12-3 父殺し!? 白き手は燃え上がり、死が香る!

 アスプリクの白い手が伸び、フェリク王の首を掴んだ。


 まだ大した力は込められてはいないが、老いと病によりすっかり衰えているフェリク王は、その少女のか細い手すら引き剥がすことができなかった。



「さあ、永久とこしえの眠りにつく時が来たのです。ゆっくりとお休みください」



「よ、よせ……! た、助けてくれ!」



「助けたところで、どのみち長くはないでしょう。生にしがみ付くのは、見苦しい限りですね」



 アスプリクも敢えて力をそこまで込めないでいた。フェリク王が喋れる程度には加減した。


 死に逝く者の断末魔を聞くためだ。



「お、お前は! 母親のみならず、父親すらも手にかけようと言うのか!?」



「おやおやおや、今更、父親面ですか? 反吐が出ますね」



 無表情ではあるが、苛立ちや怒りがにじみ出ていた。“なぜか”熱くはないが、アスプリクの体から炎が噴き出し、白き体を包み込み、その手がゆっくりとフェリク王を締め上げていった。



「ぐがががぁ!」



「父親と言うのはね、子に生きるべき道を指し示した者のことを言うんだよ? 母親と違い、産みの苦痛なく子を手にするんだ。父親としての矜持と義務、それを果たして初めて父親を名乗れる」



「だはげぇ!」



「僕はね、あなたに何かしてもらったことはない。食べ物を与えた? 住む場所を提供した? まあ、十歳までは王宮ここにいたわけですから、何もしてない訳ではない。そうではないと言いたいかもしれません。だけどさぁ、結局のところ、僕が術の才能を有していたからこその措置でしょう、それって? なければすぐに捨てていた」



 なにしろ、産まれてすぐに母親を焼き殺してしまう程の力を有していたのだ。それを捨て去るなどとんでもないことだし、教団側もそれを見ているので、欲するのは当然と言えた。


 産まれた瞬間から、アスプリクの未来は定められた。術士として教団に入り、姫君として誰かにかしずかれることなく、戦いに明け暮れることを宿命づけられた。


 生まれ落ちたその瞬間から、この白無垢の少女は呪いを受けていた。


 戦いに明け暮れることも、そして、“魔王”になることも。



「抗うことはできた。娘を助けるために、あえて教団の意向に背くことはできたはずだ。なぜなら、あなたは国王だからだ。この国で一番の力を持つ最高権力者だ。でも、それをしなかった。ああ、やはり親子だな。あなたも、兄上も!」



「ががががぁ!」



 手に込める力は徐々に増していき、いよいよまともに喋る事すらできなくなり、フェリク王は苦しみからより顔を紅潮させていった。



「僕が何をされていたのか知っていた。それを助けるための力もあった。でも、僕を放置した。どいつもこいつも、クズばかりだ! ああ、イライラするなぁ。本当にイライラする!」



「が……、はぁ……」



「それじゃ、終わりにしようか。自分の行いがどれほどの惨劇を生み出すのか、噛み締めながら死んで逝け、王よ。国が、世界が、滅びゆく様を見ずに死ねることを、心の底から喜ぶがいい!」



 最後の一撃。少女とは思えぬほどの強烈な締め上げに、フェリク王は血の泡を吹きながら事切れた。


 頭部が、腕が、ぐったりとしなだれ、それがかつて生きて動いていたことを、僅かに残る体温だけがそれを伝えていた。


 しかし、それもじきに消える。命の灯火は、少女の手により呆気なく手折られてしまった。



「なんということを……!」



 まだ縛られて地べたに倒れ込んでいるサーディクは、目の前で行われた凶行を止められなかったことを、大いに嘆いた。


 だが、それでも糾弾しなくてはならない。そうでなくては、正義も何もあったものではないからだ。


 苦痛に呻きながらも、サーディクは必至で、悪鬼と化した妹を睨み付けた。



「アスプリク、お前はなんということをしでかしたのだ! 病床にあった父を、老人を絞め殺しておいて、何の呵責もないと言うのか!?」



「ない」



 アスプリクは平然と言い放ち、掴んだままであった躯を放り棄て、倒れているサーディクの方を振り向いた。


 そして、サーディクは見た。目の前の妹には、後悔も悲愴もない。ただ淡々と復讐を果たした。そう言いたげな光のない瞳がそこにあった。



「僕が今まで受けた仕打ちを思えば、このくらいどうと言うことはない。父親らしいことを何もせず、ただ逃げてばかりで、最後は命乞い? ああ、イライラするなぁ。ほんとイライラする」



 言うべきことは言い、やるべきことは終わった。そう感じたアスプリクは歩き出し、閉じていた窓を開け放った。


 熱気に満たされた部屋に涼しい夜風が入り込み、火照る体を涼ませた。



「では兄上、ごきげんよう。父と兄、二人の葬儀を盛大に開いてくださいな。そして、血塗られた玉座に座し、砂上の楼閣に君臨なさるがいいでしょう。【飛行フライ】!」



 アスプリクは軽やかに窓から飛び降りると、術で体を浮かせ、王都の郊外に向けて飛んでいった。

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