10-34 転身!? 農夫姿の白無垢の聖女!

 ティースとの強引な協力関係を築けた翌日、ヒーサはもう一人の重要な協力者の下に訪れていた。


 名目上はテアを伴っての、農場の視察という体裁であったが、実際は“共犯者おともだち”との話し合いの場を持つためであった。



「ヒーサ、いらっしゃい! 歓迎するよ」



 とある農村にある一軒家で、出迎えるのはアスプリクであった。


 アスプリクは神殿を抜け、火の大神官の職を辞すると、そのままシガラ公爵領に移り住み、ずっと各地の農村や工房を回って、その指導に当たっていた。


 齢にしてまだ十四歳の少女であるが、国内でも一、二を争うほどの術士であり、ヒーサの推進する術式を用いた農業や工業に携わり、その術の腕前をいかんなく発揮していた。



「いつも通り忙しそうだな、アスプリク。例の地熱向上の常駐術式はその後どうだ?」



「いい感じだよ~。あれなら、冬場の圃場でも、魔力源さえ確保できれば、作物を育てる事が出来るはずだよ。ヒーサの考えていた、二毛作ってやつもできるかもね」



「おお、それは何より」



「大豆と麦を交互に植えて、三年で五作をやるって、すんごい効率いいわ」



 試験的に始めた方法であったが、その成果は十分であった。近々大々的に始める予定であるため、現場から賛同の声が上がるのは、事業主として嬉しい限りであった。



(まあ、本来は米、麦、大豆を循環させるやり方なのだが、まだ米を輸入できていないし、なにより気候がちと寒いのがな~)



 茶栽培ですら、コスト度外視で作った特別な畑が必須であったのだ。米の栽培もかなりの難易度になると見ており、今はその余裕がないのが残念であった。


 とはいえ、食糧増産の目途は立っており、それについては満足する結果となっていた。


 なによりヒーサにとっての目に見える変化は、目の前にいる少女の性格が、以前とは比べ物にならないほどに丸くなったことだ。


 出会った頃のアスプリクは、刺々しい雰囲気を身にまとい、誰に対しても壁を作っている、そういう近づき難い存在であった。


 王の娘として生まれながら庶子として虐げられ、術の才能が強すぎたため誰からも恐れられ、挙げ句に無理やり入れられた神殿では、怪物モンスター達と戦わされるか、他の幹部連中の慰み物となるかの、死と屈辱の入り混じる生活を強いられてきた。


 それをヒーサが解消してやると、今では年相応の笑顔を見せてくるようになった。


 かつてのは白化個体アルビノにして半妖精ハーフエルフという特異な容姿のため、白い魔女だの、白の鬼子などと呼ばれていたが、今では“白無垢の聖女”と呼ばれるようになっていた。


 誰からも愛される事なく育った少女は、この公爵領においては誰からも頼りにされ、愛される存在になっていた。


 それもこれもヒーサが用意してくれた、数々の方策が実を結んだ結果であると考えており、アスプリクのヒーサに対する信頼は絶大であった。


 今もこうしてヒーサを温かく出迎えるのが、まさにその証左と言えよう。



「まあ、ヒーサの所の屋敷と違ってなんにもないけど、ゆっくりしてってよ」



 実際、今のアスプリクの住居は極めて簡素であった。


 かつては王宮や、あるいは神殿の高位神職が住まう豪華な部屋が宛がわれたりしていたのだが、今ではそこいらの庶民の暮らしと何ら変わりない。


 望めばそれ相応の邸宅を宛がう事も出来たのだが、誰かにかしずかれるのが何だか肩が凝るということで、こじんまりとした生活を好むようになった。


 実際、今は叔母であるアスティコスと一緒に暮らしているだけで、監視も兼ねた従者も護衛もいない状態であり、実にのびのびと暮らしていた。



「まあ、そこまで長居するつもりはないよ。一応、お忍びできたとは言え、公爵が妊娠中の嫁を放り出して、別の女の所に出掛けている、なんて評がついてしまうと色々困る」



 などと、ヒーサは冗談めかして述べたが、アスプリクはそれが少しばかり不満であった。


 アスプリクは今までの人生の歩みの中で、誰かを好きになったという経験がないし、逆に愛されていると感じたこともなかった。


 家族や王宮の人々からは基本的に煙たがられ、腫物に触れるかの如く扱われてきた。神殿においても、力を利用されるか、弄ばれるかであり、何もかもを呪ったほどだ。


 だが、ヒーサが目の前に現れて、世界の風景ががらりと変わった。


 あれほど息苦しかった神殿の空気が変わっていき、今では法衣を脱いでも誰からも咎められることなくのびのびと暮らしていけた。


 叔母のアスティコスとの交流を経て、家族と言うのも悪くないなと認識をも覆し、性格も随分と丸くなってきた。


 怪物や亜人との戦闘に駆り出され、いつも危険と隣り合わせの生活も、いつしか畑を耕し、作物を育てる真っ当な暮らしへと変わっていた。


 そんな自分にとっての居場所を提供してくれたのが、目の前にいるヒーサだ。


 ヒーサが優しいだけの真人間ではない事も知っているし、色々と秘密を共有して“やんちゃな事”をやった記憶もある。


 そんな裏も表も晒し、あるいは晒されても、何一つ臆することなく、態度一つ変えずに付き合ってくれるヒーサが、アスプリクには非常に好ましく思って久しい。


 ただ、残念な事に、ヒーサはすでに既婚者であり、アスプリクはその恋心をヒーサに告げる事は決してなかった。


 なお、隠す態度があまりに不器用すぎたため、ヒーサやアスティコスにはバレバレではあったが、そこは二人揃って空気を読み、気付かぬフリを続けていた。

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