13-21 なぜ騙されるのか? それは愛ゆえにである!

(さて、どういう攻め方で行くべきか)



 アスプリクは表情こそ平静を装って入るが、その心中は最大級の警戒を行っていた。


 目の前にいる男、ジルゴ帝国皇帝・アシカガ=ヨシテルは並の存在でないことはすでに理解しており、僅かな指の動きにすら気を配った。


 実力はアルベールとルルの二人を軽く蹴散らした点からも、ずば抜けて高い事は推察できるが、そんな単純なものではないとも感じていた。



(そう、これは物理的なものではなく、もっと精神面に絡み付くとでも言うべきか、なんか不快!)



 居心地の悪さを感じ、さっさと豪快な炎で焼き尽くしてしまいたい気分になった。


 だが、それも無駄骨に終わる可能性もあった。


 アルベールの警告で、とんでもない再生能力があるのだと聞いていた。実際にどの程度なのかは見てみなければわからないが、わざわざ警告を発しているのだし、相当早いと見るべきだと感じていた。



(その前に、少し探りを入れてみるか)



 本来、アスプリクは頭脳戦や舌戦をやるタイプではない。問答無用で大火力をぶっ放し、蹂躙するのがいつものやり口なのだ。


 なにしろ、相手は言葉は通じようとも、話は通じない亜人の帝国であるから、アスプリクのやり方も当然と言えば当然なのだ。


 だが、目の前にいる皇帝は異世界よりの転生者とはいえ、紛れもない人間なのだ。


 少し違ったやり方も必要かと考えた結果でもあったし、何より“もどき”とは言え、魔王を名乗るほどの実力者に多少なりとも興味と覚えたと言う点も、珍しく彼女の口を開けさせることとなった。



「ジルゴ帝国皇帝、僕はアスプリクって言うんだ。君が死ぬまでの短い間だろうけど、ちゃんと覚えておいてくれ」



 少し喋りがしたいと、後ろに控えていたアスティコスとライタンに手で合図を送った。


 二人とも、いつでも戦闘に入れるよう、魔力を高めていたのだが、アスプリクの指示には従い、魔力の流れを鎮めた。


 それに反応してか、皇帝ヨシテルもまた警戒を解いた。鞘に収まる刀の柄から手を放し、その手はだらりとそのまま下に垂れた。



「丁寧とは言い難いが、挨拶はやはり大事であるな。我はアシカガ=ヨシテルと言う名だ。お察しの通り、異世界からの転生をしてきた」



 魔王と言う割には随分と礼儀正しいなと、アスプリクは思わずクスリと笑った。


 ヒーサも外道ではあるが、こうした作法についてはかなりしっかりしており、あちらの世界ではそうなのだろうかとも考えた。



(育ちの良さか、根の部分の真面目さか、話が通じるのはいいことだな)



 何しろ今までときたら、少し離れた所でたむろしている粗雑な亜人連中ばかりが相手であった。破壊と略奪を目的とし、幾度となく王国領内に侵入してきた。


 今回もまたそうではあるのだが、勝手気ままバラバラに襲っては来ず、皇帝と言う旗頭の下に一応の統率が取れてはいる。


 多少なりとも、相手を会話によって探る事は可能なのだ。



(まあ、こういうのは本来、ヒーサの得意分野なんだけどね)



 アスプリクが思慕する男は、とにかく口が上手い。会話やほんのささやかな動作から相手の機微を読み取り、それを利用して状況を作り出してきた。


 かくいう、アスプリク自身もその状況作りに巻き込まれた一人だ。


 その他大勢と違う点があるとすれば、“裏”についても教えてもらい、その上で“共犯関係”になったくらいだ。



「ヨシテルはさ、なんでこの世界に来たのさ。理由でも?」



「ない。無念の内に討死し、冥府魔道を彷徨いし我を、どこからともなく呼ぶ声がした。気が付いたらこの世界に流れ着いていたと言うだけだ。まあ、それらはカシンの手引きではあったがな」



「なら、なんで魔王なんか名乗っているのさ?」



「それには特にこだわりもないが、“英雄”と“魔王”の闘争こそ、この世界の存在意義であり、そのように仕組まれているのであろう? あの痴れ者めがしたり顔で英雄を名乗っているのであれは、その対存在である魔王を名乗るのは自然ではないか?」



「つまり、“復讐”が目的というわけか」



「然り」



 臆面もなく答えるヨシテルに、アスプリクは不快の理由を理解した。


 それは“同属嫌悪”だ。


 要するに、“かつて”の自分が形を変えて、目の前に現れたと言う事を理解し、それが言い表せぬ不快感となってまとわりついていたのだ。



「……ねえ、皇帝さん、復讐はなにも生み出さないよ? 周囲に当たり散らし、自分も周りもすべてをすり潰してしまうだけだ」



「そうだな。その点は認めよう。だが、“ケジメ”にはなる。かつての悪行を裁きもなしに流すことは、秩序維持と言う点では失格だ。悪事を断罪し、罰を与え、その先に秩序を生み出す」



「あちらの世界については、多少だけど聞いたよ。百年続く内乱で、国は疲弊し、人心は荒廃し、お先真っ暗な世界だって」



「そうだ。誰も彼も我欲に溺れ、些細な事で争いが起き、この世こそ地獄だと言わんばかりの世界だ。我もその世界を正さんとして、そして、醜悪な我欲の前に敗れ去った」



 苦い記憶がヨシテルの脳裏に浮かび上がり、表情もより険しくなった。


 離れていた手が無意識に刀の柄を弄び始めたのも、その不快感の表れであった。



「かつての僕もそうだった。周囲から誰にも愛されることなく腫物のように扱われ、やってきた事と言えば、亜人や悪霊の討伐だ。それが終わって引き上がれば、今度は変態共の相手をさせられた。いつ終わるとも知れない地獄の日々だったよ」



「それは難儀であったな。だが、今の汝の顔には“光”がある。立ち直ったということか」



「そうだよ。“英雄”が、“僕だけの英雄”が手を差し伸べてくれたんだ。そして、うずくまっていた僕を引っ張り起こしてくれたんだ」



 その言葉に、ヨシテルは更なる不快感をあらわにした。なにしろ、その“英雄”と呼ばれる存在こそ、自身にとっての仇敵に他ならないからだ。



「騙されておるぞ、汝は。あやつにあるのは常に己のみ。我欲を満たす為だけに存在し、そのためならば他者を踏み躙る事も、甘い言葉で騙る事も、何の躊躇いもなくやってくる。そういう男だ」



「それは知ってるよ。ヒーサはさ、優しくて思慮深い貴公子だ。でもそれは演技で、その内にはとんでもない悪党が隠れている事だって知っている」



「知った上でなお、あやつの甘言に乗るか?」



「そうだよ。夢を見る事さえできなかった僕に、初めて夢を見させてくれたのがヒーサだからさ」



 かつての苦い記憶がアスプリクの頭の中に浮かんできたが、それでも表情を変えることなくヨシテルと対峙できていた。


 それは、今の彼女には明確な“救い”が存在するからだ。



「ヒーサは極悪人だよ。誰も彼も騙して、自分のやりたい事をやろうとしている」



「そうだ。あやつは極悪人だ。他者を騙し、殺め、掠め取る事になんの後悔もない。罪の意識すらない。ただただ我欲を満たすだけの、醜悪な存在だ」



「それでも、僕はあの人に救われたんだ。騙しているし、利用されていることも認識している。さらけ出して信用させ、その上でなお奥の部分は伏せている事も、薄々は感じている」



「そうまで理解しながら、なぜあやつに付き従うのか?」



「強いて言えば、“愛”ってやつじゃないかな?」



 アスプリクは少し顔を赤らめた。らしくもなく恥じらう乙女を見せているのだが、年相応の態度とも言えた。


 そもそもアスプリクは十四歳の少女である。戦場のど真ん中で、敵方の総大将と啖呵を切り合っている方が異常なのだ。


 多感な年頃の感情を爆発させ、色恋の一つでも覚えるのが、“普通”の少女なのだ。


 だが、アスプリクにはそんな“普通”など、生まれてこの方、ただの一度も存在しなかった。


 その普通の生活が営めるようになったのは、ほぼヒーサのおかげである。


 教団の規則を変更させ、文句を言う輩を金と武力で黙らせてきた。


 そして、自身の領内に住む家と、“家族”まで用意してくれた。


 十四年の人生において、闘争も搾取もない平和でのびのびと暮らせる時間。これをようやくにして持つことが許されたのだ。



(それもこれも全部、ヒーサのおかげだ。利用されていることも理解している。でも、それ以上に恩義があるし、なにより僕はヒーサがたまらなく好きなんだ。これが恋ってやつなのかね)



 自分はヒーサの事が好きで好きでたまらない。例えそれが“騙り”であろうとも、実に甘美な“夢”を見させてくれるのが、アスプリクにとってのヒーサなのだ。


 夢を見させてくれるのならば、ずっと夢の中で暮らしていたい。それがアスプリクの偽りなき本音であり、それをもたらしてくれるヒーサを何よりも愛おしく感じるのであった。

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