悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
3-3 ぶち壊し! 穏やかな朝食なんてなかった!
3-3 ぶち壊し! 穏やかな朝食なんてなかった!
少年従者マークもまた密偵である。
ヒサコはそう指摘し、その主人であるティースを睨み付けた。
「な、何を根拠にそんな戯言を……」
「歩幅、それと態度」
ヒサコはきっぱりと言い切り、視線をマークに向けた。
「歩いている時の歩幅が一定過ぎるのよ。何気なく歩いて、腕の長さや歩幅、自分の体を測量器具の代わりに使って、長さ、間取りを測るなんてのは密偵、間者のやり口よ。これから住むことになる屋敷の、正確な
ヒサコは後ろに控えていたマークをチラッと見て、それからティースに視線を戻し、ニヤついた。
ヒーサ、ヒサコの二つの顔を使い分け、挙句に腹話術人形のように振る舞って偽装しているのが、二人の中身である戦国の梟雄・松永久秀だ。演技や擬態と言う点では完璧であり、未だに誰も見破っていないほどだ。
その視点からすれば、マークは動きとして“なっていない”のだ。
「あと、態度が落ち着き過ぎているのよ。多感な年頃の少年にしてはね。“警戒”しているはずのお兄様と相対して、感情の動きがなさすぎる。どんな場面でも落ち着いていられるよう訓練されすぎて、却って不自然に感じてしまうわ。少年らしく見えるよう、少年っぽく振る舞える訓練もしておいた方がいいわ」
嫌味の利いた助言であった。ヒサコはそれでも動じた姿を見せないマークを鼻で笑い、視線をヒーサに向けた。
「お兄様、やはり信用なりませんわ。侍女だの、士分だとの紹介しておきながら、その実、密偵を潜ませているのですから」
「別に構わんさ」
ヒーサは特に気にした様子もなく妹の言葉を退け、ティースに視線を向けた。
「どう取り繕うとも、色々あったのは事実だしな。むしろ、警戒もせずに無防備な状態で公爵家に嫁いでくる方が能天気過ぎて、却って反応に困る。この程度の警戒であるならば、笑って流すべきだ」
「甘いですわね、お兄様は。新妻のわがまま、大きな顔は
そう言うと、ヒサコはスッと席を立ち、ティースを睨みつけた。
「あいにくと、あたしは誰かを観察するのは大好きですが、誰かにじっくり見られるのは嫌いなので、退出させていただきますわ」
正面から嫌味をティースに放ち、それからヒーサの方を向いて一礼すると、さっさと食堂から出ていってしまった。
立ち去る妹の後ろ姿を見送ってからため息を吐き、ヒーサは視線をティースに向けた。
「すまんな、ティース。ヒサコが余計なことをベラベラ喋ってしまったようで」
「いえ……。大丈夫ですわ」
ティースはそう言いながらも、ヒサコの出ていった入口の方から視線を動かせないでいた。
頭の回転が速く、目端も利いて、隠そうとしている事をすんなり暴いてくる。ティースからすれば、これで警戒するなという方が無理であった。
(まあ、それが狙いなんだけどね~)
ヒーサの後ろに控えていたテアは、不安と警戒が入り混じるティースを見ながら思った。
あくまで、ヒーサは人の好い優しい夫を演じ、警戒心は全部ヒサコに回させる。演技、腹話術を駆使した擬態だ。どこまでも警戒心を抱かせず、
その偽装は完璧であり、裏事情を知っている者だけがそうだと気付けるのだ。
「さて、ティースよ、今日は私と一緒に領内を回ってもらうぞ」
「お披露目、ということでしょうか?」
「ああ。私としても、美女を妻として迎えたのを、下々の者まで自慢して回りたいのだよ」
「お、おだてても、何も出ませんわよ」
少し気恥しそうに応じるティースに、ヒーサはにこやかな笑みを浮かべた。
ヒサコで締め上げ、ヒーサで緩める。この緩急こそ、最大の曲者なのだ。警戒心がどうしてもヒサコに引っ張られ、夫からの優しい一言が刺々しい心に染みわたってくる。
ティースも注意を払わねばと思いつつも、ヒーサの優しげない態度に心を許してしまいそうになった。
「なんなら、昨日のように、甲冑姿で巡察するか?」
「……重いので、遠慮させていただきます」
「ほほう、そうかそうか。花嫁の鋼鉄の心が
大声で笑うヒーサに対して、ティースは顔を赤らめてうつむいてしまった。和やかな夫婦の一幕にも見えるが、実際のところ、その場の全員が“嘘つき”なのだ。
(夫は自らの腹黒さを隠すためにいい人を演じ、妻は裏の事情を探るために従順に振る舞う。むしろ、暴露話をぶちまけた、妹が一番正直者という歪みすら感じてしまう。従者ですら、身上を誤魔化す)
テアは笑う二人を見ながら、強く思うのであった。誰も彼もが嘘つき。仮面の夫婦、偽りの家族ごっこ、そう判断せざるを得ないほどに、この空間は歪んでいた。
和やかな家族と食べる朝食の一幕が、まるで戦場のような雰囲気だ。
かくいう自分も、女神という存在を隠して、侍女として侍っているのであるから、どうこう言えた義理ではないかと冷笑するのであった。
はたしてこんな光景がいつまで続くのか、テアは先行きが不安で仕方がなかった。
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