8-51 一閃! 煌めく刀は全てを切り裂く!(3)

 ジルゴ帝国皇帝は忠誠を誓わせた人狼族を、集合予定地点に向かうよう指示を出すと、彼らは実に従順にそれに従って出立した。


 力こそすべてである帝国の流儀に従えば、部族最強の戦士を堂々たる一騎打ちで打ち破り、その後に襲い掛かった八名を瞬殺するという、とんでもない剣技の冴えを見せ付けた。


 最強の者こそ皇帝を名乗るに相応しく、それを目の前の男に見出したからこそ、従順になったのだ。



「とはいえ、損失であったな」



 今は近侍に任じている牛頭人ミノタウロス単眼巨人サイクロプスが、斬り伏せた人狼族の戦士の遺体を片付けていた。


 文句なしに豪傑であったが、斬り伏せ、殺さねば、納得しない頑なさがあった。もし、戦列に加わっていれば大きな戦力となったであろうが、それは叶う事のない思いに成り果てた。


 皇帝は“この世界”に呼び出され、黒衣の司祭の勧めるままに皇帝を名乗ってから、こうした生活ばかりに少しだけうんざりしていた。



「合戦をするにあたって、兵力を集めるのは当然だ。だが、目減りする一方ではないか」



 無論、従順になった者は進んで前線に向かっているが、それらを率いるべき真の強者、各部族の勇者は次々と物言わぬ躯に成り果てた。


 実力があり、勇敢なる戦士を求めているが、求めていながらそれらを斬り伏せている、という矛盾が皇帝は気に入らなかった。


 この矛盾を解決するには、自分自身が前線に向かい、陣頭指揮を執り、先駆けにて敵陣に斬り込めばいいのだ。ただ一言、我に続け、この一言と共に突っ込めば、それだけで敵陣に大穴を穿うがてる。


 しかし、今は募兵の真っ最中だ。数で相手を圧倒するのは戦略上の常識であり、そのための兵力増強を図っていた。


 呼び集めても、その内の一番強い連中をことごとく斬り伏せてしまうのは、あまりにも惜しい。挑まれるのは仕方がないにしても、実力差を見せ付け、途中で降伏勧告に応じ、得物を納めて首を垂れる者はごく少数だ。


 勇者であるがゆえに、最後まで戦い抜こうとする姿勢は称賛にあたるが、戦力増強と言う点では愚行と言わざるを得ない。



「陛下、遺体は丁重に葬りましてございます」



 近侍の牛頭人ミノタウロスがそう報告すると、皇帝は振り向いて埋葬が完了した証である土饅頭が人数分増えていることを確認した。


 すでにその数は五百を超えようかという数になっている。しかも、この中で眠っているのは、各部族の上位者で占められており、損失の多さには辟易していた。


 しかし、最強の勇者への扱いは別格だ。埋葬する前に首を切り落とし、塩漬けにして首桶に収め、常にそれを持ち歩くようにしていた。


 近侍に腕力自慢の大型亜人を揃えているのは、埋葬要員と運搬要員で力自慢を揃えた方が適していたからに過ぎない。


 なにしろ、頭脳労働は“自分も含めて”苦手であり、それらは黒衣の司祭とその部下である『六星派シクスス』の一派が担っていた。


 今も方々の集結地点にて、装備や兵糧の手配に当たっていた。



「陛下、カシン=コジ殿より通信が入っておりますが」



「まったく、遅いわ。焦らせおって」



 ようやくあちこちを飛び回っているカシンからの連絡と聞き、皇帝は“通信室”に急いだ。


 なお、通信室と言ってもただの掘っ立て小屋であり、その中には面妖な方陣と、その中心に水をなみなみと張った大きな深皿があるのみであった。


 その深皿の水を覗き込むと、ゆらゆらと揺れて振動した後、黒衣に身を包んだ司祭の顔が浮かび上がって来た。皇帝の知恵袋にして、邪神を奉じる『六星派シクスス』の元締めと言うべきカシン=コジであった。


 ちなみに、これは水鏡を用いた通信術式であり、用意した方陣の中に水鏡を設置すると、水面に映った画像を声と一緒に相手方に送ることができた。



「陛下、連絡が遅くなり、申し訳ございませんでした」



「そうだ、遅いぞ。お前の目論見通り、皇帝を名乗って以降は次々と諸部族が顔見せ、首を切っては従順にさせ、これを送り出している。いささか食傷気味であるな」



「お手を煩わせた点は、お詫び申し上げます。ですが、これより早く兵を集める方法はございませんんで、その点はどうかご留意ください」



 実際、カシンの進言に失策はない。皇帝を名乗って以降、良いも悪いも、確実に頭数は増えてきているし、それに合わせた物資の“徴発”も進んでいる。


 ちなみに、帝国では農奴制が罷り通っており、強い部族が弱い部族を使役したり、あるいは戦での捕虜を用いるなどして、労役に従事させていた。農耕や漁業、鉱山採掘など、一次産業は基本的にそうした捕虜や奴隷、被支配民の仕事であった。


 人間種のカンバー王国や妖精族のネヴァ評議国に対して生産性は低いが、それでも数が多いため、やっていけている部分もあった。



「それで、いつ王国に攻め込むのだ。我がお前の口車に乗るのも、“あやつ”を殺せると言う提案を受ければこそだ。その点を忘れたか?」



「お怒りはごもっとも。なれど、あやつは奸智に長けた油断ならぬ男。それはご自身が一番ご存じのはず。ゆえに、圧倒的大軍を以て押し出し、逃げ道を塞ぎ、しかる後に陛下御自身の手で、奴めの首級を上げられるよう手筈を整える真っ最中なのでございます」



「それも承知している。だが、我にも我慢の限度と言うものがある」



 皇帝の口調は不機嫌そのものだ。強者と剣を交えるのは誉れであり、最高の鍛練でもあるが、戦を前にして加えるべき戦力をすり減らすのは億劫でしかない。


 いかに兵を早く集めると言っても、今少しやりようはなかったのかと不満に思うのだ。



「それに今日、こうして通信を致しておりますは、参集した軍団が勝手にネヴァ評議国に攻め入った事への報告にございます」



「なんだと!?」



 それは聞き捨てならない報告であった。折角集めた兵が勝手に動き出すなど、前線の管理体制はどうなっているのかと、詰問せねばならない事案であった。



「私めが他所の宿営地の統率のため、席を外していた折の事なのですが、参集していた軍団が突如としてこちらの統制を離れ、次々とネヴァ評議国より突き出た大樹海に侵入し、そのまま評議国の領域に攻め込みました。そして、そこにあったエルフの里を襲撃し、跡形もなく灰にしてしまいました。私も自らその足取りを追いまして確認いたしましたので、そのことは間違いございません」



「不甲斐ない! 戦のために兵を集めておきながら、その集めた兵員を損なうとは、ただ事ならぬ失態だぞ、カシン!」



「エルフの里を一つ焼き払った後は、不可解なことにそのままバラバラに離散し、周辺の別のエルフの里の者共に各個撃破され、そのことごとくが討ち死にと相成りましてございます」



「なんたることか! 無様にも程があるぞ!」



 皇帝の怒りはもっともであり、カシンとしてもただただ頭を下げるよりなかった。



「申し訳ございません。突っ込んでいった軍団は小鬼ゴブリン犬頭人コボルト豚人間オークが主体であり、戦力としては最精鋭と言うわけではございませんでしたが、二万からの兵員を損なう結果となりました」



「二万、だと……!?」



 戦を前に損なってよい数ではなかった。


 皇帝は怒りをあらわにし、カシンの映る水面を睨み付けた。



「いったい原因は何だ!? それだけの数の兵が勝手に動き、統制が取れた動きを見せ、里を一つ焼き払った途端に離散する。説明を聞くだけでは、全く訳が分からんぞ!?」



「一つ有力な情報がございます」



「それは?」



「軍団が集結していた宿営地の側で、度々“黒い犬”が目撃されたていたそうです」



 カシンからこの言葉を聞くなり、皇帝は全てを察した。



「黒い犬……、“あやつ”か!?」



「おそらくはそう判断してよろしいかと。どういった手段を用いたかは不明ですが、こちらが掻き集めた軍団を掻っ攫い、なぜかエルフの里を襲撃させ、その後は放置。理解に苦しむ行動です」



「おぉ~のぉ~れぇぇぇ! “松永久秀”ぇぇぇ!」



 皇帝の絶叫と共に通信室は吹き飛び、掘っ立て小屋はバラバラの木片へと姿を変えた。


 通信に使っている水鏡の深皿は、足元の方陣共々無事であったため、通信はまだ生きていた。


 なお、皇帝の憤激によって生じた地を震わすほどの魔力の奔流は、小屋の近くで待機していた近侍達を怯えさせるのに十分であった。自身にそれが向かぬよう、平伏して嵐が過ぎ去るのを待った。



「落ち着いてください、皇帝陛下。いえ、“足利義輝あしかがよしてる”様」



「その名で我を呼ぶな! 今の我は名もなき、ただ一己の剣豪。ただ一己の復讐の鬼。この佩刀『鬼丸国綱おにまるくにつな』にて、あの澄まし顔が恐怖におののき、命乞いをしてきたところを真っ二つにしてやりたい。そう思うだけの男だ! ゆえに、かつての名は捨てた! まして、栄えある足利の名を名乗る資格は、今の我にはない! あの愚物の首を取るまではな!」



 腰に帯びた愛刀の柄を握り、今にも斬りかからんとするほどにウズウズしていた。それほどまでに、皇帝ヨシテルにとって“松永久秀”は斬らねばならない存在であった。


 カシンもそれは重々承知しており、その荒ぶる気を宥めるべく、頭を下げた。



「元よりその復讐を果たさせるために、冥府より公方様を私がお呼びしたのです。しかし、あやつめの横槍により、兵の数が思ったより集まっておりません。今しばらくお待ちください」



「ならば、早く合戦の支度を急がせよ! 次の報告の際に朗報を持たぬ時は、あの男より先に、貴様を切り刻むことにするぞ!」



 皇帝は腰に帯びた愛刀を抜き去ると、そのまま大上段から振り下ろした。


 ピタリと水鏡に用いていた深皿だけを両断し、術式が書き込まれた方陣には手を出さなかったことは、激発しながらも冷静さを保っている証であった。


 方陣まで破壊してしまっては、またいちいち前線にいるカシンに報告のために戻ってもらわねばならないからだ。



「代わりを持て! それと、小屋も立て直しておけ!」



 皇帝はそう命じると、平伏していた近侍達は大慌てで作業に取り掛かった。


 その怒りに満ちた眼は、遥か先を見据えており、その方角には討ち取るべき仇敵が存在した。



「待っておれ、松永久秀! 貴様の首は我が取る!」



 互いに因縁浅からぬ皇帝よしてる公爵ひさひで、その激突はもうすぐそこにまで迫っていた。



       【第8章『暴かれし聖女』・完】

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