13-40 秘密会合!? 謀反の種は尽きないものだ!

 会議はお開きとなり、明日の決戦に向けて、それぞれの準備に取り掛かった。


 アルベールやサームなどの武官は、部隊の掌握と編成に勤しみ、あるいは武具の点検を徹底させるなど、忙しなく城砦内を走り回っていた。


 術士のライタンやルルは明日こそ魔力を絞り出して戦う事になるだろうと考え、感覚を研ぎ澄ませるための瞑想に入った。


 従軍している他の術士もそれに倣い、術具の手入れや同じく瞑想を行うなど、こちらも決戦の準備に余念はなかった。


 そんな中にあって、ある程度の準備を終えてから、再び集合した幹部がいた。


 総大将であるヒーサを筆頭にして、他には、ティース、テア、マーク、アスプリク、アスティコスの、合計六名だ。


 さらに言えば、椅子に腰かけるヒーサは黒犬つくもんを足元に侍らせており、今日は特に出番なしと考えているのか、黒い仔犬は大きなあくびをしながら寝そべっていた。


 要するに、“いつもの”顔触れが揃ったのだ。



「さて、準備で忙しい中、集まってくれて感謝する。いよいよ明日は決戦の日だ。全員、気合を入れて、これに当たってくれ」



「おためごかしは結構ですので、さっさと本題に入ってください」



 ティースの身も蓋もない言葉に、ヒーサはニヤリと笑って応じた。


 とても夫婦とは思えぬギスギスした空気で、周囲はハラハラしているが、当人達は一向に気にしておらず、まるでいつも通りと言わんばかりであった。



「まあ、あれだ。いつも通りなのだが、ここからの会話は他言無用だ。特に、アルベールとルルがいては話し難くてな」



「……ああ、カシンが後方を扼した際の、謀反人となりそうな人物ですか」



「そうだ。てか、こっちが話さなくても、すでに察していたか。さすがは我が麗しの伴侶よ」



「ヒーサが二人に視線を送りながら、何か喋り辛そうにしていたので、なんとなくは察しましたよ」



 勘の鋭さはピカイチだなと、ヒーサはティースの洞察力に掛け値なしに称賛した。


 息子マチャシュを生贄に出し、吹っ切れてからと言うもの、ティースの成長は著しいもので、謀略への感知力はずば抜けてきたと感じていた。


 決して裏切らない“共犯者”として、なかなかに頼りになると心中で喜ぶヒーサであった。



「……で、あの二人に話しにくい事って何さ?」



 言葉の鍔迫り合いでイチャつく二人に羨望しつつ、アスプリクが尋ねた。


 あの兄妹が絡む以上、アーソに関する事だけは分かったが、それがどういう話なのかは分からなかった。



「アスプリクよ、もしお前がこの段階で王国内で反乱を企てた場合、その旗頭は誰を選ぶ?」



「王位簒奪を考えた場合、旗頭になるのは王家の血筋。サーディク兄か、あるいは僕自身だね。でもまあ、僕は色々とやらかしているし、やっぱりサーディク兄を前面に押し立てるね」



 それは誰しもが考える事であり、先程の会議でも同様の意見が出ていた。


 しかし、ヒーサはそれ以外の謀反計画のことを洞察していたのだ。



「現状、サーディク殿下の勢力は落ちている。ブルザーやロドリゲスが死んだため、後ろ盾がない状態だ。これでは謀反を起こしても、すんなり鎮圧されかねん。そこで、強力な有力者と手を結ぶ必要がある」



「だよね。で、ヒーサ、それは誰なんだい?」



「エレナ姫」



 あまりに意外な名前が飛び出し、アスプリクは目を丸くした。


 なにしろ、エレナは今は亡き宰相ジェイクとその妻クレミアの娘であり、アスプリクから見れば姪っ子に当たる女児であった。



「え? あんな一歳児と同盟!?」



「正確に言うと、その後ろにいるカイン・クレミア親子との協力関係だ」



「あ~、そっか。カインが絡んでくるなら、あの兄妹には話し難いか」



 アスプリクはティースの言葉の意味を理解した。


 カインは前のアーソ辺境伯であり、アルベールやルルからすれば本来の主君にあたるのだ。


 現状、二人はシガラ公爵家に仕えているように思われているが、二人の主君はあくまでカインなのである。


 アーソでの動乱以降、カインは引責辞任と言う形で辺境伯の称号と領地を手放し、唯一の身内である娘のクレミアに相続して、その身柄はシガラ公爵家預かりとなっている。


 そのため、アルベール・ルル兄妹は主君であるカインの立場を良くするため、公爵家に出向と言う形で働き、功績を上げているのだ。



「でも、カインがサーディク兄と手を結ぶ利点は何だい? はっきり言って、このままシガラ公爵家と繋がっていた方がいい気がするけど?」



「そう、“普通”ならアスプリクの意見は正しい。王家簒奪の企みに乗っかかるよりも、すでに王位を手にしている側に付いて、より強固な関係を築いた方が妥当と言える。このまま、マチャシュとエレナの婚儀を成立させるのがいいだろう」



「零歳児の王様と、一歳児の王妃様か~。メチャクチャだな~。ヒーサ、君、ほんっとにロクな死に方しないよ!?」



「まあ、形式だけだ、形式! 法王より祝福を賜り、オギャ~という玉音を受けて、“私”が国家を指導していく。悪くはあるまい?」



 ヒーサは至極真面目に答えてはいるが、やっぱりどこまでも自分本位で悪辣だと誰もが再認識した。



「それはようございましたが、カイン殿が反旗を翻す理由が述べられていませんよ。今、ヒーサが述べた状況を覆してでも、サーディク殿下側に付く理由はなんなのですか?」



「ああ、そうか、ティースはまだ知らなかったな。この際だし、教えておこう。カインの嫡子ヤノシュを殺したのは、実はヒサコなんだ。世間では黒衣の司祭リーベが殺したって事になっているが、あれは嘘。本当はヒサコが殺し、リーベがやったと言う事にして、罪を擦り付けたのだよ」



 裏事情を聞き、ティースは怒るよりも先に、呆れ返ってしまった。大きなため息を吐き、頭を抱えた。



「何てことしてんのよ! そりゃ寝返るわよ! 利益よりも復讐を選ぶわよ!」



「まったくもってその通り。真実をカインが知れば、怒り狂って復讐しに来るだろう」



「それを知る可能性はありますか!?」



「十分すぎるほどにある。先程の会議でも述べたが、黒衣の司祭カシン=コジは王国内で裏工作に走り回っているはずだ、とな」



「ああ、そうでしたね。それっぽい証拠の品でも携えて、反意を促すのは十分有り得ますか」



「うむ。あやつも裏の事情をある程度把握しているはずだからな。それをそっくりそのままカインに伝えてやればいい。幻術でちょっとばかり“しょっきんぐ”な映像でも見せてやれば、より効果的な説得ができるだろう」



「完全に策が裏目に出ているじゃない! 一番面倒な時に、今までのツケ払いがまとめて請求される気分はどう!?」



「なぁに、そんなのはいつもの事だ。気にはせん」



 堂々と居直る態度は流石の図太さであったが、その巻き添えを食らいかねないので、ティースはヒーサを睨み付けた。



「まあ、だからこそ、さっさと片付けようと言っているのだ。長引かせるだけ、あちらの工作の時間を増やしてやるようなもの。明日の一騎討ちで皇帝を下し、素早く大返しでカシンも仕留める」



「そこまで上手くいきますかね」



「上手くいかせるさ。孤立無援のヒサコを救うため、夫婦一緒に奮起しよう」



「嫌です、って言いたいんですけど?」



「選択の余地はないぞ。反乱を起こされ、万一にもマチャシュの身柄を奪われでもしたらば、全てが崩壊するからな。“身内”として、否応なく奮起せねばならん」



 ヒーサの言葉にも一理あるが、そうなったのは誰の責任かと問いただしたくもなるティースであった。


 なにしろ、マチャシュはヒサコの子供ではなく、ティースが腹を痛めて産んだ子供なのだ。


 偽装工作のために生贄同然に差し出し、そして、我が子は王位に就くことになった。


 母子の情を捨て去り、カウラ伯爵家の復興のために、マチャシュを諦めた。その“払い戻し”がまだなされていないと言うのに、いきなりの危機的な状況は不本意極まる事であった。


 伯爵家復活のために心を鬼にした以上、もう後戻りはできない。ヒーサに促されるまでもなく、ティースは自分自身の為にも奮起しなくてはならなかった。

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