12-45 魔王降臨!? 暴かれた真相!

 アスプリクの両の腕から伸びる炎の鞭が、天井に張り付く黒衣の司祭カシン=コジを縛り上げた。

 

 炎の鞭によって、焼けると絞めるを同時に味合わされていたカシンが、血飛沫のような汚い花火のごとく爆発四散した。



「……いや、まだだ!」



 飛び散る飛沫を目の当たりにしながら、ヒーサは勝ちを確信しなかった。


 アスプリクはそれに素早く反応し、その飛沫に向かって縦横無尽に炎の鞭を振るった。


 だが、それはあまりにも数が多すぎた。


 飛び散る飛沫は次々と“鼠”に姿を変えていき、四方八方へと散っていった。



「なんだ、これは!?」



 アスプリクも必死で鞭を振るうが、その数は何十、何百という数の鼠である。当てるのには的が小さく、動きも俊敏であり、しかも広間にはまだ人がいるので、部屋ごとまとめて吹き飛ばすというわけにもいかなかった。


 とても対処しきれる数ではなかった。



「フハハハハハ! ここでの仕事は終わった! では、また会おう、諸君!」



 あちこちから声が響き、“どの”鼠が発したか分からぬ高笑いがこだました。


 だが、ここでマークが飛び出した。


 アスプリクが振り回す炎の鞭も掻い潜り、一目散に“それ”に向かって突っ込んだ。


 持ち前の俊敏さはチョロチョロ動く鼠の速度さえものともせず、飛び付き、そして、掴んだ。



「見つけたぞ、間抜けめ!」



 マークが掴んだのは一匹の鼠。ただし、周囲を走り回る鼠より、一回り程大きい個体であった。


 そして、周囲の鼠の群れは一斉に“逃走”から“迷走”に変じた。



「な、なんだと!? あの数の群れから、“私”を見つけ出して掴んだだと!?」



「そう言う風に訓練を受けている。迂闊だったな、黒衣の司祭!」



 マークは掴む手に力を入れていき、鼠を握り潰さんとした。



「ま、待て! ここで私が死んでは、計画が……!」



「知った事か! 俺は……、俺は……、魔王なんかじゃない!」



 込められた力が許容限界を超えたのか、鼠はぐちゃりと握り潰されてしまった。


 べっとりと血肉がマークの手にこびり付き、指と指の隙間から床へと零れ落ちた。


 だが、その“勝利の余韻”に浸る時間すら与えてはもらえなかった。


 まさに一瞬の出来事。


 “ヒーサ”が“マーク”に向かって剣を繰り出し、斜め上から勢いよく本気で振り下ろしてきたのだ。


 咄嗟の事ではあったがマークはこれをかわしたが、そのまま剣は軌道を変えて横に払われ、足を斬られてしまった。


 これで自慢の俊敏さは損なわれ、床に転がってしまった。



「この愚か者! まんまとカシンの奸計にハメられおって!」



 床に倒れたマークを見るヒーサの表情は、失望と怒りの入り混じった複雑なものであった。


 そして、気付いた。先程握り潰したはずの手から、“鼠”の血肉と不快な温もり、その一切が消えてしまっていることに。


 そう、これもまたカシンの作り出した幻。マークを誘き出すために、それっぽい偽者を作り出し、“わざと”掴ませたのだ。


 だが、ヒーサの怒るところがマークには分からなかった。何をそんなに、しかも斬り殺さん勢いで攻撃されたのか、いまいち掴めなかった。



「マーク、お前……」



 そう呟いたのは、側にいたヨハネスであった。


 そこでマークは気付いた。



「俺は魔王なんかじゃない」



 この台詞を【真実の耳】に拾われた事を。



(や、やられた! やらかした!)



 マークは愕然として、斬られた痛みなど吹っ飛ぶほどに打ちひしがれた。


 普通ならばまず分からないほどの“それっぽい鼠”を用意し、マークの目の良さを利用して誘き出す。


 その上でマークにわざと捕まって、勝利を確信させる。


 怯えた演技をして図に乗せ、相手を勝利に酔わせ、同時に“計画”という一部の“真なる魔王”を知る者だけが察する言葉を用いて、魔王を意識させる。


 そして、否定。恐怖から来る無意識の吐露が、魔王を否定する言葉を紡ぎ出した。


 勝った、片付いた、そう思い、油断してしまったマークの失策であった。



「フハハハハハ! 今度と言う今度こそ、“全て”片付いた! では、本当に退散させてもらう! 小僧、覚えておくと良い。“勝った!”と思った瞬間こそ、もっとも隙が生じるのだよ!」



 反響する高笑いと共に、カシンの気配は消えていった。


 もはや走り去る鼠の群れを追走するのは不可能であった。四方八方に散らばり、いよいよ紛れ込んだカシンの姿を捉えれなくなった。


 なにより、マークに注がれた疑惑の視線が、場の混乱に拍車をかけており、もはやどうすることもできない状態となった。



「て、敵襲~! 敵襲だぁ!」



 少し離れた見張りの櫓から、城内全域に響き渡る警告が発せられたが、その叫びに気を回せる者は、大広間には“ほぼ”いなかった。


 誰も彼もがマークと、それに剣を向けているヒーサに注目し、それどころではなった。

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