11-3 聖山訪問! 裏参道を駆け上がれ!
眼下のごった返す街道の人々を見下ろしながら、空を飛んでいく妖精が二人。【
「いや~、ほんと凄いね。密度的には、王都の大通りより過密だわ。しかも、もう夕刻よ」
人混みに慣れていないアスティコスは、熱気に当てられて若干酔った気分になっていた。大樹海のエルフの里を出てから一年も経っていないため、この人の多さには圧倒されっぱなしであった。
「祭りの最中は、夜間参拝も認めらているからね。ピークは過ぎているけど、夜は夜で雰囲気が変わるから、敢えて日没後に来る参拝客も多いし、現役時代は大変だったわよ」
「やっぱり神殿に詰めてたってこと?」
「まあね。一般的な順路だと、表参道から中央神殿に参拝して、そこから五色の神殿を順繰りに回るってのがお約束ね。あと、お布施を弾んで、祈祷を願い出たり、定期的に説法会を開いたりとか、ひっきりなしに駆り出されたね」
ちなみに、アスプリクは火の神殿にて、祈禱役をこなす場合が多かった。
(涜神の僕がやる祈祷に、ご利益なんてないんだけどな~)
などと不信心な思いを抱きつつ、二人は山の裏手の方へと回った。聖地の上空は飛行、というより術式全般に禁令が出されているため、山裾を縫うように飛んでいった。
こちらには普段あまり使われない裏の参道があった。一部の聖職者が使う通用門的な扱いであり、一般の参拝者は使用が禁止されていた。
その裏道の入口付近に着地すると、すぐに警備の兵士らが駆け寄って来た。
「どこのどなたですか!? 聖地近くを飛行し、あまつさえ裏口から入ろうとするなど!」
声をかけてきたのは、法衣に身を包んだ者であり、すぐに聖職者であると分かった。
裏口の警備状況を知っているアスプリクは、その聖職者が警備責任者だとすぐに判別できた。と言うのも、裏口には常時十数名の警備兵が常駐しており、その取りまとめ役として聖職者が配備されるのが常であったからだ。
聖山では術式の使用が禁止されているが、いくつかの特例があり、その内の一つが警備員による通信系の術式使用であった。門や参道で問題が発生した場合、すぐに上へと連絡して指示を仰ぐため、この特例が認められていた。
伝令を出していては、この長い階段を昇降するのは時間がかかり過ぎるのだ。
そんな事情を知っているので、アスプリクはその責任者に歩み寄り、自らの姿を誇示した。
「おやおや、僕の顔を見忘れたのかい?」
「……あ」
警備員はすぐに気付いた。
アスプリクの容姿は極めて特殊だ。癖のない銀色の髪に深紅の眼、そして、象牙細工のごとき白い肌と尖った耳。
一度見れば、決して忘れられない特異な容姿の少女、その正体はすぐに知れた。
「あ、え、っと、アスプリク様!? なぜこのようなところに!?」
不意打ちに等しい登場に、さすがの警備担当者も困惑した。
祭りの最中は珍しい来客があったり、表の参道を避けて裏から入ろうとする“特例”の貴族が現れたりと、裏口も裏口で忙しいのだが、あまりに予想外過ぎる来客に、判断に迷っているようであった。
(とはいえ、問答無用で捕縛しないところを見ると、歓迎はされずとも、敵対の意図はなし、と言ったところかな)
その点では、アスプリクもひとまず安堵はできた。
実力行使で来られても返り討ちにするくらいはできるが、一応名目上は“友好親善大使”という感じであるため、荒事は避けておきたかった。
「そ、それで、今日はどのようなご用件で?」
警備員からのこの問いかけも、自身の立ち位置を知る上で重要な要素であった。
(今の話し方は“来客”に対するもの。つまり、僕は火の大神官ではなく、部外者と認識されているってことだ。それも悪くない)
喜ばしい事に、どうやら勝手に法衣を脱ぎ捨てたことを咎められることなく、還俗したことを認めてくれていると、アスプリクは確認できた。
思っている以上にヨハネスが手を回してくれているようで、アスプリクとしては新法王に対する評価を高めていった。
「単刀直入に言うとね、法王聖下への、新任のご挨拶に来たんだ。シガラ公爵の代理人として」
これも嘘ではない。ヒーサからはすでにその旨を伝えられているし、情報の擦り合わせを兼ねた事前交渉すら依頼してきたほどだ。
(当然、あちらもシガラとの接触を図りたいと考えているし、断る理由はないだろうしね)
すでにアスプリクがシガラ公爵領に移り住んだことは知れ渡っている。シガラからの使者として顔を出したとしても、別段不思議ではなかった。
「失礼します、少々お待ちください」
警備の聖職者は断りを入れて、アスプリクから少し離れた。通信系の術式で“上”と連絡を取り合っているようで、どうにかなりそうとアスプリクは連れ合いのアスティコスにガッツポーズを送り、事の成り行きが上々である事を示した。
(改革はほんと、進んでいるようね。風通しが良くなってきている)
見上げる山は祭りとあって、あちこちが飾り立てられ、夜空の星のごとく輝いていた。
裏からでこれなのであるから、表からの参道の眺めや、正面の神殿の華やかさはさぞや煌めいて見える事だろうと、アスプリクは思った。
(そういえば、“星聖祭”の景色を、山の下から眺めるなんて、結構久しぶりだな)
十歳の頃には神殿に放り込まれ、祭りの際には儀式やら何やらで、山の上で働いていたのだ。
祭りを楽しむ余裕などなく、ただただ言われるがままに職務をこなしてきた。
今こうして祭りの中にあっての静けさを感じ入られるなど、少し前までは考えもしなかった事であった。
「色々あったもんな~。ヒーサに出会ってから、何もかもが変わった。僕を縛る法衣を脱ぎ捨て、ささやかな家を持ち、そして、叔母上とも出会った」
「そうね。私も変わったわ。ほんの一年前まで、森を出るなんて考えもしなかったもの」
なお、エルフの里を焼き払った(原因を作った)のはヒサコであり、今はその兄であるヒーサの世話になっているのだ。
人生何があるのか分からないなと、姪と叔母は笑顔を交わすのであった。
そこに上からの指示が来たのか、警備の聖職者が戻って来た。
「アスプリク様、こちらからの許可が出ました。お通り下さい。法王聖下は現在、
「では、御相伴にあずからせてもらうね」
これもアスプリクにとっては、悪く無い反応であった。
食卓を囲んでの会談となると、上下無しの対等な関係での場となる。どうやらヨハネスも元同僚として扱うのではなく、親善大使として迎え入れると察しのいい対応をしてくれたと判断した。
「上まで輿を使われますか?」
「そこまで衰えてないわよ。んじゃ、行くとしますか」
アスプリクは
山上の神殿まではゆうに千段を超える階段があり、昇り降りも大変であるため、高齢の聖職者にはきつい現実がそこにはあった。
そのため、輿を用意してもらうのがいつものことであった。
また、術式を用いた肉体強化も認められていた。階段を上る行為自体、神の国へと足を踏み入れる前段階の修行と見なしており、【
「風の精霊よ、我が意に応えよ。自由に流れゆく姿は、我が足取りを軽くする、【
アスティコスは自身とアスプリクに風の精霊をまとわせ、凄まじい勢いで階段を登っていった。
風に背を押させ、それと一体化したような感覚となり、重さをあまり感じなくなるほどに体が軽くなっていった。
まるで平地を駆けるがごとくに山道を階段を駆けていき、二人は山上の神殿を目指した。
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