元ホスト一歩手前は救い主に変身
すどう零
第1話 予想外の隠された真実が暴露するとき
私、るり子(前作の「貢ぎ貢がレディーとまさ恵おばさんとの交換日記」の主人公)は、ゴスペル喫茶ハレルヤのドアを開いた。
まさ恵おばさんは、いつもと変わらぬ笑顔で私を出迎えてくれ、いつものように、カウンター越しにサイフォンモカ珈琲を注文した。
すると信じられない光景を目にしてしまった。
なんと、橋野おじさんと元ホストの吉崎雄也が奥のテーブルに座っていたのである。
私は思わず
「あらー、お二人とも偶然とはいえ、不思議なめぐりあわせ。
吉崎さんは、今長距離トラックの運転手よね」
吉崎は答えて言った。
「はい、昔の杵柄のおかげで一週間たった今、ようやく慣れてきました。
しかし、僕は橋野さんに鍛えて頂きたいんです」
そう言って吉崎は、左手の平を橋野おじさんの目の前に置いた。
「あのときは、殴ってくれなんて無茶を言いましたが、橋野さんは僕に手をだしませんでしたね」
橋野おじさんは、憮然とした表情で答えた。
「当たり前じゃないか。半世紀前の青春ドラマじゃないんだよ。
もし僕が公衆の面前で、君を殴れば僕は加害者、君は被害者となり、下手すると傷害で訴えられかねない。ホストのパフォーマンスもいい加減にしてくれと、叫びたかったのを我慢していたんだよ」
吉崎は納得したように答えた。
「今から、僕の左手に橋野さんのげんこつを押して下さい。
このことで、僕は過去から救われた気分になり、新しい魂が生まれそうな気がするんです」
すると橋野さんは、納得したような顔で、左手のげんこつを吉崎の手の平に当て、力づくでおさえた。
「あー痛い。でもなんだか指圧のような気持ちのいい痛さです」
橋野おじさんは、ようやく笑顔になった。
その笑顔は、私が初めて目にする晴れやかな笑顔だった。
「それじゃ、僕は君のマッサージ師になったってわけか?」
吉崎も同時に笑いながら
「そんなあ、橋野おじさんからそんな言葉を聞けるとは、恐れ多い限りです」
橋野おじさんは安らいだ表情で言った。
「正直言って、君みたいな元ホストはこれからロクな末路を辿りかねないと思っていた。しかし、僕は君がトラック運転手という別の世界で活躍できることが嬉しいよ。やはり若い人にはがんばってもらわなきゃ。日本を支えるのは、若者だからな」
吉崎は橋野おじさんを労わるように言った。
「そんなあ。僕にだけ頑張ってなんていうのは、なんだか淋しいじゃないですか。
橋野さんと手を取り合って、頑張っていきたいものです」
橋野おじさんは、少々呆れたように言った。
「さーすが元ホスト。人の言葉尻をうまく捕えて、関係性をつくろうとするの、うまいよね。見習うところはあるよ」
吉崎は答えた。
「僕の人生は富士山の登山でいえば、五合目ですが、橋野さんは八合目まで登り切ったようですね。ゴールまであと一歩ですね」
橋野おじさんは、心底感心して言った。
「何を言ってるんだ。僕なんて下山真っ最中だよ。またそうやって、富士山という有名な美しいものをネタにして、人を褒めようとする。
僕も君くらいの話術があれば、人生変わってかもしれないな」
吉崎はおどけながら
「またまた、恐縮です」
橋野おじさんは、少し照れたような表情で吉崎の分まで伝票をつかんで会計をすませようとした。
吉崎はそれを制し
「やめて下さいよ。僕はもうホストじゃないんだ。
もし、ここで払ってもらうと、今までの会話がみんな嘘くさいその場限りのお愛想のホスト満載トークに変わってしまい、ホストの友達営業の一環となってしまう。
今度は僕に払わせて下さい」
橋野おじさんは、目を丸くして吉崎に一礼したあとで、まさ恵おばさんに
「この店のモカ珈琲、娘のるみ子の好きだった香りと味が似ているよ」
まさ恵おばさんは、勝ち誇ったような笑顔を浮かべながら
「また是非いらして下さい」と橋野を見送った。
私はスナック勤めのつねとして、ドアを開けて橋野おじさんを見送った。
今日に限って橋野おじさんの背中は、少し曲がり気味であり、小さく儚く見えた。
まさ恵おばさんは、ため息をつきながら私に語った。
「今、日本では悪質ホストが朝のワイドショーになるほど問題になり、未成年者に多額の売掛金を背負わせ、風俗に売り飛ばす。これがホスト商法ですねなんて、堂々と語る有名インテリコメンテイターもいるわね。
しかしホストもまた、売掛金に苦しめられ、罪責感にまみれた挙句、自暴自棄になって覚醒剤に走るホストいる。
だいたいホストというだけで、ケンカしても同じ土俵に立つことは難しいわね」
私も同調して言った。
「まさにそうですね。女性客の売掛金は自分で肩代わりすることになり、店ぐるみで無理な売掛金を発生させる悪質な店も存在する。
ホストは個人営業、ゲロを吐いても病院送りにはなるが、あくまでも自己責任。労働災害保険がでるわけでもない。
まさに孤立無援よね」
まさ恵おばさんもそれに乗るように答えた。
「まあ、ホスト側が九割方被害者であったとしても、変に勘繰られることもあるわ。何か裏に隠されている事実があるんだろうとか、本当は過去に恨まれるようなことをしてるんじゃないかとかね。
もう今の世の中、二昔前にメディアに登場していたアイドルホストのように、大手を振ってホストですなんて、名乗ることは難しい。
ホストは今、お涙頂戴の悲劇の主人公を演じることで、ようやく成り立つかもしれないわね」
しかし、お涙頂戴の同情は、いずれは涙が枯れ冷めるときが訪れる。
まさ恵おばさんと私は、やはり売掛金制度を改革するしかないのではないかという、結論に達した。
この後、まさ恵おばさんから思いがけない過去を暴露されることになったとは、そのときは想像もつかなかった。
吉崎はいきなり、カウンター越しのまさ恵おばさんに語りかけた。
「僕を覚えていますか? まあ、覚えてるはずないですよね。
だって二十年も昔の五歳の頃だった僕を」
まさ恵おばさんは、不思議そうな表情でまざまざと吉崎を見つめた。
「もしかして、吉崎雄也君。そうよね。
そういえば、私雄也君に、フィギュアのおもちゃをあげた記憶があるわ」
吉崎は嬉し気な表情で答えた。
「よく思い出して下さいましたね。僕はあなたの昔の彼氏の実子です。
といっても、あなたが産んだ子供じゃないですよ。親父の連れ子です」
まさ恵おばさんは、手を打った。
「吉崎さんは、二年前に亡くなったわね。まあ、死因がなにかは知らないが。
実は私、吉崎さんの独身だという言葉を信じて、おつきあいしてたの。
実際は離婚調停中で、単身赴任中だったけどね」
私は驚いた。これじゃあ、今流行りの不倫じゃないか。
いや、まさ恵おばさんはそんな色と欲にまみれるような、やわな女性ではない。
その期待に応えるように、まさ恵おばさんは答えた。
「お付き合いといっても、いわゆる肉体関係はなかったわ。
十戒にも「あなたは姦淫してはならない」とあるでしょう」
しかし、いくら離婚調停中だからといって、妻子持ちの男性が肉体関係なしですますことができるだろうか? 私にはいささか疑問が生まれたが、吉崎が答えた。
「親父は当時は重症の糖尿病だったから、性的機能はなかったんですよ。
小太りで一見元気そうに見えるけど、なんと血糖値が500を超えてましたからね」
ゲホッ、血糖値500というと、リミットである100の五倍ではないか。
糖尿病は緑内障、神経障害、腎臓をやられ、足も動かなくなる以上に、壊死の危険性もあるので、切除してしまわなくてはならず、もちろん男性の性的機能は果たせるはずはない。
吉崎は、昔を回想するように言った。
「僕達一家は、昔は中流家庭だったんだ。親父は町の世話係と呼ばれるほど、人望があったんだよ。
もともとはぬいぐるみの会社を経営していたんだ。もちろん、最初からうまくいくはずもなく、おかんは内職でぬいぐるみを手作りしていたんだ。
しかし、会社が軌道に乗り、年収が一千万円越えたときから、親父の裏切りは始まったんだ。会社をおかんにまかせっきりにし、自分はゴルフ三昧、あげくの果てに愛人をつくる始末だった。
しかしおかんはじっとそれに耐えていたよ」
なんだか、私の家庭と八割方、似ているな。
吉崎は、自嘲気味に話を続けた。
「親父の部下の奥さんが「私の主人は愛人をつくっているんです。そのことを責めるとなんと「社長夫人は、愛人をつくったくらいで文句を言わないよ。まったくよくできた聖人君子のような人だ。お前も社長夫人を見習え」と逆に開き直るんですよ。なんて言い返したらいいんですか?」
すると、おかん曰く「そういうあんたが、社長のようになってくれたら、私も社長夫人みたいになるわ」と言い返しなさいよ」とアドバイスしていた。
おかんは、心の広い度胸のある女性だったけど、その反面、ワインに溺れることもあった。だから僕は、今でもワインは苦手なんだ。見ただけで吐き気がするよ」
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