11-10 踏み出す一歩! 勇気の出るおまじない!

(思いがけず、ヒーサと二人きりになっちゃった。どどど、どうしよう)



 普段の切れ者ぶりはどこへやら。


 今のアスプリクは年相応の、恋を知った少女の振る舞いであり、慌てふためいて考えが一向にまとまらなかった。


 どうしようかと悩んでいると、ヒーサの方が先に動いた。


 先程まで座っていた横長のソファーに腰かけ、その横をポンポンと叩いた。



(ひ、ヒーサが誘ってる!)



 仕事の話であるならば、面と向かって話すはずなのだが、すぐ横に座れと言う。であるならば、そう言う事なのだろうと考え、恥じらいながらもちょこんとヒーサの横に腰かけた。 


 間近に見るヒーサの顔はいつもより優しく感じられ、直視できぬほどの心臓が高鳴り、アスプリクはかける言葉が頭の中から吹っ飛んだ。



 そんなアスプリクに対して、ヒーサは優しく頭を撫でた。



「それで、まずは事の次第を聞いておこうか?」



「え、あ、うん。き、教団はヒーサの言う通り、風通しはだいぶ良くなっていたよ。ヨハネスも話が通じるし、今後とも付き合っていけると思う。ただ、前のめりには改革を進めるつもりはなくて、徐々に進めていく感じかな。端的に言えば、友好的中立、これに尽きる」



「ふむ……。まあ、現状としては上出来だな。よくやった、アスプリク」



 そう言って、ヒーサはまた撫でてきた。指を絡めて髪を梳き、尖った耳を優しく摘まんではくすぐったく感じる程度に弄んだ。


 褒められることに喜びを感じつつ、複雑な感情を抱く殿方と過ごせることを嬉しく思うも、仕事の話が先だと、心を鎮めるのに必死になった。



「それともう一つの、ジェイク兄の方なんだけど……」



「ああ、そっちはどうだ?」



「こっちはまだなんだ。明日にでも行こう、とは思っている。あっちも仕事が忙しいだろうからね」



 祭りの最中とは言え、宰相としての仕事は当然ある。また、この時期は地方の領主貴族が大量にやって来るため、その挨拶やら行事やらが目白押しなのだ。


 いくら兄妹とは言え、すんなり会えると言うわけではない。


 むしろ、先程のヨハネスとの会談ができただけでも、御の字なのだ。この忙しい時期に約を取り付けずに訪問して、門前払いにならないだけでも幸運であった。



「まあ、明日にでも使い番を出して、予定を空けてもらうようにするといい。お前との面会ならば、先方も無理をしてでも空けてくれよう。兄と妹、なのだからな」



「そう……、だね。そうだといいね」



 こうして背中を押してもらえるわけだが、やはり踏ん切りのつかないアスプリクであった。


 かつての心的外傷トラウマが頭をよぎり、それを黙認したジェイクを拒んでいた。


 そうなる原因は教団側の責任であるし、一概にジェイクのせいでもないのだが、それでも政治的理由に妹を切り捨てたことには違いなく、今更関係修復なんて、と思うのがアスプリクの魂にこびり付いた心の闇であった。


 いくらヒーサの後押しがあるとはいえ、やはり踏み込めない、壁を作る自分がいるのだ。


 数多の怪物を屠って来た百戦錬磨の大神官と言えど、このときばかりは年相応の、心揺れ動くか弱い少女に過ぎない。



「やはり、兄との関係は難しいかね?」



「うん……。今更、というのが正直なところ。ヒーサの所が羨ましい、って、中身は一緒か」



「ハハッ、そうだな。ケンカはしようがないわな。まあ、演技でケンカしているっぽく見せる場合はあったが」



「こっちは、演技でもなく、本当のケンカだよ。まあ、ジェイク兄が全面的に非を認めて、謝ろうとしているんだから、僕がその差し出された手を握れば即解決なんだけどさ」



 その一歩が難しい、そう思うアスプリクであった。


 理性ではそうするべきだと分かっているのに、感情がそれを拒むのだ。



「なら、一歩を踏み出す勇気を与えるおまじないをしよう」



 ヒーサは俯き加減であったアスプリクの顎を掴み、クイッとそれを上げさせて、自分と少女の唇を重ねた。頬への口付けではなく、唇同士が重なり合う、かなり“濃い目”の接吻を、である。


 あまりの突然のことにアスプリクは目を丸くしたが、それもすぐに解れた。絡み合う舌が少女の心を溶かしてしまい、抑え込んでいたヒーサへの想いを、奔流に化けさせた。


 アスプリクは目を閉じ、想い人の温もりを貪るように舌を絡め、手を相手の首に回し、さらなる熱い抱擁を求めた。


 ヒーサもそれに応じて、アスプリクの背と頭に手を回し、しっかりと抱き締めながら、長い長い口付けを続けた。

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