12-44 奸計! 敵の裏の裏を突け!
“魔王”、それは世界に破滅をもたらす者。
恐るべき存在であることは説明するまでもないが、どこにいるかは皆もよく知っている。
現在、カンバー王国に隣接するジルゴ帝国は皇帝即位によって湧き立ち、王国への侵攻を企図していた。
その皇帝が“魔王”を名乗り、王国を虎視眈々と狙っている、それが“表向き”な状況であった。
だが、それは“欺瞞情報”であり、ごく一部の者は知っていた。“真なる魔王”は、この王宮の大広間にいる“アスプリク”か“マーク”であることを、だ。
ゆえに、マークを指さし、“魔王”と言い放てるのは、その裏の情報を知っている者だけとなる。
この場にいてもおかしくなく、かつ堂々とそれを糾弾の文言として言い放てる者は、“自分達を除けば一人”しかいない。
(間に合うか……!?)
ここでヒーサは伏せていた切り札を使用した。スキル【
本体と分身体を入れ替える効力があり、これを用いて、ヒーサとヒサコを交互に変換し、どちらをメインで動かすかを決め、色々な場面で応用してきた。
今はこの審議が行われている大広間にいるヒーサが分身体であり、王宮の外で武力介入の機を窺っているヒサコが本体となっていた。
この状態で裁判に臨んだ理由は二つある。
一つは“逃げる”ためだ。
分身体は本体と見えざる糸で繋がっており、魔力供給を受けることで体を維持している。裏を返せば、魔力供給を断ってしまえば、即座に煙のごとく消えることができるのだ。
もし、審議の席で不測の事態が起こった場合、最悪自分だけでも逃げれるようにと、すぐに消えることができる分身体での出席を行ったのだ。
もう一つの理由は“攻める”ためだ。
攻撃するには武器が必要だが、牢屋に入れられその後に裁判と言う流れでは、当然ながら武器の持ち込みは不可能であった。
それを可能にするのがスキル【
本体の側には必ず“
その際、手に持てる程度の荷物であれば同時に移動してくるので、その特性を生かして携えた武器を運ぶことができた。
今回もそれを狙い、女神を運び屋として、まんまと武器の運び入れに成功した。
「トウ、急げ!」
スキル発動と同時に現れた女神に枷を突き出した。
なお、こういう場面になることも考え、女神は“緑髪のテア”の麗しい姿ではなく、“赤毛のトウ”の状態で待機させていた。
【
「あ~、もうメチャクチャじゃない!」
悪態つきながらも、女神もまたやる事はやっていた。
トウが持ち込んだ武器は二つ。炎の剣『
トウは炎を吹き出す剣にてまずはヒーサの枷を焼き切り、そのまま剣を渡した。
そして、神の力が宿りし鍋を振りかざし、アスプリクの枷を叩いた。
アスプリクに嵌められている『術封じの枷』は闇属性の術式を宿らせていた。闇属性は本来禁術ではあるが、こうした特殊な枷などを作り出すために、特別な許可を得た術士のみ使用が許されていた。
闇属性を吸収する『
そうなれば、後は造作もないことであった。封じられていた魔力の流れが全身に行き渡るのを感じ取ったアスプリクはすぐに魔力を活性化させ、生み出した炎で枷を焼き切り、完全に自由を得た。
そして、即座に“あいつ”に向けて放つための術式の詠唱に取り掛かった。
さらに、トウはアスティコスとライタンにも嵌められていた『術封じの枷』を鍋で叩き、こちらの魔力も打ち消した。
ただ、ライタンは何がどうなっているのか理解できておらず、他ほど動きが芳しくなかった。
なにしろ、“魔王”について知っているのは、この場ではヒーサ、トウ、アスプリク、アスティコス、マークの五名である。
あとは、それを告げてきた“ブルザーの偽者”だ。
「炎よ!」
ヒーサは剣の先から炎を呼び出し、周囲が巻き添えを食らうのもお構いなしに、ブルザーに向けて燃え盛る炎を撃ち出した。
炸裂する炎、巻き添えを食らって転げ回る人々。いきなりの阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
だが、ブルザーには命中しなかった。
ブルザーは軽やかに跳躍してかわし、重力が反転したかのよう天井に逆さまで“着地”した。
「ひどいな~。巻き添えなどお構いなしに一発かましてくるとは。シガラ公爵は今少し“自重”という言葉を覚えた方がいいのではないかな?」
天井に逆さから立つ異様な光景に、人々は驚愕の視線をブルザーに向けた。
ヒーサの放った炎から逃れつつも、視線はやはり天井に釘付け状態だ。
「迂闊であったわ! よもやブルザーの姿を借りて、中に紛れ込んでいようとはな、カシン!」
ヒーサは今一度、剣から炎を撃ち出した。
だが、カシンは天井に逆さ立ちした状態のまま、飛んできた炎を掴み、かき消してしまった。
「残念だが、純粋な術士でない君と私とでは、練度に差があるからな。単純な術の撃ち合いでは、絶対に勝てないぞ」
「なら、これならどうだい!」
今度は炎で形作られた二本の鞭がカシンを縛り上げた。炎を消すために突き出していた右腕と、さらに胴体に巻き付き、これを締め上げた。
「おやおや、もう『術封じの枷』を外したか。なるほど、やはりその鍋はこちらにとっての脅威となるな。本当にデタラメな力だよ、まったく。予定外にも程があるというものだ」
カシンの見つめる先には、トウとその手に納まっている輝く鍋があった。幾ばくかの情報を得ていたが、やはり正真正銘の神造兵器は尋常ではないというのが、目の当たりにした率直な感想であった。
「とはいえ、こちらも目的を果たした。そう、最後の“騒動の種”を撒くと言う作業がな」
「余計な事を……!」
よもやこの段階で仕掛けてくるとは、ヒーサとしても準備不足が否めなかった。
正面切って戦えば勝つ自信はあるが、こうも幻術を用いて搦め手ばかりを攻め立てられるのは、どうにもこうにも気に入らなかった。
「減らず口はあの世とやらで騒ぐこった! 炎よ!」
炎の鞭がさらに燃え上がり、縛り付けるカシンを焼き尽くそうと、さらに勢いを増した。
「クハハ! これはたまらんあぁ! あいにく、私は誰かを縛るのは好きなのだが、縛られるのは御免こうむる」
「いつまでそんな強がりが言えるかな!?」
「お~、怖い怖い。そんなに睨まんでくれよ、火の大神官よ。共に一夜の逢瀬を楽しんだ仲ではないか」
「……殺す!」
アスプリクの怒りがそのまま具現化したかのように、燃え上がる炎は広間全体を焼き尽くす勢いであった。
人々は慌てて逃げまどい、急いで部屋から出る者で扉付近が大渋滞になっていた。
あるいは、冷静に術士の側に駆け寄り、防御結界に守ってもらう者もいたりと様々だ。
ヒーサはと言うと、アスティコスやライタン、マークと共にトウに寄り添い、突き出された鍋の力で炎を防いだ。『
そして、それは弾けた。炎の鞭によって、焼けると絞めるを同時に味合わされていたカシンが、血飛沫のような汚い花火のごとく爆発四散した。
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