3-41 出発! 欲望を乗せ、馬車は静かに街道を行く!

 街道を進む荷馬車の中、ヒサコはゴロンと寝転がっていた。下には野宿用の毛布を敷いていたが、やはりガタゴト揺れる荷台では、乗り心地があまりよくない。



「寝るには最悪な環境ね。輿でも用意した方がよかったかな~」



「贅沢過ぎるわよ! それに移動距離を考えなさい」



 御者台の方から、“共犯者あいぼう”のテアがツッコミを入れてきた。人手が必要な輿など、一年近くかかる長旅には、あまりに現実にそぐわない代物であった。



「まあ、そうなるわよね。“分身体”の操作には支障はないし、我慢するとしますか」



 現在、公爵の屋敷に置いてきたヒーサは、スキル【投影】を使って生み出した偽物であった。旅に出ている留守中は、偽物を遠隔操作しつつごまかして、茶栽培以外の新事業を進めるつもりでいた。


 横になりつつ、意識を分身体の方へと集中させた。本体と分身体、両方の同時操作は可能であるが、それでも精度が落ちてしまうため、動作がぎこちなくなる場合がある。


 日中の移動を荷馬車で行うのは、自分で動かなくても進めることと、動作をしくじって奇行が周囲に見えないようにするためであった。


 また、運べる荷物の量も重要であった。


 最大の目的は森妖精エルフの里に赴き、“茶の木”の種を手にすることだが、道中に地妖精ドワーフの集落にも立ち寄る予定であった。様々な技術を有する職人が多く、特に鋳物と焼物に注目していた。


 茶釜に茶碗、どちらも喫茶文化には欠かせぬため、場合によってはドワーフの職人を誘致することも考えていた。



「しかしまあ、ティースの顔の緩むこと緩むこと。女としての悦びを知ったって顔してるわ」



「あれだけ無茶苦茶やって、よくまあ平然と言えるわね」



 テアの指摘通り、ヒサコの姿を借りたり、あるいは分身体を操作して、散々“嫁小姑戦争”を繰り広げてきたのだ。中には心的外傷トラウマレベルの攻撃も繰り出していた。



「ヒーサとしての“事後処理あふた~けあ”は完璧だったしね」



「マッチポンプ過ぎるわよ。バレなきゃいいとは言っても、限度ってもんがあるわ」



「限度なんて、常人が勝手に線引きした、どうでもいい基準よ。真なる天才、知恵者には、何の縛りにもならないわ」



「あなた、自分のこと、凡夫とか言ってなかったっけ?」



「言ってたのはヒーサね。あたしはヒサコよ」



「物は言いようってレベルじゃないわね」



 なにしろ、どちらも中身は“松永久秀”という戦国の梟雄である。嘘も方便で、虚言や偽報など、平然と仕掛けてくるような輩だ。


 そうこうしていると、気ままな旅ののんびりとした風景に似つかわしくない音が二人の耳を貫いた。




 チャラララッチャッチャッチャ~♪


 スキル【投影】のレベルが上昇しました。転生者プレイヤーは所定の手順に従い、カードを引いてください。




「あ、レベルアップだ。新たに手にしたスキルでも、経験値が入るんだ」



「ええ。あくまで、経験値の入手方法は、使用回数やスキルを利用した行動によって査定されるからね。新たに入手したスキルでも、回数重ねてたら経験値は入るわよ」



「ふ~ん。なら、ひたすら毒物を飲みまくってたら、【毒無効】も上がるのか」



「気持ち悪いからやらないでね。大丈夫って分かってても、絵面的にはヤバいから」



 毒虫、毒蛇に毒草を貪る光景を想像し、テアは身震いした。


 そして、いつもの箱が登場し、ヒサコの前に鎮座した。



「さて、それじゃあ、引きますか」



「お願いだから、発展型の【分身投影】とか、引かないでね」



「へ~、たくさん分身体を生み出すスキルかしらね。たくさん自分を生み出せると」



「悪夢でしかないわ」



 ヒサコの群れが徒党を組んで現れるなど、想像するだけで寒気がしてきた。そうならないことを祈りつつ、テアはヒサコが手を突っ込んだ箱を凝視した。


 そして、一枚のカードが引っ張り出された。色は銀色。Bランクのカードだ。



「ええっとね、【入替キャスリング】って書いてあるわ」



「あぁ~、【投影】の派生スキルね。本体と分身体を入れ替えることができるスキルよ」



「え? それって、かなり便利過ぎない?」



 本体と分身体が入れ替われるのなら、策に組み込めるやり方が色々と増えるのだ。実際、こうして旅をしていても、屋敷に分身体を置いている以上、すぐに変えることができた。



「便利ではあるけど、色々と縛りがあるから、微妙に使いにくいのよね。縛りがもう少し緩かったら、Aランクでもおかしくないけど」



「どんな縛りかしら?」



「一番の縛りは、再装填時間リキャストタイムね。一度使うと、二十四時間、丸一日使えなくなるわ」



「あぁ~、連射できないってわけか。それができたら、便利過ぎるものね」



 荷物忘れたから取りに帰る、というような気軽な使用はできないというわけだ。丸一日、間を開けねばならないなら、使う状況をしっかりと考えねばならない。ヒサコは腕を組み、う~んと唸りつつ、有効な使用法を模索し始めた。



「それと、持ち物の移動は不可。内なる魂が入れ替わって、本物と分身体が切り替わる、みたいな感じになるからね」



「それもできないか~。茶の木の種が手に入ったら、さっさと戻れるかと思ったけど、やっぱり荷馬車で運ぶしかないか」



 思った以上に縛りが多く、しかも考えていたことがピンポイントで潰されてしまった。Bランクも納得の使いにくさであった。



「あ、そういえば、入れ替わった場合、あんたはどうなるの?」



「私は転生者プレイヤーの側にいないとダメだから、入れ替わった瞬間に、強制的に追っかけ瞬間移動テレポーテーションが発動するわね」



「それもまずいわね。分身体が遠方で一人孤立することになる」



 今、分身体を一人にできているのは、公爵家の屋敷内という比較的安全な空間に身を置いているからだ。これから赴くネヴァ評議国は未知の領域である。そこに分身体を一人置き去りにするのは、いくら何でも危険すぎた。


 遠隔操作できると言っても、不安定な状況には変わりない。分身体が死ねば、本体の方も死ぬことを考えると、あまり進んでやるべきでないのだ。



「そうなると、使う場面は二つだけ。分身体と入れ替わっても、安全が確保できている状態。もしくは、どうしようもないほどに危機的状況で逃げるために入れ替わり、その後に魔力供給を切れば分身体も消えて、こちらも安全圏に退避できる、と」



「まあ、それだと、荷物がおじゃんだけどね」



「それよね~。結局、最後の切り札的な使い方しかできないか」



 便利ではあるが、使いどころが難しい。【入替キャスリング】の評価はこれで固まった。



「とはいえ、別に完全に使えないってわけでもないし、よしとしますか」



「緊急避難できる手段を得たわけだしね」



「荷物が失われるから、その使い方はしたくはないけどね」



 そう言うと、ヒサコは改めて荷馬車の中身をぐるりと見回した。


 今はそれほど多くの荷はない。箱や鞄、道具袋の中にあるのは、着替えや大工道具、食料品に調理道具などだ。あとは、贈呈品用にいくつかの宝物や、路銀がある程度で、荷台はガラガラであった。


 だが、帰り道は人の寝転がる空間があるかどうかというくらいに、荷を詰め込んで帰るつもりでいた。


 戦国の梟雄には、まだ見ぬお宝の山に胸躍らせ、上機嫌に鼻を鳴らしていた

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