4-34 器! それは全てを受け入れる覚悟の証!(3)

 幾人もの歓声が村の中を走り抜ける中にあって、その流れに乗れない、乗りたくない者もいた。


 はしゃぐ者達から離れて見ている冷めた二人、トウとナルだ。


 トウはヒーサの“裏”を知り尽くしているので無邪気に同調する気にはなれず、ナルはヒーサへの警戒心が興味を遥かに上回っており、主人ティース義弟マークのようには振る舞えないのだ。



「トウ、あなたはいいの? あの輪に加わらなくて」



「加わる気にはなれませんね。頭が痛くて」



 ナルにしてみればかなり意味深な回答ではあったが、トウはそう答えざるを得なかった。


 この世界に降臨してからというもの、パートナーに振り回されっぱなしであったのだ。どぎつい策で人を陥れ、抹殺したかと思えば、器一つでああもはしゃげるその神経が理解できないのだ。



(修行不足だな~、私も)



 仮にも見習いとはいえ神を名乗る自分が、たった一人の人間を御しえなくてどうするのかと、少しばかり自信を失いつつあるのだ。


 同時に、その状況を楽しんでいる自分がいることも自覚していた。現在、人の目線に立って物事を見ているとはいえ、本当に退屈しなくて済む忙しない日常が面白くて仕方がないのだ。


 次はどんな手を使ってこちらを“困らせて”くるのか、逆に心地よさすら感じていた。



「そうだ、ナル。一つ、あなたに尋ねてみたいことがあったのよ」



「なにかしら?」



「あなたにとって優先すべきは、“カウラ伯爵家の繁栄”かしら? それとも、“主人ティースの幸せ”なのかしら?」



 グサリと心臓を貫く質問であった。ナルははしゃぐ四人から視線を外し、トウに視線を向けた。特にこれといった感情の動きを感じさせない、遥かな高みからの問いかけに聞こえた。



「分からない……わ」



「多分、少し前までのあなたなら、前者を選択していたのではなくって?」



「……まるで、ずっとこちらを見てきたような言い方ね」



「そうかもしれないわね」



 今は別人に変身しているが、トウはテアとして、ずっとカウラ伯爵家の面々を見てきたのだ。多少の心境の変化くらい察することは造作もないのであった。



「伯爵家の復興は大前提。でも、今のティース様は本当に楽しそう。以前の笑顔が戻ってこられた。あの忌まわしい事件の起こる前のね」



「それは良かったわ。公爵夫人として、いえ、ヒーサと言う人物の伴侶として、馴染んできて、楽しんでいると言う事の証なのですから」



「不本意ではありますがね」



 ナルとしては、伯爵としての立場も考えて欲しいと思いつつも、ティースの楽しそうな笑顔を見ていると、その重荷を外すのが一番ではないかとすら思えるようになっていた。


 だが、ヒーサから感じる黒い影が、警戒心を呼び起こすのだ。


 あくまで気のいい人を演じつつ、気が付いたらすべてを奪っていそうな、そういう雰囲気を感じるからこそ、ナルはヒーサへの警戒心を緩めないのだ。


 そして、それは“当たっている”のだが、確たる証拠があるわけでもない。あくまで、予測であり、あるいはナルのそうあるべきという“願望”、あるいは“嫉妬”でもあるのだ。


 いつもティースの側近くにいるはずの自分が、気が付けば疎外感を感じるほどに距離が空きつつあるのを嫌でも意識させられているのが昨今の状況だ。ヒーサが自分がいるべきティースの横を奪った、そう感じ始めていた。


 それは密偵頭としては失格である。主人のためにあらゆる事象に目を光らせ、時には一切の感情を排して邪魔者を屠る。それが求められるのだ。


 しかし、同時にナルはティースを妹、あるいは友人のように付き合ってきてもいた。人目を気にしなくていい場面では、かなり砕けた関係なのがその表れでもあった。


 家の繫栄か、ティース個人の幸せか、今突き付けられた命題は、思った以上に重くのしかかった。



「まあ、悩み多き状況でしょうけど、ナル、早めに答えを出しておくことをお勧めするわ。迷いは自分を追い込むことになるわよ」



「それは“忠告”かしら? それとも“助言”?」



「いいえ、“警告”です」



 ゾクッっとするような気配をトウから感じたナルは、反射的に懐の隠し武器に手が伸びた。だが、寸前のところで正気に戻り、気を取り直して姿勢を正した。



「“警告”とはどういう意味かしら?」



「そのままの意味よ。今はお遊び程度に考えているけど、あまり“おいた”が過ぎると、始末されるって事。あの優しそうな貴公子は、その気になったら誰でも容赦なく崖の上から蹴落としてくるわよ」



「それは感じている」



「だったら、耳を塞ぎ、口を閉ざし、足を止め、主人の幸せな姿を目で追うだけにしておきなさい。利害が対立したら、即座に消されちゃうわよ、あなた」



 女神の立場からすれば、ナルがあれこれ嗅ぎ回って、ヒーサの妨害をするのが好ましい事ではなかった。無論、あの毒殺事件の裏事情を知っている者としては、逆に応援したくもあるが、そうなるとヒーサの立場を危うくするのだ。


 そうなっては“魔王探索”という最大の目的が崩れてしまうことになる。


 今はヒーサの手引きによって、魔王候補が一か所に集まり、監視しやすい状態にまで持ってこれたのだ。ここで妨害されたらたまったものではない。


 結局、ナルには大人しくしてもらっているのが一番なのだ。

 


(そう、今なら笑って済ませられることでも、いざ事が起こるなんて時に動かれたらマズい。その予防的措置で、消されちゃうかも)



 ヒーサはカウラ伯爵家の面々とのやり取りを楽しんではいるが、煩わしくなったら消すことくらい、彼我の戦力差を考えれば造作もないのだ。


 それを理解していればこそ、裏でコソコソ探りを入れるようなことをしているのが、ナルなのだ。


 ゆえに、先程の質問にナルは即答できなかったのだ。


 家を優先すべきか、主人を優先するべきか。表情にこそ出さなかったが、ナルの心には不安が浸食しつつあった。


 先程、ヒーサは言った。この器は私である、と。


 まさにその通りだと、ナルは戦慄した。見た目は華やかでも、その土台は黒。すべてを包み込み、あるいは飲み込む。混じり気のない黒、すなわち“漆黒”なのだ。


 早く見つけねばならない、答えを。


 恭順か、反抗か。


 家名か、主人か。


 ナルの瞳には、黒き器が魔王の操る祭具のように写り、迫る恐怖が一層感じられるのであった。

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