7-42 大分裂! 次の法王は私が勝手に決める!

 騒動の原因であるロドリゲスがいなくなり、会議室にはヒーサ、ティース、アスプリク、ライタンの四名だけが残った。


 そして、今はアスプリクが腹を抱えて大笑いしていた。



「まっさか、こんな結果が来ようとは考えなかったよ! 見た!? あのロドリゲスの情けない姿! アイク兄に画家を手配してもらって、そっくりそのまま描いて欲しいくらいだよ、あの場面をさ!」



 そして、アスプリクは着込んでいた法衣を、無造作に脱ぎ捨ててしまった。下には服を着こんではいたが、薄手の服であり、仮にも王女である者が人前に晒すべき姿ではなかった。



「あぁ~、すっきりした! これでもうこんな重々しい服とはおさらばだよ。ヒーサ、ティース、君らのおかげだ。ありがとう!」



 そう言うと、並んで立っていた二人の飛びつき、腕をそれぞれの首に回してしっかりと抱き付いた。二人のぬくもりを感じ取り、それから交互に頬へ口付けをして、また軽快に着地した。



「おめでとうと言うべきかな、アスプリク。もっとも、ティースの行動にはさすがに驚いたがな。こちらはもう少し穏やかな着地を考えていたのだが」



「あら? てっきり、あのくらいでしたらやると思っていたのですが、余計なお節介でしたか?」



「いや。バカにはあれで丁度いいくらいだ。少しは世の中思い通りに動かないことを、身に染みて覚えておくべきことだ。いい教訓になったことだろう」



 ヒーサとティースは互いに見つめ合い、そして、笑った。ここ最近では味わったことのない、実に爽快な気分であり、自然と笑いが漏れ出てしまったのだ。


 その横にいたアスプリクも今までの溜飲をかなり下げれたので、こちらも釣られて笑い始めた。


 なお、その輪に加わる気にもなれないライタンは、頭を抱えるだけであった。



「御三方、状況は理解しておいでですか!?」



「ロドリゲスを踏みつけた!」



「家臣に命じて、暗殺寸止めですわね」



「まあ、どう取り繕うとも、真正面から堂々と教団に対しての宣戦布告だな」



 状況を理解した上でのこの物言いである。


 三人が三人とも理解した上で、堂々としているのだ。


 近い将来、教団側が攻め込んできてもおかしくない状況なのだが、この三人は全然恐れも焦りもしていない。余裕で勝つつもりでいた。



「まあ、どの道あれだ。ライタンよ、お前もしっかり巻き込まれてしまったのだ。腹を括れ」



「……どう考えても、私も“こっち側”だと誤解されていますよね?」



「当然だろう。お前はどうにか場を抑えようと必死であっただろうが、その心はあちらには一寸たりとも届いてはおらんよ」



 きっぱりと言い切られて、ライタンはますます頭を抱えた。教区の責任者として、あの場を止めれなかったのは確かに罪であるが、反逆者に仕立て上げられた点は大いに不本意であった。



「ですが、どうなさるおつもりですか? 大挙して押し寄せてくるのが目に見えておりますぞ」



「その点は大丈夫だ。そのうち来るだろうが、迎撃に備えるための時間的猶予は余裕である」



「その根拠は?」



「宰相閣下が全力で止めに入る」



 ヒーサとしては、他人頼みなのは気が引けたが、この際利用できるものは何でも利用する気でいた。ジェイクの立場を思えば多少は同情的になるが、だからと言って躊躇するほどヒーサは生易しくはなかった。



「このままでは教団内部の対立や抗争では終わらんからな。どう考えても、国を真っ二つにしかねない内乱に発展する。それは宰相閣下の本意ではない。全力で止めに入る」



「それはそうでしょうが、宰相閣下も教団との関係は微妙なはず。下手な仲介は更に燃料を投下するようなもの。最悪、そちらに敵意が向きかねません」



「そうなってくれれば、こちらが助かる。重畳ではないか」



 あろうことか、自国の宰相を盾代わりにする気満々な発言であった。とてもまともな人間の発想ではないと、ライタンはヒーサを観察したが、欠片も悪びれた素振りが見当たらなかった。



「ジェイク兄にはせいぜい、可愛い妹のために頑張ってもらわないとね」



 アスプリクもアスプリクでこの物言いである。兄に対する敬意も同情もなく、完全に使い潰そうとすら感じられた。



「まあ、それに流入してきた隠遁者や、職場放棄した神官の件もありますしね。ここで下がると言う選択肢は取れません。教団側には断固たる姿勢で臨むべきです。弱腰な姿勢を見せれば、却って領内の混乱を招くだけでしょうし、やはりこのまま全力で対決姿勢を見せておくべきかと」



 ティースも完全にやる気になっていた。


 そもそも、教団との完全な決別は、目の前の貴婦人が部下の暗殺者に命じて、ロドリゲスに刃をちらつかせたことが原因である。


 それに対するヒーサの反応は全面肯定であり、アスプリクに至っては便乗して足蹴にする有様であった。


 巻き込まれたと言うのであれば、自分がまさにそれであり、もう本当にダメかもしれないと、ライタンは絶望した。



「ティースの意見はもっともだ。今ここで教団に膝を屈するような態度を取れば、シガラに期待してやって来た者達を裏切ることになる。仁を元とする私の施政に反する行為だ。頼って来た者を見捨てるような不義理を働くわけにはいかんし、嘘つきになるつもりもない」



 シレッと言い放つヒーサであったが、もしここにテアがいれば、「どの口がほざく!?」とでも絶叫していたであろう。


 なお、ヒーサがとんでもない嘘つきであることは、この場の人間の中ではアスプリクしか知らない。ティースに対してはおふざけ程度のからかいはあっても、表面的には優しい夫であり、頼りになる領主にして医者でしかない。


 ライタンに至っては付き合いもそれほど親密というほどでもないので、施政から見られる情報でヒーサの事は慈悲深い聡明な貴族としか見えていなかった。



「それで、公爵閣下、教団側に対抗する何かよい思案でもあるのですか?」



「あるぞ。お前の協力が必要不可欠ではあるが」



「今更ですな。私がどうこうできる状況でもありませんが、こうなった以上はなんでもお引き受けしましょう」



「ん? 今、何でもするって言ったな? では、今から“法王”になってもらうとしよう」



「はい、お引き受けします」



 気のない返事で思わず受けたライタンであったが、ヒーサの発した言葉の意味を理解した時、世界がグルリと反転した。それほどまでに衝撃的な提案であったからだ。


 正気に戻ったライタンは大慌てでヒーサに詰め寄った。


 そして、絶叫した。



「今のはナシで!」

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