悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
10-41 出産! 約束された死産と、奪われし赤ん坊!(後編)
10-41 出産! 約束された死産と、奪われし赤ん坊!(後編)
「本当に……、やるんですか?」
「無論」
素っ気ない夫の反応に、ティースは
なにしろ、これからヒーサの提案した計画に乗り、王家簒奪に乗り出すのだ。自分も、マークも、共犯者となる。
否。すでに“成っている”のだ。全てを奪い尽くす側に回る事に。
本来、実直な性格のため、この手の謀略には無縁であった。勘が鋭い事もあって見破る事は出来ても、そうした外道な行いを実行するのをよしとしない、そういうのが自分だとティースは考えていた。
だが、今この瞬間から、自分もまた夫とする目の前の男とともに、悪辣な策を駆使して進んで行くことになる。
奪われる側から奪う側へと、自分の身の置き所を変えてしまうのだ。
ナルを失った今、目指す伯爵家の復興には、これしかないと考えた末の結論だ。
それでも今し方、産みの苦しみを経てこの世に生を受けた自身の子供を、生まれたその日に生贄に捧げ、将来の栄達の糧とするのは、やはり気が気でなかった。
動かぬ死体とは逆方向、産湯で奇麗に現れた赤ん坊は丁寧に布で包まれ、トウの腕の中に納まっている。本来ならば、自分が抱きかかえるはずの子供が、他人の手に委ねられるのは耐え難い事であった。
まして、その赤ん坊の行く先が、父兄の仇である
だが、この子はいずれ王となり、位人臣を極める存在となるのが規定の流れであるが、血を分け与えながら母と名乗る事も出来ぬ我が身を、ただただ恥じ入るばかりであった。
どう言い訳しようとも、悪辣な計画に乗っかり、我が子を捨て去る点には変わりないからだ。
もちろん、秘密を知る者はごく少数であり、共に大事を成す“共犯者”であるから陰口を叩かれることはない。
しかし、母が子を生贄に捧げる事をよしとした、と言う点において、自身の背負う罪過は特一等のものであると言う認識が、ティースの中に根を張りつつあった。
そのせいか、無意識に“死んだことにする我が子”の方へと、ティースは手を伸ばしていた。
「お願い……。ほんの、ほんの少しで良いから、その子を」
「ダメだ」
無慈悲なまでに拒絶するヒーサの視線は、まさに悪魔にも等しい。計画の邪魔になりかねないものの一切を排除する、そう釘をさす視線であった。
「ほんの僅かでも手に温もりが残り、赤子の感触を覚えてしまえば、母として情が移る。そんなものは、これからの計画に不要なものだ」
母子の間にある感情を全て切除してこそ、この計画は成し得るのだ。そう言わんばかりの徹底したやり口に、ティースは恐怖のあまり手を引っ込めた。
臍帯が切除されたその瞬間から、血の繋がりも、情の繋がりも、一切が否定された。
そして再び、動かぬ赤ん坊に視線を戻すティースは、冷たくなった小さな頭を撫でるのであった。
そこには確実な死が小さな体に満たされており、手から伝わる冷たい感触が律義にそれを思い知らせてきた。
自分の子供は死んだ。そう言い聞かせるも、心は正直なのか、涙がとめどなく溢れてきた。
「では、任せたぞ」
ティースに背を向け、トウに赤ん坊を抱えさせたヒーサは【
本体と分身体を入れ替えるスキルなのだが、見た目の変化もなければ、使ったと言う発光等の現象も見られない。ただただ、意識がそれぞれの体を入れ替えるだけだ。
唯一違う点は、本体の側には必ず女神がいると言う事であり、【
手荷物程度であればそれで瞬時に移動できるため、かなり使い勝手のいいスキルなのだが、連続使用ができないという欠点があるため、いざと言う時しか使い事はしなかった。
そして、トウは赤ん坊を抱えたまま、シュッと消えてしまった。
「本当に使えたんだ……」
先程までトウが立っていた場所を凝視し、マークは驚いてそう呟いた。
【
だが、実際に目の前でやられると、それを信じざるを得なかった。
なお、ヒーサが敢えて見える形でスキルを使用したのは、裏切りは無意味だぞと、ティースやマークに釘を刺しておく意味があった。
いきなり消えたり、現れたりする相手に対しては、大抵の対抗手段は無意味となる。
これ以上に無い警告と言えた。
そして今や、遥か彼方のヒサコが本体となり、今この場のヒーサが分身体となった。
男女の差異はあれど、兄妹を操作しているの戦国の梟雄・松永久秀であり、その体はこの世界における
そのヒーサがクルリと振り向き、冷たい赤ん坊を撫でるティースに歩み寄った。
そして、身を屈め、その耳下に口を近付けた。
「お疲れ様、ティース。これで計画は上手くいく。協力に感謝するよ」
心無い台詞ではあるが、ティースにはもうそれに対する抗議はできない。夫がこれからどれほど陰惨な計画を進めようとも、共犯者となったからには道は二つしかない。
計画を成功させて栄達するか、失敗して破滅するか、この二つだ。
「ヒーサ……、これでよかったんですよね?」
「ああ。これでよかったのだよ。ティース、お前は真に我が花嫁となった。ククク……、梟雄の妻としては、今少し成熟せねばならんが、今はよしとしよう」
ヒーサは気落ちするティースの頭を撫で、乱れた髪をその指で梳いていった。
それを見ていたマークは憤りを覚えつつも、自身も加担した計画であるため、抗議の声も怒号も発することなく、ただただ見つめるだけだ。
後味の悪さが残る分娩室ではあるが、後々にこの悪行が美味しくなって返ってくると思えばこそ、耐えれると言うものであった。
部屋の外で待機する家臣団の面々に“残念な結果”を伝えねばならないが、少しティースが落ち着くのを待ってやろうと、柄にもなく優しさを見せるヒーサであった。
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