12-56 予定調和!? すべては魔王の手の内に!

 王宮の大広間にて、強引に進められた新国王マチャシュの即位式。


 その広間の隅の方には、一匹の“鼠”がじっとその光景を眺めていた。


 玉座に赤ん坊を抱えて座るヒサコ。それに対して礼をするヒーサや、あるいは集まっていた多くの人々。


 王国の新たなる門出であるし、本来であるならばさぞや荘厳な空間になっていたであろうが、ロドリゲスの死体が血生臭い簒奪劇であった事を物語っていた。


 シガラ公爵家の銃兵がズラリと並ぶ中にあっては、渋々頭を下げている者も多い。面従腹背な輩のなんと多い事かと、“鼠”の主人は思うのであった。



「さて、これで王宮への工作は“無事”に完了したな」



 王都内にあるとある建物の一室。薄暗い部屋にて、使い魔である鼠の視点から、自分が逃げた後の情報を得ていた黒衣の司祭カシン。情勢がほぼ全て、“思惑通り”の進んだことを確認し、ニヤリと笑った。


 そして、机の上にあった水盆に魔力を込め、遥か彼方に意識と映像を飛ばした。


 水鏡を用いた通信術だ。


 その水鏡の向こう側。映し出されたのは不機嫌さを隠すことない屈強な男。


 それはジルゴ帝国の皇帝であった。“前世”では、足利義輝あしかがよしてると呼ばれていた人物であり、この世界に転生していたのだ。



「カシンか。その様子では、首尾よく事が運んだようだな」



「左様でございます。“予定通り”にシガラ公爵家が、王国の実権を握りました」



「そうかそうか、それは重畳」



 事前に色々と聞かされていたとはいえ、仇敵・松永久秀の好き放題は見ていて気持ちのいいものではなかった。


 まるで、かつての自分自身を見ているようであり、どうにもこうにもあの澄まし顔をズタズタに引き裂いてやらねば気が済まぬ。その想いが、ヨシテルを無意識に腰の刀へ手を誘っていた。


 刀は『鬼丸国綱おにまるくにつな)』。かねてより愛用していた天下に名高き名刀であり、この長年連れ添ってきた伴侶のごとくこの世界に流れ着いていた。



「これで、“片方”の動きは封じた。そうだな?」



「はい。松永久秀と言う男、陛下もよくご存じでありましょうが、誰よりも抜け目なく、それ以上に強欲極まりない男であります」



「ああ、そうだ。あやつの欲深さは推し量れぬほどに深い。那由他なゆたの定規があろうとも、推し量れぬほどの欲望が奴には渦巻いておる」



「ゆえに手放せない。王国と言う名の大名物が手に入った今、玉座の前から動けませぬ」



「そして、我が軍を進めてアーソの地に進めば」



「はい。いずれか片方が……、この場合はヒーサが前線に出て、対処しなくてはなりますまい。ヒサコの方は赤ん坊と共に王宮に留まりましょう。赤ん坊に加えて、王国と言う名の“大名物”を愛でねばなりませんからな」



「これで、“位置”が固定されたな。前線と王宮、この二ヵ所に」



「はい、これで“逃げ場”を失いました。二人同時の生け捕りとなりますと、両者の位置を固定させておかねばなりませんが、これでその条件が満たされました」



 回りくどい事をしたが、ようやく望みの状況が作り出せたと、カシンはまず満足のいく結果に笑みを浮かべた。


 カシンの目指すところは、“松永久秀”の生け捕りであり、それはこの世界におけるその魂の置き場であるヒーサ・ヒサコの確保を意味していた。


 だが、生け捕りとなると極めて困難な条件であり、その理由がスキル【入替キャスリング】であった。


 これはヒーサとヒサコの位置を入れ替えるものであり、本体と分身体を使い分けるのに重宝していた。


 しかも、逃走用にも使い勝手がよく、本体を逃がし、分身体は程々の場面で魔力供給を切り、消してしまえば無事逃亡というわけだ。


 これがあるため、生け捕りの難易度が跳ね上がっていると言っても良かった。


 その解決策が、“二者同時攻撃”なのだ。



(そう、これでヒーサとヒサコの場所が、王宮と前線に固定された。あとは、この二点が同時に戦場になるように仕向ければ、もう奴には逃げ場がない)



 実のところ、カシンは王都での工作の際、色々と騒動の種を撒き散らすと同時に、ヒーサ・ヒサコへの援護もしていたのだ。


 なにしろ、途中からブルザーに幻術を用いてすり替わり、あれこれ工作しながらも、ヒーサにとっての邪魔者を排除したり、都合のいいように演出していた。


 なお、当のブルザーはすでに始末しており、“これから”死体を晒して死んだことを周知させるつもりでいた。



(そう、アスプリクとマークの足場は揺らしておいたし、あとは仕込んだ“種”をいつ芽吹かせるか、だ。芽を吹き出させる時期さえ間違えなければ、こちらの勝利だ。そう、“真なる魔王”の覚醒と、それに続く大崩壊ですべてが終わる)



 文字通り、全てが終わるのだ。世界が望む世界の終末。そのためには魔王が必須であり、あれこれ状況を作りながらここまできたのだ。


 この世界で“遊びたい”松永久秀は全力で阻止に動くだろうが、状況はすっぽりとカシンの思惑にハマっていた。


 欲して手にした玉座には、すでに崩壊への道が舗装されている。それを知った時の歪んだ顔を見るのがたまらなく楽しみだと、カシンは不敵な笑みを受けべるのであった。



「では、陛下、いよいよ軍を進めてください。予定よりもかなり数が少ないですが、陛下の御力を以てすれば、ことごとくを撫で斬りにできましょう」



「うむ。ようやくあのすまし顔をぶった切れると思うと、今から腕がウズウズしてくるわ」



「ですが、あくまでも“生け捕り”であることをお忘れなく。四肢を切断しても構いませんが、決して殺さぬように念を入れてお頼み申し上げます」



「四肢の切断か。唐土もろこしの刑罰である凌遅刑にて、“肉醤ししびしお”にでもしてやるか。狂っていても、“生きて”いれば問題なかろう?」



「……まあ、その辺りは御随意に。長く楽しみたいのであれば、そのようになさるのがよろしいかと」



「うむ。ではな」



 そう言って、ヨシテルは水鏡から映像を消した。



「やれやれ。復讐に狂ったバカの相手は疲れるな。実力は申し分ないのだが、今少し穏やかになればより操りやすいのだが」

 


 カシンは仕事が一区切りついたと、安堵のため息を漏らした。


 残虐な刑罰を言い述べるあたり、足利義輝の松永久秀への恨みはそれほどまでに大きいのだと感じ取る事が出来た。


 だが、カシンにはその感情は一切ない。あるのは世界の破滅を完遂する事であり、そのために“偽の魔王”を作り出し、同時に“真なる魔王”の復活にも手を回しているのだ。


 松永久秀の生け捕りと言う難しい事案も、すべては世界を破壊する前段階でしかない。



(まあ、せいぜい派手に暴れてくれ、魔王になった気でいる室町の御所殿。その恨みの深さは利用させてもらう。そして、最後はお前も、私も、すべてが消えてなくなる。世界は終わり、無へと回帰しする。この歪んだ世界は終わる、無くなる。さあ、始めよう。世界終焉の、最後の演目をな!)



 場は整った。


 あと必要なのは、“松永久秀の生け捕り”と“真なる魔王の復活”の二つだけだ。


 そして、それはすでにカシンの中ではしっかりと道筋が立っており、流れに沿って行けばすべてが終わることになっていた。


 自分も、世界も、何もかもが終わる。神々の遊戯盤を破壊して、もがき苦しむ歪んだ世界の店じまいとする。


 それはもう間もなくのことだと、カシンは高笑いを響かせた。



          【第12章 『下剋上成れり!』・完】

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