「付き合ってあげてる」が口癖のダウナーで上から目線の彼女に、「他に好きな人ができた」とメッセージを送ったらどうなるか検証してみた。

式崎識也

第1話 彼女と別れ



「ん? ああ、いいのよ。あいつとは付き合ってあげてるだけだから」


 それが、俺の彼女──佐倉さくら 美春みはるの口癖だった。


 美春と俺は小学校に上がる前からの付き合いで、俺は物心ついた時から彼女のことが好きだった。……でも、人気者の美春と俺とじゃ釣り合いがとれない。俺は長い間、自分の気持ちを伝えられずにいた。


「別に、付き合いたいなら、付き合ってあげてもいいわよ」


 けれど、高校に入学してすぐ。美春は唐突にそんなことを言った。……そしてそれから、半年と少し。


 俺──糸杉いとすぎ 秋穂あきほは美春の彼氏として、できる限りのことはしてきたつもりだ。呼び出されたらすぐに駆けつけ、あれが欲しいと言われたら買いに行き、彼女の為に尽くしてきた。


 なのに、美春は……。


「ねぇ、そろそろ別れよっか?」


 いつもの気まぐれで、急に紅葉が見たいと言い出した美春を連れて、京都までやってきたデートの帰り道。美春はどうでもよさそうに、そんなことを言ってのけた。


「なんだよ。なんでいきなり、そんなこと……」


 唐突な言葉に、俺は唖然と美春を見る。


「いや、飽きたからもういいかなって」


「……飽きた? それ、本気で言ってるのか?」


「うん。そもそもあんたと付き合ってたのも、咲奈さくなに彼氏の自慢ばっかりされてうざかったからだし。でも、あの子ももう別れたみたいだから、そろそろいいかなーって」


 肩口で切り揃えられた黒髪を指に絡ませ、悪びれもせず美春は笑う。


「ふざ──ふざけるなよ! なんだよ……なんだよ、それ。俺は本気で、お前のことを……!」


「だから、そういうのがウザいのよ。なに本気になってんのって話。遊びでちょっと、付き合ってあげてただけでしょ?」


 呆れたように息を吐いて、こっちを見る美春。大きな目に薄い色彩の唇。街を歩けば、誰もが振り返ってしまうような整った顔を不快げに歪ませて、美春は言う。


「あんたって昔からそう。あたしの後をついてきて、あたしの顔色を伺って。楽しくないのよ、一緒にいて」


「……だったら初めから、そう言えばいいだろ? なんで付き合うなんて言って、半年も経って、楽しいはずのデートの帰り道で、そんなこと言うんだよ……」


「だから、飽きたの。それに今さ、サッカー部の七瀬ななせくんに声かけられてるんだよね。あんたと付き合うより楽しそうだし、もういいかなって」


「ふざけるなよ! 意味わかんねーよ!」


 美春はクラスでも目立って、いつも多くの友達に囲まれている。ぼっちな俺とは住む世界が違うような女の子だ。だから俺も、そんな美春の隣に居られるようにと、できる限りのことはしてきたつもりだ。


 なのにそれを、『飽きた』のたった一言で終わらせるのか?


「最初はあんたも、ボール投げたら必死に追いかける犬みたいで見てて面白かったけど、半年も一緒にいたら流石に飽きるよ。今日もせっかく京都まで来たのに、あんまり楽しくなかったし」


「……それは、お前が急に言い出したんじゃないか。紅葉が見たいから京都に行こうって、俺に電車代まで出させて。なのにお前はずっとつまらなさそうな顔して、俺は──」


「いいって、そういうの。めんどくさい。あんたとは、付き合ってあげてただけだし。ごちゃごちゃ言われても、もうどうでもいいよ」


「ふざけるなよ! お前は人の気持ちを、なんだと思ってるんだ!」


「別に、なんとも。……というか、大きな声出さないでよ、恥ずかしい」


 心底からどうでもよさそうに目を細め、美春は真っ直ぐにこちらを見る。


「人の気持ちなんて、初めから分からないものでしょ? なのにあんたは、必死に他人の顔色を窺って……つまんないのよ。飽きたから、もう終わり。じゃーね」


 美春が歩き出す。俺はその背中を追おうとして、でも足が動いてくれない。


 追って、どうするのか。それで彼女が『全部、冗談だよ?』なんて笑ったら、全て許してしまうのか。好きという気持ちに、嘘はない。でも、嘘じゃないなら、なんだ?


 本気なら、靴を舐めてでも媚を売らなきゃ駄目なのか? あそこまで言われて、それでもただ側に居たいという一心で、道化を演じ続けるのか?


 この半年、そうし続けた結果が、今のこの有様だというのに。


「あ、1個だけ言い忘れてた」


 美春がこちらを振り返る。その目は確かに、俺を見ている。なのにどうしてか、彼女がとても遠くに感じる。


「あんたが作る卵焼き、塩っぱくて苦手だった」


 そんな場違いな言葉を残して、今度こそ美春は立ち去る。明日は学校で、彼女と俺は同じクラスだ。だから明日も、当然のように顔を合わせることになる。


 なのにあいつは、こんな別れ方をしてなんとも思わないのだろうか?


「……何も思わないから、言ったんだろ。あいつは元から、そういう女だ」


 それくらい分かっていた。分かっていても、好きだった。この半年、美春は常にこちらを見下していた。それでも俺は、何も言うことができなかった。


「……惚れてたんだよ、くそっ」


 なんだが酷く、疲れてしまった。俺は近くのベンチに座り、大きく息を吐く。


 ふと、冷たい風が頬を撫でる。もうすぐ秋も終わり、冬になる。俺は今まで、何をしてきたのだろう? 幼い頃、美春が俺に見せてくれた優しさ。その優しさに縋り続けてきた俺は、あの頃から何も成長していないのかもしれない。


 彼女が変わってしまったのは当然で、いつまでも変われない俺が間違っている。


「もういい。もう終わりだ」


 結局、俺はからかわれていただけで、愛されていた訳じゃない。そしてこれから何をしようと、彼女が俺を見てくれることはない。


「人を好きになるって、めんどくせぇよ」


 情けなくも、声が震えていた。そうして俺の初恋が終わった。……そのはずだった。


「……は?」


 それから1週間後。俺のスマホに、1通のメッセージが届いた。相手は最低な別れ方をした元カノの美春。俺は表示されたメッセージの内容に、思わずスマホを落としてしまいそうになる。



『ごめんね。この前はちょっと嫌なことがあって、八つ当たりしちゃった。でも本当は私も、秋穂のこと好きだよ』



 ──この女、殺してやろうか。



 一瞬、本気でそんなことを思った。あそこまで酷い別れ方をして、どんな脳みそをしていたら、こんなメッセージを送ってこられるのか。


「……くそっ」


 それでも、少しだけ安堵してしまった自分に吐き気がし、俺は自室の壁を殴る。


「どこまで見下してんだよ、あの女」


 つまらない感情をぶつけるようにスマホを操作し、メッセージを返す。



『悪いけど、他に好きな人ができた』



 そうしてここから、楽しい楽しいラブコメが始まった。


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