12-17 初手毒殺!? 出されたスープは附子(ぶす)の味!

 ヒーサとロドリゲスの対峙は、まずロドリゲスの方から口火を切った。



「貴様も元気そうだな、公爵。とっくに死んだものかと思っていたぞ」



「ここに来て、最初の食事に毒を仕込むとは、いやはや枢機卿はせっかちでいらっしゃいますな」



「……なんのことか、分からんな」



 ロドリゲスのすっとぼけ方がいかにもと言った感じであり、もはやこの世界では“演技”の達人と化したヒーサに言わせれば、素人も同然であった。


 もう少しからかってやるかと、食べ終わって空になった食器をこれみよがしに見せつけた。



「悪くない食事でしたぞ。他の三人は小食ゆえ、汁物スープは残してしまいましたが、私は健啖家でありますゆえ、ほれこの通り」



 空っぽのスープ皿をひっくり返し、しっかりそれを食した事を強調した。


 途端、ロドリゲスは、どうしてだ、と言わんばかりに目を見開いた。



「ば、バカな!? なぜ生きていられる!?」



「あいにくと、私は医者でございますからね。死なない程度に毎日毒物を摂取し、おかげですっかり耐性が付いてしまいました。あの程度の量の附子ぶしでは、刺激的な調味料でしかありませんな」



「なん、だと……!?」



「次に入れるのであれば、ヒ素をお勧めしますよ」



 勝ち誇った顔を見せるヒーサに、ロドリゲスは怒りで握り拳を作り、それでドンドンと何度も扉を殴打した。



「やはり、貴様は生かしてはおれんな。すぐにでも縛り首にしてやるわ!」



「公爵たる者を、いかなる罪状を以て処断すると言うのですかな?」



「無論、国家反逆罪よ! 国王、宰相を暗殺せし、白の鬼子を匿った。良からぬ企みを以てお二人を害し、国を乗っ取ろうと言う算段であろう!?」



「何の証拠もありませんな。今少し、推敲なさってから、冒頭陳述をなさった方がよろしいかと」



 二人を害したのは他人であるが、“国を乗っ取る”の下りは大正解であった。


 無論、その手段はまだロドリゲスに察知されていない。すでに本体ヒサコは潜伏済みで、ティースと共に機を計っている段階だ。


 分身体ヒーサとアスプリクに目が行き、そちらまで気が回っていないのは、ここでのやり取りで察することができた。


 ヒーサを始末すれば丸々納まる。そう言う態度がロドリゲスからにじみ出ていた。



(こうなると、ブルザーの方も似たようなものだろうな。すでにこちらの身柄を押さえ、勝った気でいるのだろうが、そうはいかんのだよ。まあ、体面を気にせず、軍勢を以てこの部屋になだれ込まれたら、さすがに困るがな)



 もちろん、それはないことも確信していた。


 ロドリゲスにせよ、ブルザーにせよ、かなり外面を気にする性格で、それだけに大っぴらに暗殺などと言う手段には出てこないのだ。


 こそっと毒を盛って、気が付いたら死んでいた。これくらいの着地点を狙っているのが見え見えであり、今少し大胆に攻めて来いよと思うヒーサであった。



(そう、かつて将軍の御所を襲った時のようにな)



 京の都で軍勢を動かし、世間の目など気にせず室町将軍を弑逆した。松永久秀の悪行として特に出される一事であり、天下に悪名を轟かせた出来事だ。


 だが、この世界ではそんな大胆かつ、“悪名を恐れない”輩は見受けられなかった。


 この世界には、自分と悪名を競える相手がいない。余裕で事態の推移を見ていられる所以である。



「フンッ! 明日にでも処断してやるから、今のうちに首でもしっかり磨いていろ!」



「あまり強い言葉を発しない方がいいですよ。却って弱く見えます。枢機卿と言う要職にある身なのですから、今少しドシッと構えていた方が貫禄が出ます」



「抜かしおるわ。その減らず口、明日も叩けるものなら叩いてみろ!」



 ガシャンと荒々しくのぞき窓を閉じ、荒ぶる足音と共にロドリゲスは去っていった。



「ん~、やっぱヒーサの方が口は達者だね。あれじゃ相手にもなんないよ」



 静かに見守っていたアスプリクではあるが、ヒーサの相変わらずな口達者な挑発に拍手を送った。


 まして、相手はあの鬱陶しいロドリゲスである。見ているだけで気分爽快であった。



「結局のところ、力任せ、数任せのゴリ押しが一番強いのだが、今の状況では誰も世間体を気にして動かない。お行儀よく“裁判ごっこ”に興じるつもりらしい。中途半端に毒盛って、それで策士気取りとは呆れてしまう。ちゃんと一撃で屠る覚悟で攻めて来い、っといったところかな」



「お~お~、さすがヒーサ! 君の発言は一家言あるね。経験かな?」



「少し違うな。血肉に刻み込まれた“習慣”だよ」



 寝ても覚めても、寸土を求めて切った張ったを続けてきたのが、“武士”という存在だ。


 松永久秀もまた、その生き方を踏襲し、奪い奪われを繰り返してきた。


 この世界でヒーサと名前を変えようとも、その基本姿勢は変わらない。欲しいものは奪ってでも手に入れる。それだけの話だ。



「さてさて、どういう設えで裁きの場を彩ってくれるか、少しは期待したところだな。そうでなければ、ヒサコとティースの大芝居が、過剰演出になってしまう」



 そう言うと、ヒーサは再び寝台に横になり、大きくあくびをした後、目を閉じて眠ってしまった。


 毒を盛られ、盛大に脅迫を受けたと言うのに、この図太い態度はさすがだな、とアスプリクも感心した。


 そして、彼女もまたヒーサに倣い、気持ちを楽にして自分の寝台に横になって寝入ってしまった。


 まだまだ王位の簒奪劇は始まったばかりであり、体力の温存を図る二人であった。

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