11-40 合流! 追い詰められた公爵と白無垢の少女!

 街道を往くシガラ公爵の一団は、見る者を圧倒する迫力があった。


 現在、公爵領を出立し、王都ウージェを目指しているのだが、その数はおよそ五百名。全員が煌びやかな装束に身を包み、旅芸人の一座かと見間違うほどに華やかであった。


 しかし、旅芸人などではなく、全員がれっきとした軍人であり、武装していることが何よりの証であった。


 大砲こそ行軍の速度が落ちるからと用意していなかったが、最新式の燧石銃フリントロックガンをずらりと並べる姿は、“財”の公爵と謡われるシガラ公爵の財力の凄まじさを見せ付けていた。


 他にも儀典用の長槍を持つ者や、あるいは良質の軍馬に跨る騎兵など、文句のつけようもない威風堂々たる行進に、誰も彼もが目を奪われた。


 その軍列の司令官であるシガラ公爵ヒーサは、まだ二十歳にもならない若者であるが、数々の功績を上げた英雄であり、国内にその名を知らない者はいないと謳われるほどだ。


 なお、その中身は戦国日本よりの転生者・松永久秀であり、その若さに似合わぬ老獪さは、戦国時代を七十年も駆け抜けた戦国の梟雄なればこその智嚢であった。


 馬車などに乗らず、敢えて姿を誇示するために愛馬に騎乗する姿は、街道を往く人々に畏怖の念を与えるのに十分であった。


 また、一際目立つのは、その若き英雄を固めるのが、二人の女性であるからだ。


 一人はヒーサと同じく甲冑を身に着けており、女性とは思えぬ武人としての気配に包まれ、今一人はメイド服に身を包んでおり、まるで女神のような見目麗しさを備えていた。


 ヒーサの妻であるティースと、ヒーサの専属侍女であるテアだ。


 特に甲冑に身を包むティースの勇壮ぶりには、周囲の兵士も畏敬を抱くほどだ。


 なにしろ、“死産”という最悪の結果となってしまった初めての出産を経験しながら、まるでそれが無かったかのように気丈に振る舞い、夫であるヒーサに寄り添っているのである。


 何と言う気高き振る舞いかと、誰しもが感嘆としたほどだ。



(まあ、実際は“息子”を王位に就けるために、開き直っているのだがな)



 くつわを並べて進む妻の姿をチラリと見て、なんとも頼もしく感じるヒーサであった。


 二人の間には息子が生まれたのだが、それはすでに“死産”ということで処理されていた。


 代わりに、その息子はヒサコとアイクの息子と言うことになり、今はヒサコの手の内にあった。


 血筋で言えばシガラ公爵家の嫡男になるはずなのだが、実際はアイクの息子ということで、王家の血筋となっている。


 裏の事情を知らぬ者には、そのようにしか見えないのだ。


 いずれはこの状況を利用して、王位継承を狙うつもりであり、そのための布石として嬰児交換を偽装し、現在に至っていた。


 息子を生贄にすると言う非道な行いであり、ティースもそれに乗ってしまったがために、もはや自分自身も外道の仲間入り。ヒーサの事を責めれなくなってしまった。


 すべてはカウラ伯爵家の再興のためと、すべてを犠牲にする覚悟でこの件に臨んでいた。


 それを考えれば、人前で一切の弱味や泣き言もなく、気丈に振る舞うくらい造作もなかった。


 そんな威勢の大きさを誇示する一種の行進パレードであるが、それも終わりを告げる時がきた。


 向かう先の上空から、何かが飛んで来るのが見えたのだ。最初は鳥かと思ったが、翼もなく、しかも大きいので、すぐに人であることが分かった。



「前方より、なにか飛んで来るぞ。各員、注意せよ」



 隊列に従軍していた将軍のサームが、周囲に注意を促した。


 その声に反応して、ヒーサはすぐに望遠鏡を用意し、その飛んで来る何かを確認した。


 それは人。と言うよりエルフ。見覚えのある二人組であった。



「あれはアスプリク殿とアスティコス殿ですね。警戒の必要はなさそうです」



 そう言い放ったのは、上級司祭のライタンであった。こちらも望遠鏡を構えていた。


 つい最近まで“法王”を僭称していたが、ヨハネスの法王選挙コンカラーベ勝利によって、その必要性が無くなったため、事後処理として同行していたのだ。


 ヒーサも自身の望遠鏡で同じく飛んで来る二人の姿を確認したので、その場で行進の停止を命じた。


 それを受けてサームは合図を送り、程なくして隊列は整然と停止した。


 そして、飛んできた二人はヒーサのすぐ側に着地した。


 二人の表情はどこか重々しく、しかもアスティコスは肩を負傷しており、ただ事ではないことだけは誰の目にも明らかであった。



「何かあったか、アスプリク?」



 ヒーサは下馬して二人に近付いたが、当のアスプリクは何か言いにくそうにしていた。


 話さないといけないのに、話しにくい。そういう態度だ。


 それを察してか、横のアスティコスが口を開きかけたが、それをすぐにアスプリクが制した。この“失態”はちゃんと自分の口で報告しなくてはならない。そう考えたからだ。



「ごめん、ヒーサ。王都でとんでもない失態を演じてしまった。今は近付かない方がいい」



 詳細な理由はまだ聞いていないのでまだ分からないが、アスプリクがこの場に現れたと言う一事だけで、かなりの面倒事であることは容易に察することができた。


 その表情からは、怒りと、悔しさと、恥ずかしさが入り混じった複雑な感情はにじみ出ており、その心中を察するのは容易でないことを示していた。



「……サーム」



「ハッ! なんでしょうか?」



「夕暮れにはちと早いが、ここらで夜営するとしよう」



「よろしいのですか? 今少し進めば町がありますので、宿舎を手配することもできますが?」



「構わん。あまり周囲に聞かれたくない話をすることになりそうなのでな。部外者の多い街中には入りたくはない」



 そういう話になるのは、アスプリクの顔を見れば一目瞭然であった。


 サームは夜営の差配のために離れたが、その他の主だった顔触れはそのままだ。


 ヒーサ、ティース、テア、マーク、ライタンの五名がその場に残り、夜営の準備を進める周囲を横目に、飛んできた二人を半ば囲むように集まった。


 そして、その口から飛び出した言葉は、一人の例外もなく頭を殴られたような衝撃を受ける事となる。



「ジェイク兄が死んだ。僕の手で暗殺されたんだ。そして、それを手引きしたのがヒーサって事になっている。王都ではそう言う事になっていて、もう手の施しようがなくなった」



 あまりに衝撃的な言葉に、周囲はただただ茫然とするよりなかった。

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