9-40 もう一つの戦果報告!? んなわけあるかと総ツッコミ!

「さて、皆にもう一つ重大な発表がある」



 戦果報告に湧き立つ皆を制し、ヒーサの次の言葉を聞こうと口を閉じていった。



「すでに聞き及んでいるとは思うが、アーソの地において代官として派遣されていたアイク殿下が、『六星派シクスス』の手によって暗殺された」



 ヒサコが帝国領に侵攻して、ほどなく発生した事件だ。


 アイクが急に高熱を発し、そのまま亡くなるという痛ましい事件であり、これによりヒサコは僅かに一月あるかどうかという新婚生活に終止符を打たれた。


 ヒサコとアイクを引っ付け、彼の持つ王族としての立場を利用し、いい様に操って勢力拡大の一助にしようと目論んでいた松永久秀としては、完全に予定外過ぎる出来事であった。


 確たる証拠があるわけではないが、これによって利益を得るのは帝国側であり、王国側の混乱を狙った陰謀であると、状況証拠からほぼ全員がそう考えていた。


 唯一、ティースだけが、ヒサコがやったのではないか、と穿った疑いをかけていた。


 今もそのことで口を開きかけたが、主人の感情を察したナルとマークによって制された。


 二人はほぼ同時にティースの肩に手を置き、静かに控えておくようにと押し留めたのだ。


 今、ヒサコは王国中に名声を轟かせている。押しも押されぬ英雄にして聖女であり、それに対して確たる証拠もなく嫌疑をかけるのは、立場を危うくしかねない。


 そう思えばこその制止だ。



(まあ、それも狙いの一つなのだがな)



 さりげない三人のやり取りを横目に、ヒーサは平静を装いつつも、心の中では笑っていた。


 すでにこの三人にはヒサコこそ、『シガラ公爵毒殺事件』の実行犯であることが知られており、前のカウラ伯爵ボースンおよび嫡子キッシュを葬った張本人だということが確定していた。


 父と兄の仇であり、ティースはヒサコを始末しようと、虎視眈々と狙っていた。


 だが、ヒサコが犯人であるという証拠は、“箸の使い方”というあやふやなもので、それのみを証拠とするのでは弱い。


 ヒーサがヒサコから聞いたという証言もあるが、それも昨今のヒサコの名声の高まりによって、かき消されつつある。


 仮にこれらを世間に公表したとしても、おそらくは誰も乗ってこないであろう。



「聖女様がそんなことするわけがない!」



「仲の悪い義妹に対する、僻み以外のなにものでもないな」



「よしんばそれが事実であったとしても、一伯爵の仇討ちのために、国家存亡の危機に立ち上がる英傑を損なう気か!?」



 こう言われるのがオチである。


 ゆえに、ヒサコを始末するのであれば、誰にもバレないように暗殺しなくてはならない。


 そして、ティースの手元にはナルとマークと言う、腕利きの暗殺者にして工作員が存在する。この二人を使えば、ヒサコを暗殺することも可能だ。


 だが、戦地に赴いて暗殺するにはあまりにも距離があり過ぎるし、警戒もされているだろうことは容易に想像できた。


 おまけに、二人が長期間いなくなる理由も考えねばならない。


 そう考えると、国内に戻って来てからでないと、ヒサコの暗殺は難しい。



(……てなことを考えているのだろうな)



 ヒーサには女房ティースの考えていることなど、お見通しであった。


 だが、そうだからと言って油断のできる状況でもない。前面の帝国軍と戦いつつ、ティースに暗殺の機会を与えないように気を配り、その上で魔王を討滅しなくてはならないのだ。


 やる事が、思いの外に多い。


 色々と考えつつも、話を続けた。



「でだ。アイク殿下は亡くなられたが、未来は残してくれていた」



 ヒーサの言わんとすることが見えて来ず、皆が首を傾げた。


 そして、次の言葉に全員が絶叫することとなる。



「ヒサコがちと孕んだ」



「「「はぁぁぁ!?」」」



 その場の全員の、心の底からの絶叫であった。


 驚いていないのは、ヒーサを除けば、前もって事情を知っていたテアだけだ。


 特に驚いているのはティースであり、身重にも拘らず、思わず席を立って身を乗り出してくるほどだ。



「状況が全く理解できません! 詳しい説明を!」



 ティースの質問は誰しもが抱いているものであった。


 なんで戦場にいるはずのヒサコが孕むのか、それが全く理解できないからだ。


 ヒーサは慌てふためく皆を制し、話を続けた。



「まあ、あれだ。ヒサコはネヴァ評議国から戻って来て、それからはずっと殿下と一緒に過ごしていたのだ。結婚することも決まっていたのだし、まあ、その、なんだ、機会くらいはあったのかなぁ、と」



「いや、まあ、それはそうですが……、ねえ?」



 ティースは周囲を見渡したが、全員困惑の表情を浮かべていた。


 可能性としてはなくはないが、それでも“あの”アイクがそんなことするのか?


 それ以前に“できるのか?”という疑問が生じてしまうのだ。



「病弱な殿下が、ヒサコ殿相手に床合戦ですと……?」



 何気なく漏れ出たカインの言葉こそ、周囲の心情を代弁していた。


 そして、誰しもが思った。“無理であろう”と。



「……で、実際のところは?」



「それがよく分からん。まあ、サームからもそれっぽい話が届いてはいるのだが、気が気でないと言ってきている。腹も膨らんできているみたいであるし、早く帰国して欲しいと何度も申し出ているそうだが、一向に聞き入れないそうだ」



「と言うか、やっぱり無理では!?」



「ティースよ、疑うのは良くないぞ。まあ、本当に孕んでいるのであれば、さっさと戻って欲しいとは思うが」



 ティースは露骨なまでに疑ってきているが、実際に会って確かめる事はできないため、あくまで疑惑に過ぎない。


 確信を以て“嘘である”と見抜いているのは、裏事情を知るヒーサとテアを除けば、アスプリクだけであった。


 アスプリクはヒサコが存在しない人間であることを知っていた。ヒーサの術によって生み出された分身体であり、その“実体のある幻影”が孕むなど、絶対に有り得ないからだ。



「まあ、あのアイク兄もやる事はやってたってことでしょ。ヒサコは“黙っていれば”美人なんだし、そもそも趣味も気が合う二人だったんだし、何かの拍子にってのもまあ、なくはないんじゃないかな」



 嘘だと分かっていても、ヒーサがそう言う言葉を発したと言う事は、何かしらの意味がある言葉なのだろうと判断し、アスプリクはヒサコ懐妊に沿う発言をした。


 周囲も信じられないという思いが強かったが、信頼できるサームからの報告に加え、アスプリクの擁護もあって、どうにか半信半疑という状態まで持っていけた。



「でも、そうした場合、生まれた子供ってどういう扱いになるんですか?」



 これはルルが尋ねた。


 難しい内容ではあるが、避けては通れぬ話でもあった。


 もし、ヒサコが無事に出産できた場合、それはアイクとの間に生まれた子供であり、当然王族の一員となる。


 次の王位はアイクの弟で、現在の王国宰相のジェイクが担うことになる。


 そうなると、分家として新たに家を興すことになるのか、あるいは俸禄を貰ってジェイクに仕えるのか、それが微妙なところとなる。



「まあ、私としてはヒサコにはこのままアーソ辺境伯領に留まり、当地を治めてもらおうと思う。で、辺境伯の称号はジェイク閣下の御子がいずれは継承するつもりでいるし、それと結婚して家を興す、というのはどうかと考えている」



 無論、ヒーサのこの発言は自己都合ばかりの発言であり、そう上手くいくとは限らない。そもそも、ヒサコの妊娠自体“嘘”であるし、ジェイクにはまだ娘一人で、次が生まれてくるとも限らないのだ。


 アーソの地の事を思えば、ある意味では理想的な“政略結婚”ではあるが、まだ生まれてもいない赤子二人に押し付けるのは、さすがにどうかという反応が見られた。



「公爵閣下の意見ももっともではありますが、まだまだ先の話でもありますし、慎重に検討するのがよろしいかと。生まれてもいない子供のことで悩んでも、仕方ありますまい」



 当事者でもあるカインとしては、こう言わざるを得なかった。


 ジェイクの妻クレミアは自身の娘であり、孫が最終的にアーソ辺境伯に返り咲くという話であるからこそ、シガラ公爵領でそのための下準備をしている段階なのだ。


 王家に加え、公爵家とも縁続きとなるのは、孫の治世をより強固にすることは疑いようもなかったが、そもそもまだ生まれてもいないのであって、皮算用どころではない話だ。



「まあ、結局は生まれて来てから悩む話ではあるな。そもそも、息子なのか、娘なのか、それすら分かっておらんのだし、せっかちに過ぎたな」



 ヒーサは笑って誤魔化したが、ヒサコ懐妊の話は周知させることができたので、これはこれでよかった。


 ヒサコが子供を産むかもしれない、この情報を拡散させれただけで十分すぎる収穫であった。


 なにしろ、ヒサコが子供を産むのではない。すぐ横にいるティースが子供を産み、それをヒサコの子供として育てる事を、すでに頭の中に描いているからだ。



(あとは時間を稼ぎつつ、ティースを“納得”させた上で、生まれた我が子をヒサコの子供と偽装する。そうすれば、王家の血を引く私の子供が出来上がる。喜べ、ティースよ、お前の子供がそのうち、この国の王様になれるのだぞ)



 当然、自身は摂政として国政を壟断し、思いのままに振る舞えるようになる。


 実に楽しみな未来図だと、ヒーサは笑いを堪えるのに必死にならざるを得なかった。

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