8-50 一閃! 煌めく刀は全てを切り裂く!(2)

「さあ、いつでも斬りかかってきたまえ」



「構えもなしとは、なめやがって!」



 人狼の戦士は咆哮と共に大上段から、自らの大剣を振り下ろした。


 爆弾でも投げつけたのかと思うほどの衝撃が走り、土ぼこりを盛大に巻き上げた。


 しかし、そこには平然と立っている皇帝がいた。


 ほんの僅かだが体を後ろに動かし、大剣が直撃するのをよけたのだ。



「見事な威力だ。“当たっていれば”見るも無残なひき肉になっていただろうな」



「ほざきやがれ!」



 人狼の戦士は打ち付けた剣を、そのまま振り上げた。


 だが、これも切っ先スレスレのところで、またしても避けられた。



「な……!?」



「汝の剣を“線”と捉え、どこをどう通るのかを見切れば、僅かな動作で避けることは可能だ。間合いを掴むのは、基本中の基本であろう?」



 皇帝の言っていることは正しいが、初見の武器に、初見の相手に対して、完全に攻撃範囲を掴むなど、有り得ない現象であった。


 人狼の戦士は数多の戦場を駆け、無数の強敵と戦ってきた。だが、そのすべてを合わせても、目の前の男の“不気味さ”には及ばないと感じた。



「だったら、こういうのはどうだ!」



 人狼の戦士はもう一度剣を振り下ろした。


 これもあっさり見切られてかわされたが、その途中で剣の軌道が変わった。剛腕で無理やり振り下ろしを止めて、突きに切り替えたのだ。


 だが、これも予想されていたかのように体を捻ってかわされた。


 ここで、さらに突きも素早く払い斬りに切り替えた。またしても先読みされたかのようによけられたが、避けた瞬間に回し蹴りが飛んできた。


 まるで丸太をぶん回されるかのような蹴りによる一撃であったが、ここでとんでもない事が起こった。


 その回し蹴りが、皇帝の片腕で軽々と掴んで止められたのだ。


 両者の体躯を比べると、はっきり言えば、大人と子供くらいの差がある。人狼の戦士が巨躯であるからそのように見えるのだが、その体格差を以てしても軽く防がれたのだ。



「今のは良かったな。素早い剣の軌道変更に、さらに体術の合わせ技。我でなければ、頭が吹き飛ぶか、首がへし曲げられておったところだ」



 あれほどの連続攻撃を涼しい顔で凌ぎ切った。


 満足したのか、掴んでいた足を離し、不逞な笑みを浮かべた。



「さて、狼よ、続きをやるかね? それとも、我が軍門に降るかね? ああ、別に下るのは恥ではあるまい? 力及ばず破れたらば、相手に首を垂れてこれに従う。これすなわち、この国の習わしであろう?」



「っっざけんじゃねえ!」



 人狼の戦士は怒りの咆哮を放ち、あらん限りの力で大剣を振り回した。


 斬って、払って、突いて、時に体術も織り交ぜ、ありとあらゆる角度から攻撃を加えた。



「我は親切で言っているのだがな。実力の差は見せた。差があることを実感したのであれば、さっさと下った方がよいぞ」



 暴風のごとき連撃の中、皇帝はそのすべてを紙一重でかわし、なおも交戦の意志を消さない相手に剣を納めるように促した。


 だが、その返答は更なる斬撃であった。



「我は汝を殺したくはないのだよ。こういう風習の国であることは、すでに幾度も経験してきた。部族最強の戦士、ああ、そういう輩を何人も“殺して”しまったのだ。戦力の喪失、なんという無駄遣いか。戦を前に悲しい事だ」



「黙りやがれ!」



 もう一度強烈な大上段からの一撃だが、これもかわされた。


 だが、今回は紙一重で交わさず、後ろに跳躍して間合いを開けた。



「では、仕方ない。せめてもの礼だ。一撃で屠ろう」



 ここで皇帝が初めて構えた。剣をゆっくりと振り上げていき、頭上でぴたりと止まった。


 先程の意趣返しか、大上段からの斬撃なのは明らかであった。



「では、滅びよ。【秘剣・一之太刀いちのたち】!」



 まさに一瞬の出来事であった。雷が走り抜けたかと見間違うほどの素早さで、開いていた間合いが一瞬で詰まり、その勢いのままに刀が振り下ろされた。


 人狼の戦士はこれに反応した。相手の一撃は大上段からの斬撃であることは読めたので、自身の大剣で受け止めようとした。


 だが、本能が危機を察知し、パッと大剣を手放して身軽になると、後方に跳んだ。


 その一瞬あとに、閃光のような斬撃が振り下ろされた。


 それは斬撃と呼ぶには、あまりにも威力があり過ぎた。主に捨てられた大剣の刃は粉々になり、それでもなお勢いを失わぬ刀の斬撃は、地面にめり込むと同時に、大穴を空けるほどの衝撃となって周囲の空気を震わせた。


 人狼の戦士はとっさの判断で後ろに跳んだのが、正解であったと思い知った。もしあのまま受けていれば、粉々になった剣と同様に自分も真っ二つにされていたであろうことは明白であった。


 同時に、勝機を見出した。恐るべき一撃なのは認めるが、大技を放った後は隙が生じるものだ。全身全霊を以て打ち込んだ一撃であるならば、それに続く技などないため、体が硬直するのが常だと判断したのだ。


 着地と同時に皇帝に飛び掛かり、剛腕で締め上げる作戦に切り替えた。どれほど素早く動けようが、腕力勝負なら分はある。掴んでしまえば、そのまま捻り潰せる確信があった。


 案の定、反応が鈍く、振り下ろした状態のまま、硬直していた。


 掴んだ、そう思ったとき、皇帝の体はふわりと消えてしまった。まるで空気でも掴んだように、本当に姿形が何もかも無くなってしまった。



 ザシュ!



 何がどうなったのか、人狼の戦士は訳が分からなった。ただ一つ確かなことは、消えたはずの皇帝が自分のすぐ横に立っており、左脇腹から右脇腹に貫くように刃を差し入れていたことだ。



「ば、かな」



「【秘剣・神集かすみ】。今、お前が掴んだのは幻影だ。巻き上がった砂煙が、丁度良い塩梅の目くらましになったな」



 幻影を作り出して空振りを誘い、横から突き入れる皇帝の必殺技だ。最初の一撃で決めるつもりであったが、勘の良さで見事に避けられてしまったため、硬直したフリをして第二撃目を繰り出したのだ。


 硬直したと勘違いし、まんまと幻影に攻撃させ、相手の死角に回り込み、そのまま脇を貫く一撃をお見舞いした。


 驚きと激痛で顔を歪める人狼の戦士であったが、なおも戦意は崩さず、握り拳を作って皇帝に向かって振り下ろした。


 皇帝は刺した刀を抜き、振り下ろされた拳をギリギリでかわし、そのまま腰を深くかがめた。



「さらばだ、勇敢なる戦士よ! 【秘剣・捨之太刀しゃのたち】!」



 皇帝は胴を薙ぎながら払い抜け、そのまま相手を脇腹の辺りで上下に斬り裂いた。


 断末魔を上げることなく人狼の戦士は崩れ落ち、血と臓物を大地にぶちまけた。


 呼吸の乱れもなく、それどころか白無垢の直垂は泥ハネや返り血もない奇麗なままだ。その白い姿こそ、圧倒的な強さの証であった。



「おのれぇ! よくも兄者を!」



 決闘を見守っていた者の一人が激高し、剣を抜いて斬りかかって来た。他にも槍や斧などを握り、皇帝に殺到した。



「ひぃ、ふぅ、みぃの、八人か。この者だけでも損失だというのに、困ったものだ」



 なにしろ、皇帝は戦争を粉うために戦力を集めているのだ。皇帝の名において参集をかけ、四方の諸部族に戦力を抽出させ、軍を編成し次第に王国へ攻め入るつもりでいた。


 ところが、やって来る部族は“コレ”ばかりである。


 力を見せねば皇帝とは認められず、力を見せれば参集した者の多くが死体となる。


 今斬り殺した戦士は間違いなく部族内では最強であろうし、迫ってくる戦士もまた申し分ない強さがありそうだ。


 それを斬らねばならないのは、戦力増強を図りたい皇帝には、困り事でしかなかった。



「【秘剣・まろばし】!」



 見ている者には、何が起こったのか分からなかった。ただ単に剣を握る皇帝が、襲い掛かる戦士の隊伍を、するりとすり抜けたようにしか見えなかったからだ。


 だが、そんな単純なものではない。なにしろ、斬りかかった八人全員が縦に、横に、あるいは斜めにと、真っ二つにされたからだ。



「斬撃は線だ。線を外せば当たらず、線に沿わば当たる。相手の線を外し、“転じて”返す。何人でかかってこようが同じことだ」



 ここでもまた涼しい顔で崩れ落ちた戦士の死体の山を眺め、そして、勇敢なる戦士への手向けとして一礼した。


 皇帝直々の礼であり、最上の敬意と受け取らねばならなかった。


 疑いようもない最強の男。残った二百数十名の人狼は、一人の例外もなく膝を付いて、皇帝への忠誠を誓った。



「ふむ。参集に感謝する。我が親征の際には、存分に働いてもらうぞ」



「「ハッ!」」



 惜しい戦士をまたしても殺してしまったが、それもまたこの国の慣わしであると割り切ることにした。


 だが、これで終わりではない。続々と集まる諸部族をまとめるためには、まだまだ力を示さなくてはならず、それは死体を積み上げることを意味していた。


 穏当な説得により戦力に組み込めるのであればよいのだが、この国での説得とは、決闘裁判と同義であり、勝った方が正しいと認められるのが常なのだ。


 ならば、惜しくはあるが斬らねばならない。


 皇帝は血の付いた愛刀を布で拭いながら、次の到着を待った。

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