10章#41 ミオライカ
SIDE:来香
へとへとなるまで言い合って、ぐちゃぐちゃになったあたしと友斗くんは、二人仲良く布団に入って眠った。男の子と添い寝するなんて幼稚園ぶりかな。……兄さんは特別だけど。
自分の中で、意識と記憶がかき混ぜられているのを自覚する。まるでドリンクバーみたいだった。コップに色んなジュースを入れたら、もう分けることは難しくて、全部一つになる。今あたしの中にある想いのうち、どれが百瀬美緒のものでどれが月瀬来香のものなのかは分からなくなっていた。
「ん、ふわぁ……」
目を覚ますと、窓から朝日が差し込んでいる。あれだけ雨が降っていたのに、今朝はすかんぴぃの晴れだった。
台風ではなかったけれど、台風一過みたいなものだろうか。
台風一過とか、雨降って地固まるとか、この世には波乱の後の平穏を表す言葉がたくさん揃っている。ハッピーエンドって言葉だって、その延長線上だ。
「……兄さんが起きる前に可愛くしとこっと」
きっと今のあたしも“そこ”にいる。
昨日までのあたしの心はぐちゃぐちゃだった。
美緒としての
来香としてのあたしは恋を叶えたかった。だから美緒に自分の想いを託して、利用しようとしていた。けれど、本当に美緒の恋が叶ってほしいとも同じぐらい思っていて、もしも友斗くんが気付かないなら美緒を選んだなら大人しく消えるつもりでもいた。
スクランブルエッグみたいだな、と他人事のように思って笑う。
ヒールだのヒーローだのヴィランだの、自分の在り方を型にはめて、難しく考えすぎていた。本当はもっと単純だったのに。
あたしたちはずっと一緒にいたくて、同時に兄さんの特別になりたかった。
澪と相対したとき、我が儘な在り方に焦がれた。
入江会長と話したとき、真っ直ぐな姿に憧れた。
雫ちゃんと向き合い、想いの強さに息を呑んだ。
三人と関わって、負けたくない、って強く思った。
これが青春ラブコメなら、きっと兄さんたち四人の物語は終盤に差し掛かっている。最終章には突入しているだろう。そんなラストから急に頭角を現したあたしたちは物語を揺れ動かすゲームチェンジャーにしかなれない。
――ふざけるな、って。
そう思っていた。
だけど、その気持ちから目を逸らして、あーだのこーだのと理屈をこねて迷子になっていたんだと思う。
考えながらシャワーを浴び、部屋の隅で乾かしてある服に着替える。ドライヤーを使ったら兄さんを起こしちゃいそうだし……今はタオルでなるべく水分を取っておこう。
洗面台の前に立って、鏡の中の自分を見つめる。あたしはそれなりの美少女だ。スタイルだって、胸がそこそこなことを除けばかなり良いと思う。胸の手術跡もあたしにとってはアクセサリーだ。兄さんだってそう感じてくれるはず。
鏡面の向こうのあたしに、ねぇ、と問いかける。
――ねぇ、あなたは誰?
少なくとも、昨日までの月瀬来香じゃないし、百瀬美緒でもない。だけど昨日までのあたしたちが消えたわけではなくて、不思議と傍にいるような感じがしている。
ねぇ美緒。なに来香。
そんな風に話せる気もするし、くだらない自問自答にも思える。
あたしの中で来香と美緒が混ざって、だけど、どっちも消えてはいなくて。
じゃあ、今のあたしは誰なんだろう。
考えても答えが出ないから、もういいや、と探すのをやめる。
「今日からあたしが月瀬来香。それが答えね」
鏡の中の自分に向かって、あたしが決めた答えを口にする。
見つからない答えを探すのは疲れた。そんな禅問答をしてる暇なんてどこにもない。だからあっさりと答えを決めつけて、意味のない屈託は全部置き去りにする。
来香も美緒も、全部あたしのもの。
幼馴染としての思い出も、妹としての思い出も、全部あたしのもので。
あたしたちが一緒に生きたあの時間すらも、今のあたしのかけがえのない過去になる。
寂しい?
誰かが聞いてきた気がして、まさか、と笑う。
あたしは独りになったわけじゃない。
兄さんも言ってたとおりだ。
『二人が一人になれば、二人とずっと一緒にいられる。しかも美緒と月瀬が混ざり合った、最強の女の子の誕生だ』
これからはどっちも表で、どっちも裏になるだけ。
不思議なことに、そんな在り方がすごくしっくり来てる。
来香と美緒がかき混ぜられて、最強の
鏡に映るストレートヘアーのあたしを見て、なんか違うなぁ、と首を傾げる。
美緒はお団子を作るのが下手っぴだから、この数週間は髪を下ろしていた。だけどやっぱりこの髪型はしっくりこない。
髪には神も穢れも煩悩も、恋心だって宿るから。
想いを束ねるみたいにお団子を作るのが好きだった。
「これからは二人いっしょ、だね」
これまで二つだったお団子を一つにしてみたら、うんこれだ、としっくりきた。
もともとお団子二つだと中華ヒロインかよって感じだったしね。
後は……そうそう、大事なものを忘れちゃいけない。お守りみたいに持ってきていた赤いヘアピンで髪を飾る。
壊したり失くしたりしたくないから、ずっと宝箱にしまっていたけれど。
いつまでも大切にしてるだけじゃ、本当に欲しいものすら手に入らなくなっちゃうから。
「うんうん、あたしってば可愛い~! あの三人にだって負けないよねっ」
ぶい、とピースサイン。
布団が敷かれている部屋に戻ると、すぅすぅとまだ兄さんが眠っていた。結局朝の1時くらいまで起きてたし、もう少し寝かせてあげよう。チェックアウトまでは時間があるしね。
本当に……奇麗な寝顔。
満月の裏側みたいだ、と思う。普段は一生懸命に生きてるから、その分、眠っている間は本当に気の抜けた子供みたいな顔になる。それが可愛くて、じっと見ていたらお腹の奥がきゅーって疼く。
…………いや、今の表現はアウトでは?
あたし、痴女じゃないし?
昨日迫ったのは復讐とか謀略とか、そういうことだし?
でも、こんなに無防備だと唇の一つでも奪いたくなる。
「いやいや、ダメでしょ!」
「ん……何がだ?」
「ひゃぅ!? 起きてたの!?」
突然聞こえた兄さんの声にびっくりする。けど、言葉は返ってこなかった。むにゃむにゃと可愛らしい寝顔が続いてる。寝たふりでもなさそうだ。
「なんだ、寝言かぁ……」
そーゆうの、心臓に悪いからやめてほしい。あたしの寿命が縮んだらどうするの?
なーんてね。
20年生存率が50%程度だとしても、あたしと私を合わせたら100%だ。短命になんてなってあげない。どれだけドキドキさせられても、100年は一緒にいるもんね。
こほんと咳払いをして、あたしはそっと兄さんの寝顔に触れる。
たまたま指先が唇に触れると、ちゅべりと僅かに濡れた。その感触はキスみたいに心地よくて、ふっと心が満たされる。
あの雪の日、兄さんを守ろうと思ったのも本当だった。
もしも兄さんが主人公でいられないなら、それでもいい。誰だって物語の登場人物にならない権利がある。
だけど、知っていた。
この人は今も昔も、どこまでも主人公なんだ。時々傷ついて、自分を責めて、挫けそうになってしまうけれど――支えてくれる誰かを引き寄せる力が兄さんにはある。
あの三人が兄さんを掬い上げてくれるだろうって信じてたけど……やっぱり悔しいな。
だからもう同じ轍は踏まない。
月が少しでも翳るなら、あたしが嵐になって雲を吹き飛ばす。
聞きたくない音があるなら、最高のラブソングを奏でてあげる。
守るんじゃなくて、今度は背中を押してみせるから。
聴いててね、この恋のうた。
――ここからはあたし
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