊の供養とする!」



「生憎と、こちらは聖者、高僧にあらず。血肉を浴びたとて、ケガレが増すだけの梟雄でございますぞ」



 互いに得物を握り、僅かに二十歩ほどの距離を間に挟み、牽制し合った。


 剣の腕前には絶対の自信があり、当然斬り合えば勝つとヨシテルは考えていた。現に目の前にいる男とは歴然とした差がある。


 まずは体躯。自身は身の丈は六尺を優に超える偉丈夫であり、そこより繰り出される剛腕の一撃は並の者ならば受けきれずに崩される。


 ヒーサもどちらかと言うと体躯には恵まれているほうではあるが、ヨシテルのそれと比較すると、どうしても一回り見劣りしてしまう。


 そして、剣技は最強。戦国の剣豪・塚原卜伝つかはらぼくでんより奥義を伝授されるほどに熟達しており、それに“魔王”としての異能も加わって、もはや人外の領域の飛び出している。


 一方、ヒーサはせいぜい“腕の立つ”剣士に過ぎない。構えや気迫から、ある程度の力量を推し量れるが、ヨシテルから見たヒーサは、本当にその程度でしかないのだ。



(ならば、何故に一騎討ちなどという申し出をしてきたのか?)



 情報がないなどと言う事は有り得ない。ヒーサこと、松永久秀の狡猾さ、慎重さを最もよく知り、かつ被害を受けたのは自分自身であるからだ。


 ゆえに、それが不気味でならず、一足飛びに斬りかかるのを躊躇わせていた。



(ならば、考えられるのであれば、この決闘の場で“暗殺”を用いてくる、ということか。ならば、奴めはどこかに、“毒”か“暗器”でも仕込んでいるはずだ)



 どちらかで仕掛けられたとしても、強力な再生能力があるため、とどめをさすには力不足だ。


 “弱点”を突かない限りは、決して致命傷とはなり得ないのだ。



(ならば、この状況をどうみる? 奴の読み違えか? 否! それならばわざわざ一騎討ちなどという、危険を冒すとは思えぬ。何が狙いだ?)



 ヨシテルはいまいち考えがまとまらず、積極性に欠いた受けの状態になっていた。



「迷っておられますな~、公方様」



 見透かしたように、ヒーサがニヤリと笑いつつ話しかけてきた。



「それは正しいですよ。こちらもほら、天下に名高き剣豪を相手に、“たった一人”で斬り合うつもりはございませんので!」



 まさにそう言い放った瞬間であった。


 ヒーサがおもむろに拳を振り上げたのだ。


 一瞬の失策によって命を散らせる決闘でありながら、“拳を振り上げる”という明らかな隙が生じた。


 ここで飛び込めばよかったのだが、ヨシテルは慎重に慎重を重ねていため、“攻”よりも“見”に回り、身構えた。


 そして、それはまず耳に、次いで目に映った。


 少し離れた山手の方から、まずは大きな水柱が、ついでその水が傾斜を下って来ている場面が視界に入ってきた。



「…………! また水攻め!?」



 即座にヨシテルの脳裏にはそれが思い浮かんだ。


 なにしろ、イルド要塞攻略戦の初日、仕掛けられていた大水の罠にハマり、生じた濁流によって数千と言う帝国軍の兵士が押し流されたのだ。


 一騎討ちにかこつけて、また大水にて損害を与えに来た。しかも、今は一騎討ちという“儀式”の真っ最中であり、帝国軍将兵は密集して待機している。


 あそこに濁流が流れ込んでは、先日の比ではない大損害が生じるのは明らかであった。


 そう考えると、ヨシテルの意識と注目は水が流れてくるに向いてしまった。


 総大将として率いる将兵の事が頭をよぎり、“うっかり”ヒーサから視線と注意を外してしまった。


 むしろ、外されてしまったのだ。



 ズガァン!



 まさにその意識が逸れた一瞬であった。


 突如として鳴り響く轟音。火薬が爆ぜる、まさにその音だ。


 水音に注目が集まっていたため、多くの者は決闘者の二人ではなく、山手の方に向いていたので、その瞬間を見逃していた。


 だが、爆音で意識を再び決闘者に向けると、信じられない光景が広がっていた。


 皇帝ヨシテルの首から上、すなわち頭部がグチャグチャに潰れていたのだ。


 そして、ヒーサは硝煙を立たせる“剣”を握り、顔面がほぼなくなったヨシテルを見て不敵な笑みを浮かべていた。

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