4-15 愛でるべきもの! 今日からこいつも名物です!

 悪霊黒犬ブラックドックとの激闘を制し、辛くも勝利を収めたヒサコとテアは、気が抜けたせいか、その場にへたり込んでしまった。


 なお、被害はかなり痛いものであった。


 今までここへ運んでくれた荷馬車が二頭の馬共々ぐちゃぐちゃに潰れ、道脇で無残な姿を晒していた。荷物は周囲に散らばり、中には破損したりするなどして、使い物にならなくなっている。


 特に痛いのは玉薬かやくであった。少し小さめの樽に油紙で厳重に封をしていたというのに、荷馬車が横転した際に全部ぶちまけてしまった。これでは使い物にならず、実質、それが補充できるまでの間、銃が使用不能になってしまった。



「まあ、代わりに強力な用心棒が手に入ったけどね」



 ヒサコは自分から伸びている影を見ながら上機嫌に笑った。


 なにしろ、先程まで死闘を繰り広げていたあの恐るべき怪物が、自分の支配下に入ったのである。たった二枠しかないスキル【手懐ける者】の支配数ではあるが、枠を潰すだけの価値はあった。


 これ以降、大抵の相手は蹴散らせるからだ。


 もちろん、自分が操作しているとバレなければの話だが。



「とはいえ、びっくりしたわ。いきなり黒犬だもん。しかも王侯ロード級。普段なら、まずお目にかかれないほどの大物よ」



「そうなんだ。まあ、あの面倒臭さは、もう二度と戦いたくないけど。この鍋がなかったら、間違いなくやられていたわ」



 ヒサコは此度の戦の軍功第一の鍋を撫で回した。神の力が宿り、陽光に照らされて淡く輝き、取手も諸手を上げて喜んでいるようにすら見えた。



「にしても、なんでその鍋、そんなに強化されたのかしら? 前はなんの変哲もない、ただのステンレスの鍋だったのに」



 テアとしても、そこが分からなかった。首を傾げ、指でツンツンしながら、あちこち眺めてはいるが、特に以前と変化らしい変化は見られなかった。



「作った本人も、分からないの?」



「分かんない。そもそも、こんな強力な武器になるなら、絶対没収されるし……。まあ、いるのよね、たまに。転生者強化のために、ルール違反の道具持ち込む奴が。大抵は見つかってお仕置きされちゃうけど」



「手早く魔王をどうにかできれば評価は上がるし、不正する輩もいるでしょうよ」



 どこの世界にも不正を働く者はいるものだと、ヒサコはニヤリと笑った。神と言えども、考えることは人間の延長線上にあり、ただ奇跡の行使のみがその差異ではと考えると、愉快で仕方がないのだ。



「で、あたしの推察なんだけど、鍋は最初は何の変哲もない鍋で、この世界に来てから変質した。あるいは、覆われていた布が取っ払われて、真なる力に目覚めた、という感じじゃないかと」



「ああ、なるほど。そういう感じか。あの『時空の狭間』の段階では、普通の鍋だった。うっかり捨てちゃった『古天明平蜘蛛茶釜こてんみょうひらぐもちゃがま』の代わりに渡したってことで、大目に見られたと。で、そのままこっちの世界に飛んで、何かの拍子に力が付与されたか、私が無意識に付けちゃった奇跡が目を覚ました」



「そうそう、そういう感じ。あと、平蜘蛛は……」



「すみません。ほんと必死で探してますから!」



 この点だけは一切ぶれない。本気でこの世界の一件が片付く前に平蜘蛛を見つけておかないと、色んな意味で我が身が危ういのだ。


 テアは背筋を震わせ、早期の発見を祈るばかりであった。



「でも、それだと、何が切っ掛けなのかしら? 劇的な変化を与える状況って、今以外にあった?」



「何を呆けてるのよ、女神様は。あったわよ。それもかなり前に」



「え、うそ……!?」



 すんなり答えるヒサコに対し、テアは思い当たる状況が分からず、首を傾げた。



「う~ん、思い浮かばないわね。いつの話よ」



「この鍋の初陣」



「初陣……って、毒キノコをグツグツ煮込んでたときじゃない!」



 前のカウラ伯爵であったボースンを罠に嵌めるため、通り道の脇でキノコを振る舞い、まんまと毒キノコを掴ませたときだ。


 ヒサコ的には、あれが鍋の初手柄であり、そして、全ての始まりでもある大功でもあった。



「そして、あの時、あたしは感謝の意を込めてこの鍋に『不捨礼子すてんれいす』という“銘”を与えた。それこそが変化の兆し、ではないかしら?」



「……あ、契約魔術! 契約、あるいは召喚術式を執り行う際には、相手の名を呼び、この世に定着させるくさびとするのが当たり前。つまり、それまで無銘の鍋だったのが、銘を与えられたことにより、物に魂が宿った。そういうことね!?」



「ま、いわゆる“付喪神つくもがみ”ってやつみたいな感じかしら。物が長い年月の果てに霊力を得て、動いたりするやつ」



 ヒサコの推察は筋が通っており、テアも納得せざるを得なかった。ヒサコは魔術の講義を受けたことはなったが、『時空の狭間』において触れた【知識の泉】が、様々な知識を与えている。そこから基礎的な魔術の知識を引っ張り出し、先程の推論に辿り着いたのだ。



(ほんと、頭いいわね。すぐに応用を思いつく)



 この圧倒的な切り替えの早さや応用力こそ、パートナーの最大の武器ではないかとテアは思った。


 そもそも、先程の黒犬との一戦も、やっていることはメチャクチャではあったが、倒すための方法を最後の最後まで模索し、最終的に“鍋”に到達させたのだ。


 テア自身はすっかりその存在すら忘れていた鍋のことを、ヒサコはしっかりと覚えていたのだ。


 無論、鍋の一撃が効くかどうかは賭けではあったが、その存在を認識していなければ、賭けすら成立していないのだ。



「でも、付喪神ってさ、百年、千年と、長い時間をかけて力が備わっていくはずよね? 数カ月かそこいらで、物を変質させるほどの事って有り得るの?」



「う~ん。これは私の推論だけど、私が作ったせいじゃないかしら?」



「あなたが原因とな?」



 ヒサコとしては興味の惹かれる回答であり、気持ちを高ぶらせながら次なる言葉を待った。



「ヒサコの言う“付喪神”ってさ、物に霊力が宿るのが前提なんだけど、その宿る物が全部“人造”ってことなのよね。で、今回は私が作ったから“神造”の鍋ってことになる。つまり、私やあなたの魔力とは相性がいいから、すぐ近くに吸収しやすい魔力源が二つもあった結果、手早く変質してしまったってところじゃないかしら?」



「ああ、それは有り得そうね。つまり、“神”の手によって生み出され、“銘”を得て目を覚まし、側に“侍る”ことによって魔力を蓄え、“危機的状況”に陥った持ち主を救うために、覚醒したと」



「う~ん、字面だけ見た場合、熱血系漫画なら熱い展開なんだけど……」



 二人の前にいる助けてくれた英雄は、“鍋”である。キラキラ輝き、ドヤ顔(と思われる)で両の取手を突き出してくるステンレスの鍋なのだ。


 もう少し格好いい武器ならば絵になるだろうが、いくら何でも武器としては不細工過ぎた。



「まあ、とにかく、今回の戦の勲功一位は、あなたなのは間違いないわ、『不捨礼子すてんれいす』。あとでたっぷり磨いてあげるわ」



 ヒサコは愛器を撫で、その功績を讃えた。なにしろ、手元の鍋がなければ、確実に命を落としていた危うい状況だったのだ。功を讃え、丹念に磨いてやらねば、無作法と言うものである。


 愛でるに能う新たな名物が手に入った。黒犬を使い魔にしたよりも遥かに高い収穫であると感じるヒサコであった。

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