12-42 審理再開! 今度こそ真相を求めて!(6)

「それで、この場をどう収めますか?」



 進行役のマリューがそう尋ね、審議席の面々に決議を求めた。


 バツの悪そうに互いの顔を見合い、さてどうしたものかとヒソヒソと言葉が交わされた。


 これほど判断の迷う状況というのも、なかなかお目にかかれないと言うものだ。


 本来ならば、国王と宰相の殺害、並びに異端への傾倒と、どう足掻いても極刑以外ありえない罪状がズラリと並んでいるのだ。


 ところが、蓋を開けてみれば、国王殺しも宰相殺しも裏で糸を引いていたのは『六星派シクスス』の黒衣の司祭カシン=コジであり、その幻術に被疑者も裁判官側も全員騙されていたことが明らかとなった。


 つまり、ある程度の情状酌量の余地はあるというわけだ。


 政敵を屠る意味でも、被疑者席に座る四人を重罪とし、厳しく罰すればいいのだが、審議の結果、“王国の戦力低下”を狙った帝国側の謀略である事も見えてきたため、迂闊な判断はできない状態となった。


 教団側(と言うより守旧派)としては、何かと目障りなヒーサを処断し、改革志向の法王ヨハネスの動きを封じたいとも考えていた。


 しかし、ここまでの事情が明らかになった今、あまりに厳しい処罰を加えてしまうと、貴族達からの反発を食らう可能性が高いのだ。


 明確な罪状とその証拠があるならいざ知らず、民衆からの人気が絶大なシガラ公爵家を下手に処断してしまうと、それこそ暴動やら一揆やらを誘発しかねない。


 それは“裁く側”からしても、望むべき状況ではなかった。


 なにしろ、ヒーサの提唱した宗教改革に便乗し、教団側の利権などに手を付け、分捕った者も多い。


 改革派はここで守旧派が息を吹き返すことなどは望んでおらず、自然とシガラ公爵家の肩を持つようになった。


 結局のところ、どちらの側であろうとも、“程々に相手を傷物にして黙らせる”のが、目指すべき着地点だということだ。


 罪が一切ないとは言わないが、だからと言って処罰を重くするわけにはいかない。


 その匙加減の難しさが、審議席の座る面々の表情から読み取れるというわけだ。



「何を閉めようとしている! まだ重要な案件が残っているではないか!」



 まだ叫ぶブルザーにうんざりする者もいたが、ヒーサを叩く材料があるならばと、ロドリゲスがそれに乗っかろうとブルザーに視線を向けた。



「ブルザー殿、その重要な案件とは?」



「アスプリクが王都市街地においてなされた、放火ならびに巡察隊への殺傷行為について」



「あぁ~、いかん、すっかり忘れていたが、それは確かに看過できん案件だな」



 ロドリゲスは丁度いい攻撃材料を提供してもらったことに、ブルザーへ軽く会釈して礼を示し、改めてヨハネスに視線を向けた。



「というわけです。さすがにこれについて、何もなしとは言われませんな? 城内においての放火。それによって巡察隊に死傷者が出ているわけですし、普通に考えても火炙りが妥当かと思いますが?」



 ロドリゲスの指摘に、進行役のマリューも、ヨハネスも言葉に詰まった。


 王都内での凶行であるし、その罪は決して軽くはない。過去の判例に倣うのであれば、ロドリゲスの言う通り、火刑を適用されるほどの案件なのだ。



「……えっと、アスプリクよ、その当時の状況を説明してもらおうか」



 取りあえずの対応として、ヨハネスはアスプリクに説明を求めた。


 なにかしらの情状酌量を勝ち得る材料があれば、という淡い期待あっての質問であった。



「えっと、あの時はジェイク兄の屋敷を飛び出し、裏路地に潜伏していたときだったかな。んで、例の黒衣の司祭が、カシン=コジがやって来て、ご丁寧に僕をハメたことを説明に来たんだ。そして、勧誘してきた。もちろん拒否したけどね」



「……今の言葉に嘘はないな」



 ヨハネスも、ロドリゲスも、アスプリクの言葉を“真”とした。


 なお、アスプリクが魔王の苗床だという説明は、当然ながらバッサリ省略した。



(あんな案件、どう説明しようとも許しては貰えないだろうからね)



 魔王が目の前にいれば、これの排除に動くだろうことは目に見えていた。例え覚醒前の苗床だとしても、芽吹く前に処理したいと考えるのは当然なのだ。



「で、勧誘に失敗した後、カシンは幻術で豪快に町が燃え上がったかのように演出した後、姿を消した。で、潜伏先を周囲に知らせたようなもんだし、さっさと逃げようと【飛行フライ】の術式を発動させ、軽く浮かび上がったところで、叔母上が矢で射られた」



「それに怒ったアスプリクが、駆け寄って来た巡察隊に火の術式を使い、町が燃えたというのが、当時のおおよその状況です」



 アスプリク及びアスティコスの説明を聞き、ヨハネスもロドリゲスも無言で頷き、その証言の嘘ではないことを示した。



「待った! 今の発言に奇妙な点がある!」



 そう言って前に進み出てきたのは、コルネスであった。


 この裁判における警備担当であり、脇に控えて全体を見ていたのだが、それが突如として舞台に上がって来たため、自然とコルネスに注目が集まった。



「コルネス、奇妙な点とは何かな?」



「ハッ、聖下、アスティコス殿が弓矢で射られた、と言う点です」



 コルネスはそう言ってアスティコスに視線を向けた。



「アスティコス殿、弓矢で射られたと言う話は本当だな?」



「ええ、そうよ。【飛行フライ】の術式を使って軽く浮かび上がったところに矢が飛んできて、肩を射抜かれた」



 そう言うと、アスティコスは衣服を少し開けさせ、肩口を見せた。【治癒ヒーリング】で治してはいたが、まだ若干傷跡が残っており、証言の真贋判定もあるので、射られたことは確実であった。



「やはりおかしい。なぜなら、巡察隊の装備品に、“弓矢”が存在しないからだ!」



 コルネスの指摘に、王都の警備状況を知る幾人かの聴衆がそうだと声を上げた。



「王都の市街地で飛び道具を使うことは、“誤射”の危険がある。そのため、王都内にいる兵の内、銃器や弓矢などの飛び道具を所持しているのは、城壁の守備隊だけだ。市街地を廻る巡察隊の武装は、剣や槍などの近接武器のみだ」



「ああ、クッソ! てことは、叔母上を射抜いたのは、カシンってことか! あいつめ、逃げたふりして、物陰に潜んで、浮かび上がった瞬間に矢を放ったってことか!」



 またしてもしてやられたことを気付かされ、アスプリクは地団駄踏んで悔しがった。


 同時にカシンに仕返しする理由が更に一つ追加され、ますます怒りをたぎらせるのであった。

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