9章#27 帰省

 SIDE:友斗


 海をひっくり返したみたいにどこまでも広がる空。青々としたそこに、ぷかぷかと陽気な恐竜型の雲が何体か浮かんでいた。

 あいつはネッシーで、あっちはリヴァイアサン。

 そんな風に厨二心に従って名前を付けてみると、自動車での移動時間も退屈しない。


 12月も、あと2日で終わりとなった今日。

 俺は車に揺られ、父方の実家へ向かっていた。久々に乗ったミントグリーンの自動車は、相も変わらず快適だ。運転席では父さんがハンドルを握り、車内では義母さんのスマホとオーディオをBluetoothで接続して、プチリサイタルが始まっている。


「ふんふんふ~♪」


 と、調子っぱずれな鼻歌を歌うのは助手席の義母さんだ。

 昨日もがっつり徹夜していたらしいのだけれど、その表情には眠気を感じない。ここまでくるとショートスリーパーなのか、と思えてくるよな。


「それにしても! こんな風に家族揃って出かけられるのも本当に久々よねぇ! 久しぶり、友斗くんっ」

「はははっ、そうっすね。まぁ顔自体はちょこちょこ合わせてましたけど」

「そ~だけどね。本当はシルバーウィークに休み取って、どっか行きたいって思ってたんだから」


 ちょっと悔しそうに義母さんが言う。

 運転席の父さんも、うんうん、と頷いている。

 なるほど、シルバーウィークか。


「えっと、シルバーウィークっていつでしたっけ?」

「9月の下旬だよ。だからどっちみち、私たちは文化祭が忙しくて無理無理」

「あ、そっか」

「そうなのよ~! だから渋々諦めたの! その代わりに文化祭に行ったのだけれどね」

「「「えっ!?」」」


 義母さんの突然の告白に、俺たち三人の声が重なる。

 は……? 今なんつった?


「え、ちょっと待ってママ。文化祭来てたの?」

「あら、言ってなかったかしら?」

「「言ってなかったよ!」」

「うぅ……そんな二人して言わなくてもいいじゃない。うっかりうっかり」


 愛嬌たっぷりに義母さんは言うが……ぶっちゃけ、ちっとも『うっかり』の次元ではない。だってもう12月も終わるんだぜ? 文化祭からちょうど3か月ほど経っている。衝撃の事実すぎだ。


 俺を挟むようにして座る雫と澪が、はぁ、と揃って溜息をつく。

 二人を交互に見遣ると、雫が苦笑い交じりに言った。


「(お母さん、割と昔からこんな感じなんですよ……)」

「(ああ、うん。大変だったんだな)」

「(ほんとそれです。ね、お姉ちゃん)」

「(ん。テキトーなママを反面教師にしてる部分はあるよね)」

「(ねー!)」


 大河の家と比べるべくもないのだけど、うちはうちで割とアレだよな。超絶放任主義って感じ。

 だがまぁ、俺も雫も澪も、それが嫌なわけではない。

 自由にさせてもらっているからこそできてることもあるし、いつもいつも家にいないわけでもない。まぁ俺たちが寝静まった後に帰ってくることが多いんだけどね。

 三人でくすくす笑っていると、義母さんがこちらを覗き込んでくる。


「よく聞こえないけど二人に酷いこと言われてる気がするわ……!」

「あ、妥当なことしか言われてないんで安心していいですよ」

「友斗くんっ!? 酷いわ、これが反抗期かしら」


 ぶわっ、と嘘泣きっぽく目元をごしごしこする義母さん。

 反抗期て。


「反抗なんてしませんよ。っていうか、文化祭来るなら言っといてください。そうしたらおすすめの場所とか教えられましたよ」

「凄まじくいい子だった! 愛してるわよ、友斗くんっ!」

「なっ、お母さんずるい! 私の方が友斗先輩のこと好きだもん!」

「……私も。友斗のこと、好き」

「ここで張り合う必要どこにある???」


 三人がボケに回るといよいよツッコミ役が大変なのでやめてほしい。おいこら父さん、一人で『一家団らんだなぁ』みたいなニヤケ面してるんじゃねぇよ。あんたの奥さんだろちゃんとツッコめ。

 ミラー越しに睨んでいると、両の手がぎゅっと握られた。


「っ!?」


 右には雫、左には澪。

 驚いて声が出そうになるのを、ギリギリ唇を噛んで堪える。

 二人に視線を送ると、にひーっと笑顔が返ってきた。


「(両手に花、ですねっ♪)」

「(一輪足りないけどね)」

「(大河ちゃんの分もちゃんと握ってるからだいじょーぶ!)」

「(そだね。じゃ、私もトラ子の分、強く握っとく)」

「(っ、いやおかしいだろ)」


 こそこそと小声で話す。

 別に家族なのだから、手を繋いでいてもおかしくはない。ましてさっきの流れだ。冗談交じりで『好き』と口にしていたんだし、その流れでじゃれ合っていると言えば変に思われることもないだろう。


 それでも――二人と手を繋ぐのは、気が引ける。

 掌にめっちゃ汗を掻いてやばい。


「(嫌ならいいですけど)」「(嫌ならやめるよ)」

「(…………嫌じゃ、ないけど)」

「(やった)」「(なら着く前でこれで♪)」

「~~っ!?」


 父さんと義母さんに隠れて手を繋いでるっていう背徳感が、生唾を妙に刺激的なものに変える。

 堪らず顔をしかめる俺をよそに、車内で流れる歌が変わる。

 流れてきたのは――数クール前にやっていたラブコメのOP。現代日本を舞台にしてるのにハーレムを目指す、突飛なラブコメだった。


「それにしても。友斗くんも私の扱いが酷くなったわよね」

「あっ、すみません。いつものくせで」

「ううん、責めてるわけじゃないのよ! ようやく本格的に家族になれたな~って感じよね」

「このやり取りが家族ってのは変な気がしますけど……」


 今のは単にツッコミどころが多いから言っていただけの気もする。

 義母さんに対してはまだ敬語が抜けないし。

 けれど……じゃあ、何が家族らしさなのだろうと考えたら、答えが出てこなかった。

 ぶんぶんと首を横に振り、にへらっと答える。


「ま、うちの学校に義母さんと同じノリの奴がいるんで。割とノリに慣れたのかもしれないです」

「そんな子がいるの!? 会いたいわ! 澪、知ってる?」

「ママと同じノリ……ああ、うん。知ってるし友達だけど絶対会わせたくない。面倒そうだから」

「私にもその子にも酷くない!?」

「大丈夫。鬱陶しがっても喜ぶタイプだから」

「あらやだ私そっくり」

「そこで即それが出てくるのがアウトなんだよなぁ」


 苦笑していると、にぎにぎ、と右手が握られる。


「(なんだ?)」

「(何でもないですっ。友斗先輩の手だなぁ、って思っただけで)」

「(っ、そうかよ)」


 くっそぅ、可愛いなおい。

 そういう不意打ちはやめてほしい。

 どう反応していいか分からずにいると、雫はしみじみと口を開いた。


「まぁ友斗先輩、二学期はすっごく頑張ってましたからね~。友達も作ってましたし」

「そうそう。めちゃくちゃ嬉しそうにしてて可愛かったよ」

「可愛くない。っていうか嬉しそうにしてたとか言うのやめてくんない? 俺のキャラがブレるから?」

「いやブレないでしょ。友斗、そういうキャラだし」

「ですです。言っときますけど、友斗先輩ってクールキャラでもぼっちキャラでもないですからね?」

「なん、だと……」「なん、ですって……」


 俺とほぼ同じトーンで、義母さんが衝撃を受ける。

 いや、おかしいでしょ?

 

「あのちょっと待ってください。義母さんが同じ反応しないでもらえますか?」

「え~、いいじゃないの~。だって友斗くん、どこからどう見ても友達少なめギャルゲ主人公って感じだったのに!」

「それを義理とはいえ母親に言われる息子の気持ち、考えましょうね」

「ギャルゲって言っただけセーフよ。本当ならエロ――」

「それ以上はいけない」

「手遅れじゃない?」「手遅れでは?」

「そう思うならお前ら二人がちゃんと止めような!?」


 はっはっはっ、と父さんが笑う。

 絶対これ、家族のノリじゃないと思うんだよなぁ……やだよ、息子のことエロゲ主人公っぽいって思ってる母親。

 そう思っていると、今度はそっと澪が耳元に口を近づけてくる。

 だからまた、そういうことを……っ!


「(エロゲ主人公だって。やらしー)」

「(っ、レーティング!)」

「(それ、私たちの関係で言うこと?)」

「(ぐぬぅ)」

「(くくくっ。あーおっかしー!)」


 もうからかうのに満足したのだろう。

 澪は離れていく。まぁ、手は握ったままなんだけど。


「ふふっ。そうなのねぇ……息子の成長、なんだかとっても嬉しいわ」

「……そう、ですか」

「えぇ。ところで友斗くん、さっきから顔赤いけど体調でも悪い?」

「い、いやぁ。光の加減じゃないっすかね。はい」


 本音声で義母さんにツッコんで、副音声で雫と澪の囁きに耐えてる俺を褒めてくれてもいいと思うんだ、うん。

 話している間に、また曲が切り替わる。

 今度は……女の子が男の子をからかう日常ラブコメのOPで――って!


 選曲に悪意を感じるのは俺だけ?

 夏ぶりの帰省は、頭の痛いものになりそうだった。

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