7-59 虚言! 悪役令嬢はささやかな嘘を吐く!

 必要なものと、必要でないもの。それは命の選別である。


 アーソでの騒乱においても、松永久秀はそれを行った。


 今もまた、それを完了させた。


 ただ、今回はアーソの時ほど複雑ではない。一人の例外を除いて、“撫で斬り”が確定しているからだ。



「ああ、でも、アスティコスは残しておかないとね。彼女はアスプリクのことを気にかけていた唯一の身内なんだし、彼女は連れて帰るとしましょう」



「本当に皆殺しにするんだ」



「これから魔王を倒そうって言うのに、高々神の被造物くらい平らげないでどうするのよってこと!」



「これから魔王を呼び出そうって奴の台詞じゃないわね」



「いいのよ。どうせ呼び出す魔王は、“一日魔王”なんだしさ」



「本日限りの魔王って事? つくづく度し難い事を考え付くわね」



 テアはこの作戦を聞いた時、はっきり言えば開いた口が塞がらなかった。準備に時間がかかり、しかもたった一回しか使えない“禁じ手”である。


 常人ならば、“恐ろしくて”躊躇するか、“勿体なくて”踏み止まるかのどちらかだろう。


 だが、松永久秀ヒサコはその策を選択したのである。


 しかも、樹海に突入したその瞬間から準備しており、それがいよいよ効果が発揮されつ時が来たのだ。



「まるでさ、最初から交渉決裂するつもりでいたとしか思えないけど?」



「エルフは自尊心の強い種族だって聞いていたからね。気位の高い連中が墓荒らしをした相手とまともな交渉するつもりはないでしょうしね。甘めに見積もっても、真っ当な交渉が成立しない可能性が高かった。だから、初めから交渉が決裂する前提で、策を用意していただけよ。もっとも、こちらも貴重な手札を消費するから、交渉成立ならそれはそれでよかったんだけどね」



「うん。控えめに言って、外道だわ。結局、交渉しましたって言うポーズだけでも取って、自己正当化したいだけじゃない」



 毎度のこととはいえ、テアはヒサコの自己保存の強かさには舌を巻いた。欲望に忠実でありながら、大義名分だけはきっちりと用意して、容赦なく掠め取る。


 盗る、のではなく、取る、のだ。


 そう、ヒサコの中身は戦国の武将であり、一寸の土地にすら命を張る“一所懸命”の申し子なのだ。戦国においては、実力で土地を切り取り、奪ってこそなのである。


 ゆえに、そうしたことが日常茶飯事になり過ぎて、奪い事への罪悪感が希薄であった。



「ちゃんと大義名分は立ててるし、問題なし! 大義を立てずに、力だけだと、今度は周囲から難癖付けられるからね。戦を起こす時は、後々を考えて、大義を用意しておくのが定石よ」



「はいはい、凄い凄い。で、無駄な交渉もその一環って事?」



「無駄にはならないわよ。交渉の過程で情報は得られるし、現にアスティコスっていう上等な手駒も手に入ったしね」



「哀れ過ぎるわ」



 なにしろ、これからあの女エルフは耐え難い恥辱と怨嗟を、その身に受けることになるのだ。テアとしても同情を禁じ得なかった。


 しかし、ヒサコは容赦しなかった。


 さあ総仕上げだと言わんばかりに笑顔を作り、ゆっくりとまだ口論を続けるアスティコスに近付いた。


 ポンと肩に手を置き、にっこりと微笑むと、それで口論は強制的に中断された。



「ちょっと、なによ。邪魔しないでくれる!?」



「あ~、もういいわよ、アスティコス。“時間稼ぎ”の件、ご苦労様。おかげで必要な時を稼いだ上に、注意も完全に逸れたわ」



「はあ?」



 笑顔で話しかけるヒサコに、アスティコスは何が何だか理解に苦しんだ。


 それは居並ぶエルフ達も同様で、お互いに顔を見合わせ、どういうことだとざわついた。


 だが、そんな中にあって、プロトスはすぐに察した。慌てて意識を集中させ、里に配備していた守護者の視界を頭の中に映し込んだ。

 


「こ、これは!?」



 映し出された映像は、里が怪物モンスターに襲撃されている映像であった。


 視界を里の方へ向けると、煙が上がっているのも確認できた。



「いかん! 里が襲われている!」



 プロトスの悲痛な叫びに、エルフ達も里の方に視線を向けると、煙が上がっているのを視認した。


 今まさに、愛する里が燃え上がっているのだ。



「まずいぞ! 映像で確認している限りでも、飛竜ワイバーン獄犬ガルムが二十以上はいる。居残り組だけでは厳しいぞ!」



 プロトスの頭の中には里の状況がつぶさに送られてくるが、敵性勢力の戦力が想像以上に高かったのだ。


 里の構造は、巨木の洞や枝などに住居を設け、吊り橋や桟道を通して形成されている。基本的の高所に陣取り、仮に攻められても高所の利を活かして守れるようになっていた。


 だが、相手が飛竜ワイバーン獄犬ガルムとなると話が変わってくる。


 飛竜ワイバーンは竜の一種であり、翼が生えているため、空から襲い掛かってくる。


 まら、獄犬ガルムは軍馬ほどある巨体に加え、口から火を噴く厄介な相手でもある。


 この二種類の怪物モンスター相手であると、里の構造では却って危うくなる。飛竜ワイバーンが各所を繋ぐ橋を落とし、分断されたのを各個に撃破する、という戦術が取られてしまう。


 現に、里の様子を見る限り、そのように行動しているように見られた。



怪物モンスターにしては、統制が取れ過ぎているし、何よりも数が多すぎる。一匹二匹などという話ではなく、こんなことになるなど!」



 プロトスとしても、完全に想定外であった。


 確かに、はぐれの怪物モンスターが稀に襲ってくることもあったが、それはあくまではぐれであり、ごく少数による襲撃であった。


 多少の難敵であろうとも、そう苦労することなく倒すことはできるが、主力が揃いも揃って出払っている時に限って、群れを成しての襲撃である。状況があまりにも出来過ぎていた。


 慌てふためくエルフ達に、頃合いだと感じたヒサコは伏せていた最後の一枚を場に出した。



「ありがとう、アスティコス。あなたの手引きのおかげで全部上手くいったわ」



「は? 何を言って……」



 その時、アスティコスは気付いた。自分に集中する突き刺さるような視線に。


 その場にいた自分以外のすべてのエルフが自分を睨み付けていた。いつもの見慣れた顔ではなく、明らかな殺意、敵意を向けて。


 そして、理解した。ヒサコの口車で、自分自身が“敵”に仕立て上げらてしまったことに。



「ちょ、ちょっと待ってって! 私は、私は何も知らない!」



 必死に弁明を試みようとするアスティコスであったが、もはや手遅れであった。


 誰も彼もが敵意をぶつけ、なにか切っ掛けさえあれば斬りかかってきそうな勢いだ。


 ヒサコはそんな情景を満足そうに眺めつつ、新たな“仲間しもべ”となったアスティコスに、馴れ馴れしくも肩に手を回すのであった。

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