3-22 初体験! 驚愕の結婚初夜!(2)

 ティースはまさかの展開に驚いていた。


 夫婦となってから初めて夫のヒーサと共に過ごす夜。ヒーサに招かれ、寝室に来てみれば、待ち構えていたのは義妹のヒサコであった。


 何がどうなっているのか状況の飲み込めないままでいたティースであったが、これだけは確実であった。


 ようやく迎えた夫との結婚初夜を、目の前の義妹がぶち壊そうとしているのだと。



「ヒサコ! これはどういうつもりよ!?」



 突然の状況変化に驚きはしたが、ティースの心中はすでに戦闘態勢だ。


 なにより、部屋の出入り口はヒサコの後ろにある。出ようとすれば、それを退けて押し通らなければならないのだ。


 ティースは怒りの赴くままにヒサコを睨みつけるが、ヒサコはニヤリと笑って返した。



「どういうつもりもなにも、お兄様と一夜を共にしようだなんて、おこがましいにも程があります。お姉様、いえ、咎人の娘が」



「なんですって!?」



 ティースは父ボースンが嵌められたと今でも思っており、無罪だと信じて止まない。にも拘らず、目の前の義妹は咎人であると断じたのだ。


 怒りは収まるところを知らず、ティースは更に激高した。



「父を愚弄する気!?」



「愚弄する気も何も、実際に毒キノコであたしの父を殺したじゃないですか。まあ、それであたしが自由になれたのですから、ある意味では感謝していますが」



 ヒサコの言は過激な内容ではあるが、嘘は言っていなかった。


 ボースンが毒キノコを美物に混ぜて公爵家に贈ったのは事実であるし、先代公爵のマイスがいなくなったことでヒーサが後継となり、ヒサコという“架空の妹”が世に飛び出したのだ。


 すべての始まりは毒キノコ。そして、その毒キノコはヒサコが用意した物。


 ティースの目の前にはすべてが存在する。事件の裏も、真相も、何もかもが目の前に存在する。


 だが、そこに届くほど、現実の霧は晴れてはいなかった。



「それより、ヒーサは、ヒーサはどこよ!?」



「お兄様でしたら、あちらでお休み中ですわ」



 ヒサコが顎で部屋の隅を指すと、そこには長めのソファーがあり、その上にヒーサが横たわっていた。顔はあちら側を向いているので表情は分からないが、ぐっすりと眠っているようであった



「ヒーサ!」



 ティースは寝込む夫に歩み寄ろうとしたが、ヒサコが素早く距離を詰め、その腕を掴み、動きを制した。グッとひっぱり、ヒーサに近付けまいと力を込めた。


 当然、動きを止められたティースはヒサコの方を振り向き、再び睨みつけた。



「放しなさい、ヒサコ! 無礼ですよ!」



「無礼も何も、お兄様を害そうとする輩を止めているだけですわ」



「誰が、誰を、害するですって!?」



「お姉様が、お兄様を、ですわ」



 さすがにこの一言に、ティースの堪忍袋の緒が切れた。持っていた燭台を近くの机の上に置くと、そのままヒサコに向けて拳を繰り出した。それも、平手打ちなどではなく、本気の握り拳だ。


 だが、ヒサコは慌てることなくそれに対処した。


 逃げるどころか逆に踏み込み、腕を捻りつつ、素早くティースの腹部に肘打ちを叩きこんだ。



「がはぁ」



 いきなりの攻撃にティースは前のめりになると、そのままヒサコは足を払って転倒させ、捻った腕をそのままに覆いかぶさるようにして組み伏せた。


 ティースは頭から床に叩き付けられ、苦痛で顔を歪めた。



「ああ、ごめんあそばせ、お姉様。隙だらけだったものですから、ついつい一発入れてしまいましたわ」



「ぐぅ……」



「でも、お姉様もあたしに殴りかかってきたんですし、まあ、問題ないですわよね」



「ぎゃ」



 ヒサコはさらに腕を捻る力を加え、より強くティースを抑え込んだ。


 ティースも必死で逃れようとするが、完全に組み伏せられており、捻られている腕はもちろんのこと、体をうつぶせのまま抑えつけられ、まともに動くことすらままならなかった。



「は、放しなさい、ヒサコ!」



「お断りします。放したら、また殴りかかってきそうですし」



「くぬ、この、この!」



「暴れても無駄ですわよ。完全にキメてますから、動けませんわ。お姉様、よっわぁ~い♪」



「なんで、なんで、動けないのよ!」



「筋力だけでブンブン振り回しているからですわ」



 ヒサコはなおも力を抜かず、もがくティースを放さなかった。



「まあ、真っ当なぶつかり合いなら、お姉様の方が強いかもしれませんわね。剣術、槍術、弓術、馬術、色々と嗜んでいらっしゃるとお聞きしていますわ。ああ、そう言えば、この屋敷に初めて訪れた際は、短筒も身に付けていらっしゃったですし、砲術の心得もありますか! こりゃ凄いですわ!」



「くぬ! くぬ!」



「ああ、でも、ダメダメですわね~。肉体的な強さはお姉様が上かもしれませんが、でも、格闘術は修めていらっしゃらなかったようですわね。先程の殴り方、素手での戦い方を心得ている方の動きではありませんでしたからね」



 もがくティースに更なる力が加えられ、折れるか折れないかと言うところまでギリギリ曲げられた。


 折角、結婚初夜ということもあって、気合を入れて手入れしてきた滑らかな肢体も、汗まみれでべっとりと汚れてしまい、整えた髪もボサボサになった。


 もう何もかもが台無しだ。



「あたしはどちらかというと、お姉様の従者ナルと同じやり方をしますからね。正面からはやり合わず、相手の隙をついて、毒薬や爆薬を使ったりします。ああ、生け捕りにすることもあるので、こうしたやり方もできますの。骨法こっぽう捕手とりて、組手甲冑術、色々と身に付けておりますので、素手での戦いなら、お姉様に勝ち目はございませんわ」



 無論、これらの技術は戦国日本よりもたらされたものだ。


 松永久秀は一介の商人から一国の主にまで上り詰めた、下剋上の申し子である。当然、その智謀のみならず、数多の戦場での武功も出世の階段を上るためには必要不可欠なものであった。


 敵将を討ち取るだけでなく、捕らえることもあれば、武器を失っても戦わねばならぬ場面もあり、徒手での戦い方も、戦国男児であるならば、洗練された技術を有しているのだ。


 ヒサコも中身は戦国の梟雄ゆえ、それらの戦い方もできるのだが、女の身ではやはり筋力的に劣ってしまうため、実戦では使いにくいが、同じ女相手であれば有効に使うことができた。



「な、なにそれ!? は、初めて聞いたんだけど!?」



「そりゃあ、お姉様はどれだけ鍛えていようとも、根っこは貴族の御令嬢ですからね。あたしのような貴人のフリをする“悪役令嬢”とは違いますもの。素手でくんずほぐれつな泥臭い戦い方なんて、誰も教えたりしないでしょうね」



「ぐ……」



 ティースも分の悪さを認めざるを得なかった。ヒサコの指摘通り、ティースは素手での戦い方など、特に意識したことがなかった。戦場に出て戦うことはそこまで深く考えておらず、あくまで鍛錬の一環として、数々の武芸に打ち込んできただけだ。


 もちろん、いざとなれば戦に赴く気でいたが、あくまで指揮官としてであり、前線で切った張ったすることは想定していなかった。


 まして、素手で殴り合うなど、想定外も想定外なのだ。


 そして、よりにもよって記念すべき結婚初夜ういじんが、あろうことかその格闘戦となってしまったというわけだ。


 夫との“床合戦”かと思いきや、まさかの義妹との殴り合い。散々な結婚初夜の幕開けとなった。

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