9章#26 お掃除大作戦(5)
ベッドに押し倒してしまうという、またしても入江先輩には言えないことをした点を除けば、部屋の掃除は割と順調に進んだ。
大河の部屋が片付かないのは、片付けができないというより物が捨てられないせいらしい。要らなそうなものはちゃんと捨てるように叱りつけると、大河は素直にゴミをゴミ袋に詰めていった。
「あとは雑誌系だな」
「ですね」
「なんか、思うけど。女子って雑誌好きだよな」
ずらりと詰まれた雑誌を眺めながら俺は呟く。
が、大河はいまいちピンとこなかったらしい。はてと首を傾げる。
「むしろ最近は出版不況と言いますし……あまり雑誌を買う同級生を見ないような気もしますが」
「そうなのか? 澪の部屋には、結構雑誌があったんだが」
「……澪先輩の部屋に入ったんですか」
「間が怖ぇんだよなぁ」
怒っているわけではなさそうだが、フラットな感情でもない。何とも形容しがたい雰囲気がひしひしと伝わってきて苦笑していると、冗談ですよ、と大河は笑った。
「澪先輩の部屋に入ったくらいで何も思いません。羨ましいな、と思うことはありますが……嫌ではないですから」
「……それ、どういう感情?」
「どういう感情なんでしょうね。私にも分からないです」
「さいですか」
そんなことを笑顔で言われると、こちらもどう反応すればいいのか困ってしまう。怒って、詰って、夏みたいに言い咎めてくれた方がよかった。
零れそうな言葉をじゃりじゃりと噛み砕いて、代わりに俺は話を進める。
「で、どうするこれ。そこそこ数あるけど、まとめて捨てるか? それとも整理して取っておく?」
「ええっと……そうですね。捨ててしまおうと思います。もう全部読みましたし、付録目当てのものもあったので」
「あー、なるほど。了解」
付録かぁ、そういうものあるんだなぁ……と若者の行動に驚くおっさんみたいなことを心中で思いつつ、俺は頷いた。
「じゃあ上手いこと分けとくから、ビニール紐持ってきてもらっていいか?」
「了解です。すみません、大変なことをお任せしてしまって」
「気にすんな。頼られたら嬉しくなるタイプの先輩だからな」
「ユウ先輩の場合、かなり自虐ネタですよね」
「……それな」
メサイアコンプレックスを一度意識してしまうと、笑いごとではなくなるから困る。誰かに診断されたわけでもないし、勝手に自覚しているだけだけど、直さなきゃいけない部分であることには違いないからなぁ……。
苦笑いしながら、一人残った部屋で作業をする。
「ファッション雑誌とか、読んでんのか……」
手に取った雑誌を見て、つい呟いてしまった。
こうして人の部屋を漁ると、色々と意外な一面が見えてくる。晴彦たちが俺の部屋を漁りたがった気持ちもちょっと分かる気がした。あいつらが求めてたものは当然どこにもないんだけど。
「ま、ジロジロ見るのはやめとこう」
大河がオシャレに無頓着ではないことは、普段着ている服や以前のなんちゃってファッションバトルで分かっている。今更驚くことではない。
大河がファッション雑誌を眺めている姿はちょっと萌えるけど……プライバシーに関わるので、想像するのはやめておく。
ファッション雑誌、料理雑誌、ファッション雑誌……。
一応重要なものが挟まっていないかパラパラ確認しつつ纏めていると、雑誌と雑誌の隙間に何かが挟まっていることに気付く。
「ん……?」
手に取って、それが写真立てだと気付いた。
何故こんなところに、と思いながらも中に入っている写真を確認してみる。
どうやらそれは、家族写真のようだった。
小さな二人の女の子と美人な女性。それからハンサムな男性が並んでいる。おそらく女性の方が大河の母で、男性の方が父なのだろう。
「そっか……やっぱ、あの子なんだな」
二人の女の子のうち、小さい方が大河だ。
見覚えがある。微かな記憶の解像度が少し上がった。そうだよ、この子が髪を突然切ろうとした変な子だ。
くすくす笑っていると、きぃ、と扉が開く。
「お待たせしましたユウ先輩……って、それ、どこにあったんですか?」
「おかえり、大河。この写真立てなら、雑誌の間に挟まってたぞ。失くしてたのか?」
「失くしてたというか……特別探してもいなかったんですが、どこにあるのかな、とは思ってました」
また言い訳を。
そんな風に思いながら大河の表情を窺うが、どうも嘘をついているわけではないらしい。写真にそこまで興味がなさそうな素振りを見て、少し違和感を抱いてしまう。
「悪ぃ、あんまり見られたくなかったか?」
「いえ、そういうわけでは。ただ……その写真は多分、あっちで撮ったものなので」
「あっち?」
「父方の祖父母の家です」
「ああ」
なるほど。言われてみれば、後ろの景色には見覚えがある。
「だから、好きじゃないんです。顔も笑ってないですし」
「ん……まぁ、そうだな」
大河の言う通りだった。
大河だけじゃない。写真に映る四人全員がちっとも笑っていない。まるで笑って写真を撮るなんてふざけていると言わんばかりの、息苦しさのある真顔の家族写真だった。
「ごめんなさい、変なこと言ってしまって。写真立てが見つかったのは嬉しいです。この前球技大会で撮った写真、プリントアウトしようと思っていたので」
「そっか」
「だから……気になさらないでください。それより、どうぞ。ビニール紐です」
ふるふると首を横に振った大河の表情は、意外にも明るい。作り笑いかと疑うが……そうでもないように見える。
「……大河の家って、結構厳しいんだっけか」
「え? ま、まあそうですね。厳しいというか、古風なんです。両親が結婚するときも、母が外国人だからという理由で渋ったらしくて」
「そりゃまた、結構なステレオタイプだな」
「はい。だから昔から姉や私の髪色が金髪なのを見て、渋い顔をするんです。何か失敗したら、母のせいにされてしまったりもして」
そういえば昔、大河は家の事情で夏祭りに行けないと言っていた。俺と美緒はなんとか大河と一緒に夏祭りを感じて、ゼリーを持っていったのだ。
「でも、悪い人たちではないんです。その証拠に……両親の結婚も最終的には認めていますし、その後も絶縁をしようとはしなかったみたいですから」
「そう、なのか……?」
「話せば分かる相手だと判断したから、姉さんは今回アタックを仕掛けるつもりなんですよ」
「あぁ……」
それもそうか。
どうしようもない相手だと考えたなら、入江先輩も強行突破を選ぶに違いない。そうでないということは、話が通じる人だということ。
「だから――『ハーレムエンド』も、きちんと話せば分かってもらえるはずです」
「……っ」
不意打ちをくらい、言葉に詰まってしまう。
空のように澄んだ瞳が俺を捕まえるから、俺は目を逸らすことができなかった。いつだって大河は直球勝負。ズルいな、と思えてくる。
「大河は……それでいいのか? もしかして、失恋したら雫や澪と傍にいられないから妥協して――」
「違いますよ、ユウ先輩。私はこれ
力強くて、眩しくて、堪らない。
あの日同じ負け犬だと思って吠え合った少女の姿は、もうそこにはない。一段飛ばしで大人になった大河は、強く望む未来を持っている。
「ユウ先輩。以前聞いたこと、もう一度聞いてもいいですか?」
こく、と頷いたのはなんのことか分からなかったから。
彼女が問いを口にしたとき、俺は強く悔いた。
「百瀬先輩はまた、恋をできそうですか?」
あのときとは少しだけ違う質問。
俺たちが隣り合っていた夜のことを思い出し、はぁ、と小さく溜息を零した。
「どうだろうな。明日のことは分からん」
「……そうですか」
一瞬俯いた大河だったが、すぐに顔を上げる。
そして、太陽みたいなショートカットをたなびかせて言った。
「構いませんよ、今はまだ。絶対に恋させてみせますから」
「っ……凄いな、大河は」
「凄くなれているなら嬉しいです。これからもっと凄くなっていきますから、目を離さないでくださいね」
「――っ」
隣にいたはずなのに、どうしてこうも離れてしまったのだろう?
空っぽな拳をグーパーして、少しぐらい何かあってくれてもいいじゃないか、と思った。
◇
――夜、大河宅にて。
「大河、聞こえてる?」
「……もう寝ようと思ってたのに。なに?」
「たまには姉妹で恋バナしたくない?」
「それ、姉さんが惚気たいだけでしょ」
「ち、違うわよ! 大河の話もたくさん聞くわ!」
「…………なら、少しだけ」
「あらやだ。うちの妹ったら可愛――ちょっと待って寝ようとしないで!?」
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