12-41 審理再開! 今度こそ真相を求めて!(5)

 審理の場はシガラ公爵側に傾きつつあるが、それでもそれを認めない、認めたくないロドリゲスは食い下がった。



「偉そうな事を言って、貴様はどうなのだ、公爵!? 仕込んだ酒を何らかの方法で手渡し、宰相閣下を殺したのではないか!?」



「ロドリゲス、まだその段階で思考が止まっていたのか。つくづく度し難い。ライタン、言ってやれ」



 教団を言葉でボコボコにしてやろうと考えているのに、バカバカしい横槍が入ってヒーサは若干気分が萎えてしまった。


 少し仕切り直しのために一呼吸を置こうと、ライタンに答弁を変わってもらった。



「では、はっきりと申しますが、公爵には不在証明アリバイがあります。なにしろ、私やサーム殿と共に、王都に向かって部隊を率いていたのですからな。なので、酒を渡したであろう犯行の前夜に王都の上屋敷に公爵がいるなど、“絶対”に有り得ないのです」



「……今の証言に嘘はない。やはり、公爵には酒を手渡すのは無理だな」



 ヨハネスはライタンの説明を聞き、時系列の矛盾に納得した。


 ライタンの証言の真贋判定で“真”が出たのだが、それでも納得のいかないロドリゲスは、まだ不機嫌な表情のままであった。



「ですが、それでは公爵とアスプリク殿の証言が食い違います。ところが、これを解消する事象が一つ存在します」



「それは?」



「公爵が“二人”いたと仮定すれば、これが崩れます」



 アスプリクの証言では王都にいた事になっているヒーサ。


 ライタンの証言では、王都に向かって移動中のヒーサ。


 空間を超越でもしない限りは、ここに矛盾が生じる。


 しかし、どちらの証言も“真”であり、嘘は付いていない。


 これを崩すのには、ヒーサが二人いないと説明が付かないのだ。



「ここで先程のヒーサが言った“たったの二人”に戻るんだ」



 今度はアスプリクが再び証言を始めた。



「僕が以前出会った黒衣の司祭に、カシン=コジって奴がいるんだ。そいつがね、とんでもない腕前の術士で、特に幻術に関しては間違いなく世界最高だと見ている」



「つまり、そのカシンとか言う黒衣の司祭が、公爵に化けていたと?」



「それが僕とヒーサの証言の矛盾を解消する、唯一の手段だよ。実際、僕も気付かなかったんだ。あいつが正体を表すまでね」



 これも嘘はなかった。


 アスプリクもまんまとカシンに騙され、その体を差し出してしまった失敗があった。


 そうと知らずにヒーサの姿に化けたカシンと同衾し、拭い去れない“恥ずかしい記憶”が今も脳裏に刻み付けられ、目の前にいたらば確実に殺しに行くつもりでいた。



「で、その話が国王殺害の件にまで繋がる。サーディク兄、殺害時刻の国王の部屋、そこに僕が間違いなくいたんだよね?」



「ああ、その通りだ。お前が父上を殺した」



 サーディクはそう答えたが、この証言も“真”であった。


 なにしろ、サーディクの視点で見れば、間違いなくあの場にはアスプリクがおり、自分を縛り上げたうえで、国王フェリクを絞め殺した場面を目撃しているからだ。


 “嘘”は吐いていないのだ。



「でも、僕には不在証明アリバイがあるんだ。先程も言ったけど、その殺害時刻にはヒーサと合流していて、しかも同じ天幕で一夜を明かしたんだから」



「……これも嘘はない。つまり、今度はアスプリクが“二人”いたというわけか」



「そういうこと。“真”の判定が出たにもかかわらず、証言に矛盾があるのはそれなんだよ。ジェイク兄を殺したときにはヒーサが二人、国王を殺したときには僕が二人。つまり、本物のフリをした偽物がいたってこと。これで矛盾する証言の整合性がとれる」



「そうだな。少なくとも、この被告席にいる全員はそう認識しており、嘘を付いているというわけではなさそうだ」



 ヨハネスがそう断じると、当然ながら場が再びざわめいた。


 あやふやだった事象、矛盾して対立していた証言、それらが一つ一つハマっていき、ようやく騒乱の全体像が見え始めた。



「ならば、結局、ヒーサ・アスプリクの両名の責任を問うべきであろうが!」



 ここで叫んだのはブルザーであった。



「黒衣の司祭とやらと接触し、まんまと姿を盗まれたのだからな! こんな間の抜けた話があるか! 王国貴族の面汚しが!」



「面汚しはどちらですかな?」



 激高するブルザーに、今度はスーラが即座に横槍を入れた。



「お忘れか? ヒーサ殿が、ヒサコ殿が、あるいはアスプリク殿が、アーソの地で、あるいは帝国領内で、どれほどの悪戦苦闘を強いられてきた事か! 敵方が注目し、これを排斥しようと罠にハメてくるのも、当然でありましょうが!」



「ぬぅ……」



「つまり、敵方からは、『シガラ公爵家とアスプリクさえ排除すれば、王国を屠るのも容易い』と、そう思われているということなのですぞ! お分かりいただけますかな、“武”の公爵殿!」



 スーラらしい、実に嫌味な言葉であったが、ブルザーとしては返す言葉もなかった。


 なにしろ、弟リーベが異端派に寝返っていたという“事実”が転がっている上に、先頃の帝国への逆侵攻作戦のときは兵の供出をしていなかったからだ。


 ここ最近の武功と呼べるものは全部シガラ公爵家に取られており、“武”の公爵家とも呼ばれるセティ公爵家は武門の家としては陰りが見られた。


 こう言われると、押し黙ることしかできなかった。


 罪や疑念はあれど、功績、武功の類はなし。“武”の公爵と名高いセティ公爵家にとっては、あまりにも痛い失態であった。

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