9章#34 祈りの年明け

 四人で手を握り合うというバカな行為をやめて、俺たちは列に並んでいた。1分だったか、それとももっと長かったのか。どれほど俺たちが手を握り合っていたのかは定かじゃないけれど、あれだけ間があっても時雨さんと入江先輩のすぐ後ろだった。


 まぁそんなもんだよな、と苦笑する。

 ここは別に名所の神社ってわけじゃない。一列四人で並ぶように言われたこの列も、俺たちで六列目。まだ二十数人しか来ていないが、さほど驚きはない。いつもこんなもんだからだ。


「まだ20分ぐらいありますねぇ……」


 隣に立つ雫が、スマホを見て呟く。


「私、神社でこーやって時間を待つの、初めてかもです」

「私も。二年参りとかしたことなかった」

「私は何度かありますけど……もう小さい頃のことで、覚えてないですね」


 もはや習い性と化している俺とは違い、三人にとって二年参りはそれほど身近なものではないらしかった。

 まぁそういうものなのかもしれない。初詣なんて所詮は……って考えたくもなるし、それでも神頼みしたくなるときは、デカくていい感じのところに労力をかけて行くことだろう。


「悪いな、面倒だったか?」

「あっ、いえいえ! 別にそーゆうわけじゃないですよ?」

「ん。っていうか、面倒だったら来ないし」


 二人はふるふると首を横に振る。大河は言わずもがなって感じだろう。こくこく頷いていた。

 でも、と意外そうに言うのは雫だ。


「友斗先輩、こーゆうのをそこまで大切にしないタイプだと思ってました」

「それね。新年だけ神社に来る人を小馬鹿にしてそう」

「お前らは俺のことをひねくれてて性格悪い奴だと思ってるだろそうなんだろ」

「……違うんですか?」

「ふっ、トラ子にそれを言われたらもうおしまいだね。どんまい、友斗」

「なんと理不尽な……」


 はぁ、とこめかみに手を添える俺。

 うんまぁ、三人の言ってることは間違ってないんだけどね? 新年だからってだけで神社に来る都合の良さには思うところもあるし、初詣だからと騒ぎ立てるのも好かない。


 だがそれでもこうやって初詣に来るのは、美緒が生きていた頃に家族で来ていたから――というのもあるのだけれども、

 それ以上の理由がぷかりと胸のうちに浮かんでいて、自然と口から零れ落ちた。


「好きなんだよ、こうやって年が明けるのを待つ時間が」

「寒いのに?」

「ああ、寒いのに。寒いし、眠いし、紅白最後まで見れないし、カウントダウン特番見逃すし、面倒極まりないんだけどな」


 自分の声は、思いのほか優しくて温かかった。


「1年を振り返って、あとSNSとか見て1年を振り返ってる他の奴らを見て、来年の目標を立てて、立ててる奴らを見て。そうやって今年が終わる瞬間と来年が始まる瞬間が混ざったような時間を過ごしてるのが、好きなんだよ」


 言っていたら気恥ずかしくなってきて、天を仰いだ。

 都会と違って灯りが少ないから、星がよく見える。冬の空気は澄んでいるからなおさらだろう。けれどもこれだけたくさんの星があったところで、その一つ一つの名前も、星座もろくに知りはしない。

 でも――そのなかの、ただ一つ。

 オリオン座だけは、はっきりと見つけることができた。


 形が分かりやすいからか、それとも美緒に教えてもらったからか。

 もしくはもっと別の理由かもしれないけれど、オリオン座だけは簡単に見つけられるのだ。


「友斗先輩のそういうとこ、好きですよ」

「ちょっと痛くて、ポエミーなとこね」

「ちょっと分かるかもしれません」

「……………ほっとけ」


 空から視線を隣に移せば、雫が、澪が、大河が微笑んでいて。

 その奇麗な横顔を見て、ごくごく自然に、恋心が溢れ出してきた。


 ああ、好きだ。

 雫が好きだ。澪が好きだ。大河が好きだ。

 どうしようもなく――好きなんだ。


 明日も、明後日も、1年後も、10年後も、ずっと好きでいたいし、好きでいてほしい。四人で一緒に居続けたい。

 この時間を共有できることが、嬉しくて――ちょっと泣きたくなる。


「友斗、顔赤いよ」

「……寒いからな」

「ふぅん?」


 とく、とく、とく。

 心が揺れる度に、きしきしと何かが軋む。

 まるで滑り台みたいだ、と思った。

 激しければ激しいほどに怖くて、踏み出せばどこか遠くに飛べるかもしれないけど、上手く着地をできる気はしない。


 上手く着地をできちゃ、ダメなんだ。

 だって俺は――。



 ◇



 5、4、3、2、1――


「――ゼロっ!」


 暫く話して、やがて新年がやってきた。

 除夜の鐘は鳴らないが、代わりに雫の小声でのカウントダウンがパチパチっと弾ける。元気のいい雫の『ゼロ』と同時に、俺は今年の始まりを強く実感した。


「あけましておめでとーっ、ですっ!」

「ん、あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます」

「おう。ま、おめでとさん」


 三人と一緒に言って、『今年もよろしくな』と続けるのを躊躇った。当然口にすべきことなのに口ごもってしまうことが、どうしようもなく口惜しい。

 気取られぬようにとマフラーに顔を埋める。

 澪と大河も改まって挨拶するのは照れ臭かったらしく、マフラーをくいっと上げたり、視線を逸らしたりしていた。


「ねぇねぇ! お願い事、何にする?」


 この程度のことでは恥ずかしくないらしい雫は、ワクワクした感じで聞いてくる。

 大河は、こほん、と咳払いをし、口を開いた。


「雫ちゃん。別に初詣って、お願い事をするわけじゃないよ?」

「え、そだっけ?」

「うん。どちらかと言うと一年間のお礼と宣言をするのが本来の趣旨だったはずだよ」


 大河の言葉に、へぇー、と頷く雫。

 それを聞いていた澪は、はっ、と軽く笑った。


「初詣とかでそういうことを訳知り顔で話す人いるよね」

「……間違いじゃないんだからいいじゃないですか」

「そうだけどね。でもこういうのって、本来の趣旨とかって形骸化してきてるじゃん。それをわざわざ掘り返すのもね」

「形骸化しているからと言って無視していいわけじゃないと思います」

「会話の空気を読もうって話。お願い事も誓いも似たようなものでしょ?」

「あーっ、もう! 二人ともケンカしないの! そろそろ番になるよ」


 雫が二人の言い争いに割って入った。

 いつもの澪と大河らしいやり取りに、くすっ、と笑みが零れる。

 何気にどっちが言ってることにも賛成できるんだよなぁ……。

 とか言っている間に、俺たちの一列前の人たちの参拝の番になっていた。


 時雨さんと入江先輩が、ぱんぱん、と拍手をし、祈っている。

 二人は何を願うのだろう。或いは、誓うのだろう。

 なら、俺は――。


「私はね、ちゃんとお願いしたいことあるんだ。お願いっていうより、誓いなのかもだけど」

「ふっ……そうだね。私も」

「私も、です」

「一緒のことかな?」

「「きっと、ね」」


 三人が、言葉を交わしている。

 分かり合っているような視線の交差が、紡がれる糸のように思えた。その中に入っていることが躊躇われて、唇を噛む。

 言っている間に、前列の人たちが横に捌け、俺たちの番になった。

 賽銭箱の前に立ち、三枚分の五円玉を投げて、からんからんと鈴を鳴らす。


 二礼、二拍手、そして祈る。

 作法は辛うじて身につくけれど、何を願い、何を誓えばいいのか、俺には分からない。


 欲しいものはある。

 でもそれは手に入らないものだから。


「…………」


 俺は何も願わず、何も誓わず、締めの一礼をして神前から退く。

 不器用に目を瞑る大河、奇麗に祈る澪、無垢な顔で手を合わせる雫。

 どうか三人の願いは叶いますように、と。


 神ではなくて星に願った。



 ◇


 SIDE:雫


 祈るものも、誓うものも、とっくに決まっていた。

 四人でずっといられますように、四人でこの恋を続けられますように。

 誰かが傷つかないために、なんて妥協じゃない。

 一番の幸せがそれだと信じてるから。


 目を開いて二人の方を見ると、ぱちっ、と目が合った。

 友斗先輩はもういない。先に捌けてるみたいだ。ほんと、そーゆうとこだよ、と思う。


 きっと――ううん、絶対に。

 祈るものも、誓うものも、私たちはおんなじだ。


 ねぇ気付いてる? 友斗先輩。

 友斗先輩が好きだったこの時間を共有できて、私たちも凄く嬉しかったんだよ。


 好きで、大好きで、愛してるから。

 だからこの願いが叶いますように。

 お月様に、そう願った。

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