9-12 誤算!? 悪役令嬢、新妻から未亡人になる!

「「え……?」」



 それはあまりの予想外過ぎる報告に、ヒーサとテアが同時に漏らした言葉であった。


 アーソからヒサコの下へ駆け込んできた使者曰く、アイクが亡くなった、ということだ。


 アイクは留守居としてアーソにおける政務の担当者であったポードと共に残留しており、新妻ヒサコの心配をしながら、安全な後方に控えているはずであった。


 にもかかわらず、いきなりの訃報である。


 もし、アーソが帝国領に侵入したヒサコの部隊を無視し、迂回機動で襲撃してきたというのであれば、その旨も使者は伝えるはずである。


 にも拘らず、使者はアイクが亡くなった事だけを告げた。



「ふむふむ……。急に熱が出て来て、そのまま死んだ、か。毒の可能性が高いな」



「あんたまさか……!?」



 テアは後ずさりしながらヒーサから離れ、そして、睨み付けた。この手のやり口は、どう考えても目の前の男のそれであり、露骨に疑った。



「おいおい、バカを抜かせ。この状況でワシがアイクを殺害する理由があるとでも思っておるのか?」



「いや、まあ、それもそうなんだけどさぁ……」



 普段が普段だけに、毒殺、暗殺をしそうでついつい疑ってしまうのであった。


 だが、ヒーサの言う通り、今の段階でアイクを殺すメリットが何一つない。


 目の前の男は平然と人を殺し、顔色一つ変えずに毒を盛れる。


 だが、利益にならないことは決してしない極めて合理的な性格もしており、今回は明らかにそれから逸脱していた。



「はっきり言うぞ。今回のアイクの死は、完全に計算外の出来事だ。そもそも、ヒサコはアイクと結婚することで、実質王族待遇を手に入れたのだぞ。そんな重要な錦の御旗を、自分で破り捨てるとでも? しかも、戦の真っ最中に」



「ああ、うん、そう言われるとそうだわ。仮に殺すとしても、それを利用する状況を作ってからするでしょうし、今回は明らかに利用できない状況だもの。あなたらしくない」



 強欲で信用ならないからこそ、逆に益にならないことはしない、という信頼感があったのは皮肉としか言いようがなかった。


 今回のアイクの死に、目の前の男の関与はない。


 そもそも、裏も表も全部知る共犯者めがみに対して、嘘を付く理由もないのだ。



「となると、誰がアイクを……?」



「この状況でアイクが死んで得をする存在。ほぼ間違いなくジルゴ帝国だ。下手人は黒衣の司祭カシン=コジか、その配下の『六星派シクスス』の狂信者あたりか」



「有り得る、わね。アイクはお飾りとはいえ、総大将には違いない。錦の御旗がいきなりへし折られたら、誰だって混乱するわよ」



「フンッ! 乱取らんどりの仕返しが暗殺とは、なかなかにやってくれるな、カシンめ!」



 ヒーサは黒衣の司祭の顔を思い浮かべ、不機嫌そうに机に拳を振り下ろした。折角手に入れた王族と言う看板をいきなり燃やされてしまい、これで大きく計算が狂うことになってしまった。



「でも、本当にどうするのよ? お飾りとはいえ、アイクがアーソのおける責任者だったのよ? いきなり総大将が討ち死にしたって事なんだし、兵は動揺して士気に関わるわ」



 テアに指摘されるまでもなく、それはヒーサも危惧していた。


 ヒサコは“聖女”の肩書を付与され、高い名声を誇っているが、それでは不十分であった。アイクと婚儀を結ぶことにより、疑似的に王族の仲間入りをし、その権威と権限を借りることで、アーソの統治を円滑にすることを目論んでいた。


 それがいきなり損なわれたのである。穴埋めに第三王子のサーディクを派遣するなどと言う流れになってしまえば、今までの準備がすべて損なわれる危険があった。



(まあ、それを狙ってカシンが仕掛けてきた、と見れなくもないか。ああ、本当に嫌らしい奴だ)



 逆侵攻で相手の予定を狂わせたというのに、今度はこちらが崩されてしまった。実に忌々しいと、ヒーサは苛立ちを隠さず、もう一度机を叩いた。


 その時、ピンと何かが閃いた。


 すぐにそのことを頭の中で検討し、実行可能なのかどうか、あるいは効果があるのかどうか、それを多角的に検討し、最終的に一つの結論に達した。


 そして、側にいたテアが気でも触れたかと思うほどの薄ら笑いを、ヒーサは浮かべた。



「え、あ、ちょ、な、何……!?」



「ククク……、よもやと思って仕掛けておいた種が、ここへ来て発芽するか! 下準備に今少し手間がかかるし、“ナル”を犠牲にすることになるが、上手くいけば完全にティースを騙して、こちら側に引き込むことができる!」



「え? ナル? ティース?」



 なぜ遥か異国の戦場の事で、ティースやナルの名が出るのか。それも“犠牲”になるのかが、テアにはさっぱり見えてこなかった。


 ナルは現在、ティースの側に、つまりシガラ公爵領に身を置いている。それがどこをどう捻ったら、犠牲などと言う言葉が出てくるのか、謎が多すぎた。


 特に、ティースを引き込むと言うくだりも気になった。


 現在、ティースは毒殺事件の裏事情に気付き、実行犯であるヒサコに対して、父兄の仇討ちという完全無欠の殺意を抱いている。それを引き込むと言う事は、殺意以上の理由を与えて、組み込むと言う事を意味していた。


 完全にキレているティースをどうやって説得しようと言うのか。あまりにぶっ飛び過ぎていて、テアには理解不能であった。


 だが、松永久秀ヒーサは新たに組み上げた悪巧みを実行する気満々のようで、不気味な薄ら笑いを浮かべていた。

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