8章#29 サンタたちの暗躍②

 SIDE:雫

 

 火曜日。

 テスト返却を終えた私とお姉ちゃんは、学校から幾つか離れた駅の近くにあるカラオケボックスにやってきていた。

 何故って……それはもちろん、『友斗先輩メロメロ大作戦』のために。


「ふぅ。じゃ、飲み物来たしとりあえずなんか歌おっか~! 話はちょっと歌ってからでいいっしょ?」


 デンモクを操作しながら楽しそうに言うのは、ギャルっぽい二年生の先輩。私も小悪魔を目指すうえでギャルっぽさを意識したりもしていたんだけど、この人のギャル力は素って感じがする。

 名前は伊藤鈴先輩。友斗先輩やお姉ちゃんと同じクラスで、文化祭のミュージカルで裏方として活躍した凄い人らしい。


「ええっと……」

「そうだね。まずは打ち解けるためにも、ちょっと歌おうか。フリータイムだし」

「そーそ! フリータイム大事!」


 私が迷っていると、お姉ちゃんが代わりに言ってくれた。助かる。人見知りするタイプじゃないけど、三人で急にカラオケっていうのはびっくりしちゃったから。


 ここまで来た経緯は簡単だ。

 私、お姉ちゃん、大河ちゃんの三人で話し、衣装は入江先輩経由で演劇部から借りようという話になった。そうなってくると残る問題は音楽や演出である。

 歌う曲、音響、照明などなど。もちろんある程度は私たちでも手配できるけれど、やっぱり知識がある人に頼った方がいい。友斗先輩もそー言いそう。

 そんなわけで、お姉ちゃんが伊藤先輩に声をかけることを提案した。テスト返却を終えて妙にテンションが高かった伊藤先輩に声をかけると、『一緒にカラオケ行こ!』と言われて、そして今に至る。


 と、考えている間に音楽が流れ始めた。

 私も知っているボカロ曲だ――って、ボカロなんだ。しかもこの曲って、割とオタクオタクしてるっていうか、ちょっとボカロをかじった人が知ってるような曲じゃないと思うんだけど。


「~~♪~~♪~~!」


 伊藤先輩はマイクを持ち、それはもう気持ちよさそうに歌う。飛びぬけて上手いってことはないけど、友斗先輩のように音痴ではない。カラオケに慣れてる人の歌だった。


「ふぅ~! やっぱり歌うって気持ちいいよねぇー! めっっちゃすっきりする!」

「あはは……そうだね。そんなに赤点回避できたのが嬉しかった?」

「ほんとそれ! 数学がちょー不安だったから。今日はその記念に遊ぶって決めたんだ」

「割といつも遊んでない?」

「そーとも言う!」


 お姉ちゃんは伊藤先輩と仲いいらしい。友斗先輩とも楽しそうに修学旅行の話してたし、クラスではよく絡むのかもしれない。

 いいなぁ、とちょっぴり思う。学校だけで見たら、私は友斗先輩の思い出アルバムの端っこに描かれた落書きなのだから。

 でも――嫉妬はしない。もうそういうのはなしって決めた。


「あの。もしかして伊藤先輩って……結構ダメな人だったり?」

「正直!? でもそーだねー。趣味に走りまくるダメ人間だよ~」

「自分で言うんですか……」

「そこはほら、自覚してるから。っていうか、えっと……しずっちだっけ?」

「ふぇ?」


 予想してなかった呼び方をされて、つい間抜けな声が出た。クラスの子にあだ名で呼ばれることもあるにはあるけど、ここまで急じゃないし。

 伊藤先輩はけたけた可笑しそうに笑ってから続ける。


「みおちーの妹で雫ちゃんだからしずっち。共通性を感じさせつつきちんとオリジナリティーがあるあだ名でしょ?」

「なる……ほど? でもそれだと整っちゃいそうですよねー」

「整う……確かに! 懐かしいね! じゃあしずちーで。しずちーも、鈴先輩、でいいからね?」


 ぱちんとウインクしてくる伊藤先輩、もとい鈴先輩。

 はいっ! と元気よく肯うと、鈴先輩は弾けるように笑った。

 そうこうしている間に次の曲が流れ始める。お姉ちゃん、私たちが話している間に曲を選んでいたらしい。かっこいいロックだった。


「じゃ、しずちー。話は後で聞くからとりあえずウチの気晴らしに付き合って。しずちーの歌声も聞いておきたいしね~」

「あっ、は、はい! もちろんです!」


 私もカラオケは結構好きだし、鈴先輩がそう言うならここは話に乗ろう。テストの鬱憤を晴らしたいって気持ちも分かるしね。

 というわけで。

 私もデンモクを操作し始めた。



 ◇



「いやぁ~歌ったね~」

「ですねぇ」

「だね」


 一時間ほどぶっ続けて歌って。

 私たちはひとまず休憩ってことで、ドリンクをちゅるちゅる飲んでいた。鈴先輩はドリンクバーで遊ぶタイプらしく、何種類か混ぜた謎ジュース(にガムシロップを入れたもの)を美味しそうにがぶがぶ飲んでいる。ダメな人って言うか変な人な気がしてきた。


「また後で歌うとして……とりあえず、忘れないうちに二人の話を聞くよ。なんかウチに相談があるんだよね?」


 背もたれに身を委ね、ふぅとリラックスしながら鈴先輩が言う。

 私はお姉ちゃんと顔を見合わせてから口を開いた。


「えっと、そうなんです。実は――」


 と言って、まずは『友斗先輩メロメロ大作戦』について説明する。

 お姉ちゃんから事前にアドバイスを受けていたので、目的についても詳らかに話した。といっても、ハーレムエンド云々については伏せたけど。友斗先輩を惚れさせる。それが目的だ、と話すと鈴先輩はくつくつと愉快そうに肩を震わせた。


「うわー。すごいなぁ、百瀬くんめっちゃ愛されてるじゃん。ギャルゲ主人公かよって感じだねー」


 ギャルゲ主人公って言葉がギャルっぽい人の口から出るのって、なんか頭がバグりそうだよね。

 って、そーじゃなくて。


「変ですかね……?」

「んー、変っちゃ変だよねー。それを三人でやるのも、百瀬くんのためにそこまでするのも。しずちーもみおちーも……あと、新しい生徒会長の子も。皆、すっごい可愛いじゃん」


 グラスの淵を指でなぞりながら、鈴先輩はたはーっと笑う。


「百瀬くんが幸せすぎだなーって思うよ。そんなに好きなんだ?」

「好きです」「好きだよ」

「うわ、同時だし。凄いなぁ」


 鈴先輩はそう言うと、何か眩しいものを見るように目を細めた。

 んー、と僅かな逡巡と言葉を選ぶような間の後、


「あのさ」


 と私のことを真っ直ぐに見つめる。


「実はウチ、百瀬くんのこと好きだったんだよね」

「え……?」


 それは唐突な告白だった。

 ずき、と胸が痛む。自然と頬が強張った。

 好きだった――この文脈での『好き』が恋愛的なものであることは、考えなくたって分かる。

 だとしたら……私は、とても酷いことをしてしまった。


「そういう顔するんだ。しずちーは、いい子なんだね」

「そういう顔っていうか、あの……ごめんなさい」

「ううん、謝られるようなことはされてないから大丈夫。ちょっと誤解を生むような言い方しちゃったけど、別に今は百瀬くんのこと好きじゃないから」


 何てことなさそうにふるふると首を横に振って、鈴先輩は明るいトーンで続ける。


「百瀬くんってたまにかっこつけたこと言うでしょ? 文化祭の空気と相まって、変に中てられちゃってさ。それで一瞬好きになって、告白して、それでもう終わったの」

「……っ」


 つまり、それは失恋で。

 その苦しさは想像に難くないから、チクチクと胸が痛む。私だってそうなるかもしれなかった。これから先、そうなるかもしれないのだ。

 鈴先輩はふっと微笑んで、続ける。


「しずちーは、人の痛みを自分のもののように思ってあげられる子なんだね」

「それは、その……他人事じゃないですから」

「他人事じゃないかもしれないけど。でもそんな風に心から哀しそうな顔をしてくれるのは、優しい証だよ」


 そんなんじゃない、と思うけれど。

 でもそう言ってもらえるのを否定するのは違う気がして、ありがとうございます、と応じる。


「あ、でも心配しないで。ウチが百瀬くんのことを友達としか見てないのはほんと。ウチは恋愛にのめり込むタイプじゃないから」


 嘘……ではなさそうだ。

 だからね、と鈴先輩は続けて言う。


「二人、ううん、ここにいない子を含めたら三人だね。三人がそーやって恋に真っ直ぐでいられるのは、すっっごい尊敬してる。恋に一直線なんて絶対辛いし、きついし、苦しいのに……それでも君たちの翼は蝋じゃないんだもんね」


 蝋の翼と聞いて、すぐにイカロスが頭に浮かぶ。

 私はすぐに、違いますよ、と私は咄嗟に口にしていた。


「私たちにとっては恋が太陽じゃなくて、きっと別のものが太陽なんです。どれが太陽なのか、って。それだけの違いだと……思います」

「――っ、そか。あはは、そーだね! 言えてる! たよーせいってやつだ!」

「えっと……そう、なのかもです」


 凄いなぁ。そう、鈴先輩は呟いた。


「でしょ。私の雫は本当にいい子で可愛いんだから」

「うんうん。ちょっとみおちーがシスコンになる気持ちも分かったかも」

「え? 私、今なんか変なこと言いましたかー?」

「ううん、大丈夫だよ雫。雫は雫で、とってもいい子だったって話だから」


 お姉ちゃんが優しい笑みを浮かべ、くしゃりくしゃりと髪を撫でてくる。

 ぐぬぬ……なんかフフク。でも気を悪くしているわけじゃなさそうだ。


「よし! 分かった! そーゆうことなら、三人のプランに手伝ってあげる。曲は……そうだなぁ。クリスマス系で――」


 と言って、鈴先輩は冬をテーマにした歌の名前を口にした。

 私もお姉ちゃんも、きっと大河ちゃんも、その歌のことは知っている。それくらいにポピュラーなナンバーだった。


「――とか、どう?」


 お姉ちゃんと頷き合う。

 歌詞もちょうどいいし、有名な曲だから冬星祭自体も盛り上がるし、三人でも歌いやすい。他にもいい曲はたくさんあるけれど、とてもいいセレクトだと思った。


「じゃあ鈴ちゃん。それでお願いしてもいい?」

「もち! 照明とかも、色々考えとくよ。当日とか予定ない友達もいるし、そーいう子に手伝い頼んでおいてあげる」

「いいんですかっ?!」

「うんうん! こーいうのは景気よくやった方が盛り上がるし!」


 どーんと胸を叩いて、鈴先輩は快活に笑った。


「じゃあここからは歌の練習ってことで! たくさん歌うよー!」


 鈴先輩はそう言って、またデンモクを操作し始める。

 私はお姉ちゃんと二人で破顔し、やったね、と目配せしてから鈴先輩に続いた。これだけ歌うと喉も疲れちゃうだろうし、のど飴買っとかないとなぁ……。

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