7-58 一押し! 親子喧嘩に華添えて!
父と娘が対峙し、互いを睨み付けていた。そして、互いに憤っていた。
プロトスの怒りは、わざわざ気絶したフリをして、状況をややこしくしたアスティコスに向けられ、アスティコスもまた、自分を切り捨てたプロトスに疑念と不信感を抱いていた。
「長! いえ、父さん! あなたは、こうやって姉さんも切り捨てたのですか!?」
アスティコスの頭の中には、かつて里を出ていった姉アスペトラの顔が浮かんでいた。
エルフにしては珍しく、好奇心と知識欲の塊のような人物で、禁じられている旅を繰り返していた。
若気の至りだと放置気味であったプロトスであったが、いよいよアスペトラが国境を越えて、人間の世界であるカンバー王国への旅を決意したと同時に、追放処分を言い渡したのだ。
エルフは森の守護者であり、他種族との交流は最小限のとどめるべき、というのがプロトスの考えであり、里の掟もそれに沿うように決められていた。
ネヴァ評議国の国内ならばと大目に見てきたと言うのに、汚らわしい人間の世界へ旅立とうなどと、娘であるからこそ許すわけにはいかなかった。
「アスティコスよ、お前こそなんだ? 汚らわしい人間の口車に乗り、同胞を貶めようとする企てに加担するとは……。正直、失望したぞ」
「うるさい! 話をそらさないで! 私は姉さんみたいに追い出すのかって聞いてるの!」
「勘違いするな。アスペトラは出ていったのであって、追い出したのではない」
「二度と帰って来るなって言ったでしょ!? それが追放でなくて何だって言うのよ!」
ここまで来ると売り言葉に買い言葉で、父娘のケンカはより激しさを増していった。
それを見守るエルフの顔触れも複雑な思いを抱いていた。
プロトスは里の長であり、同時に最強の戦士にして術士でもある。そうした実力に加え、いらゆる事象に真面目かつ厳格に取り組む姿勢は、皆の畏敬を集めていた。
一方で、アスティコスの心情も分からないでもなかった。アスティコスもまた、プロトスの血筋と言うべきか、極めて優秀な人物であり、現場でのまとめ役でもあった。
だが、それはあくまで組織の頭と構成員としての関係であり、親子としては微妙であった。
里を出ていったアスペトラの件がその原因であり、その微妙な亀裂をこじ開けたのが、二人の言い争いをニヤニヤしながら見守るヒサコであった。
「いや~、いい眺めだわ。気分がハレバレする」
「どこが!?」
なんとも言えない成し遂げた感を出すヒサコに対して、テアがつっこみの叫びを入れた。
「あんたがやった事って、微妙に空いていた親子の亀裂に爆薬流し込んで、盛大にぶっ放しただけでしょうが! よくもまあ、そんな満ち足りた顔ができるわね!」
「何を言っているのよ。お互い、色々と立場があって、それに縛られていたからね。それを取っ払ってあげただけよ。ほら、今や二人は周囲に目があるのを忘れて、言いたい放題やっているじゃない。こうでもしないと本音で語り合えないなんて、難儀な親子よね」
その点では二人に同情を覚えるというものであった。父と娘よりも、頭領と現場監督としての立場の方が強かったのだ。
いまやそれが取り払われた。存分に語らせ、思いの丈をぶつけてやればいい。そうすれば、意外とスッキリするものだと、ヒサコは考えていた。
「親子よりも、組織の一員として重きに置いてた二人だからね。好き放題言わせてやればいいのよ。あたしとしては、その一助とならんとして、ほんの背中を一押ししただけだから」
「なお、一押ししたその先は断崖絶壁だった模様」
「女エルフって、本当に断崖絶壁だからね。致し方ないわ」
「やかましいわ! 一日五分でいいから、真面目に生きてよ!」
「はいはい、怒んないの。あたしは常に大真面目よ。それより、そろそろ頃合いよね」
ヒサコは視線をケンカしている二人から外し、別方向を向いた。そして、その先には少し森を挟んで、エルフの里があった。
里は“まだ”平穏なはずだ。なにしろ、おびき寄せた
だが、その平穏も魔王の登場と共に終焉を迎える。
そして、魔王を呼び出せるのは、他でもないヒサコなのだ。
「さて、満を持していよいよ“魔王”様のご登場ね」
「ねえ、本当に呼び出しちゃうの、“魔王”?」
「当然! なにしろ、この時のためにあちこち駆け回って準備したんだし~。これで公演中止! なんてことになったら、拗ねちゃうわよ、魔王」
「いや、まあ、何と言いますか、もちっと穏便な解決をですね」
「それは相手が拒否した。こちらがどれだけ
ヒサコの瞳に迷いはない。本当にすべてを焼き尽くす気なのだ。
陰陽五行において、“火”に活力を与えるのは“木”である。火の中に木をくべることにより、より火力が増していくのだ。
プロトスは言った。アスプリクの事を、混ざり者であり、“ケガレ”であると。仮にも孫に対して言うべき台詞ではないし、ヒサコとしても友人を貶されて多少怒りを覚えている。
十三年分の小遣い銭をせびってやれとアスプリクを焚きつけたが、それも無駄に終わってしまった。プロトスがアスプリクの帰還も面会も拒絶し、身内と認定しなかったからだ。
ゆえに、もう容赦はない。友人の家族を“撫で斬り”にするのはさすがに気が引けたが、そうではないと先方より確認は取れた。
家族ではないのなら、もう殺してしまっても問題はない。利害の絡まぬ赤の他人が千人ばかり死んだところで、特に問題にもならないのだ。
交渉はした。そして、決裂した。
ゆえに、殺してでも奪い取る。
何のことは無い。松永久秀にとっては戦国乱世の日常に過ぎないのだ。
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