悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~

夢神 蒼茫

序章 二人の出会い

0-1 信貴山炎上! 戦国の梟雄、炎に消えゆ!

 それはまるで松明たいまつのごとく、城が赤々と燃え上がっていた。


 城兵達の悲鳴があちこちから響き渡り、焼け落ちる音と共に山々にこだましていた。



「やれやれ、死に際くらい、格好を付けられぬのか、無粋な者達よのう」



 燃え盛る城の最上階、天守閣にて一人の老人が今まさに炎に包まれようとしていた。


 老人の名は松永久秀まつながひさひで大和国やまとのくに信貴山しぎさん城の城主にて、今まさに自分の手掛けた城と共に最期の時を迎えようとしていた。


 謀略の限りを尽くし、その悪名を知らぬ者がいないほどの下剋上の申し子にして、戦国の梟雄であった。


 主君たる三好家を簒奪して実権を握り、意のままにならぬ室町幕府の将軍すら殺め、東大寺の大仏すら焼き払うなど、その悪名は天下にとどろいていた。


 それを危険視した織田信長は久秀を討伐するも、すんなりと降伏してその傘下に入った。


 信長は惜しんだのだ。久秀の才覚と、手の内にある天下の名器を、だ


 今、武家の間では、“茶の湯”が流行していた。そのため、誰も彼もが茶道具を買い求め、“名物”と呼ばれる有名な茶器を追い求めた。


 茶人でもある久秀もその例に漏れず、数多の名器を保持し、それを信長が狙っているのだ。


 久秀が信長に降伏した際、その名物の一つ『九十九髪茄子茶入つくもかみなすちゃいれ』を条件に出したのもそれが理由だ。



「だが、あれは失敗であったな~。あれであの信長うつけを調子付かせた。今少し粘って焦らして、嫌がらせをしておけばよかったのう」



 炎に巻かれ、今や逃げ場を失いながらも、久秀は余裕の態度を崩さない。


 それどころか、頭や肩にもぐさを乗せて灸治をしている有様だ。



「ククク……、いざ切腹と相成った時、老い衰えて短刀が握れぬのは、なんとも様にならぬゆえな」



 すでにこの世は見切っており、どう散るかを考えている段階だ。


 死はすでに内にあり、あとはどう格好をつけて散るべきか、ただそれだけを考えていた。


 お灸に興じるのも、その一笑のために他ならない。



「だがな、信長うつけよ、何もかもお前の思い通りになるとは思うなよ。思い上がった魔王め、悔しがると良いわ」



 今、城を攻めている織田勢は言った。「所蔵の平蜘蛛茶釜を差し出せば、謀反の件は許す」と。


 自身が所蔵する名物の中でも、特に気に入っているのが信長が求めた『古天明平蜘蛛茶釜こてんみょうひらぐもちゃがま』だ。地を這う蜘蛛のごとき姿をした茶釜であり、そのドッペリとした異形に惹かれ、溺愛していた。


 茶釜一つ差し出せば、謀反の件は流す。これが信長の答えだ。


 だが、久秀はこれを断った。


 信長の思惑が透けて見えたため、思い通りになるのを命がけで拒んだのだ。


 なにより己自身の矜持が許さなかった。



「信長という男は“茶の湯”を政治の道具に使っている。茶はそのような窮屈なものに使う物ではなく、もてなしの心を以て創意工夫を楽しむものだ。だが、あの男にはそれが分からない。いや、分かっていながら利用しているのだ」


 

 それが久秀には我慢ならなかった。


 だからこそ、自分の持つ茶器を欲したと、久秀は見ていた。


 例え謀反を起こそうとも、茶器一つ差し出せば許される。名器一つで命が救われる。結果、茶器は値が上がり、それを追い求めて人々がまた相争うことになる。



「羨望は嫉妬の裏返しだ。欲しいからこそ邪なるを働き、妬むからこそ奪いたくもなる。ワシもそうだ。似ているからこそ、お前の考えなど透けて見える」



 ゆえに久秀の導き出した結論。それはこの茶釜だけは、平蜘蛛だけは渡してはならない、ということだ。



「これは茶人としての……、数奇者すきものとしての魂だ。この地を這う蜘蛛のごとき茶釜こそ、この黒鉄の歪んだ姿こそ、まさにワシ自身の姿だ。なんで、ワシ自身を差し出せようか。矜持や魂まで差し出して、生き延びることに何の意味があろうか!」



 だからこそ、久秀は決めたのだ。あの男には何も渡してはやらぬ、と。


 最後に一つを茶を飲もうと、近くの水指みずさしのぞけども、すでに中身の水は無し。なんとも締まらぬ最後となってしまった。



「ああ、こりゃいかん。すっかり無くなっておるわ。あ~、つまらんつまらん! これにて仕舞いの我が人生なり。好き放題やって来たのだ。今更悔いても仕方なし! それもまた人生よ」



 そして、平蜘蛛の中に火薬を詰めていき、蓋を閉める。火縄を差し込み、さらに自分の体に括り付けた。


 準備は整い、回って来た火の方へゆっくりと歩み始めた。



「死して赴く三途の川よ、待っておれ。どうせ行く先は地獄。鬼達が待っていようぞ」



 そして、久秀は火の中に飛び込んだ。大事に平蜘蛛を抱えながら。


信長うつけよ、涅槃にて、地獄にて、先に行って待っておるぞ。平蜘蛛のことはせいぜい悔しがるとよいわ。ああ、それと、前に渡した九十九髪つくもかみの茶入れ、ワシの形見と思って大事にしておれ。いずれ、地獄で取り返してやるわ!)



 火薬に火が付き、そして、天守は爆発した。平蜘蛛もまた、主と共に炎の中へと消えていった。

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